眠り姫の目覚め編

1

 

 

(ノインさん、起きてください)


 暗闇の中でエルモアが話し掛けてきた。私はそれで目覚めた。

 とはいっても、体は動かないし眠った状態。

 依然として暗闇の中。

 だけど、下から光が上ってきた。

 それは光を纏ったクピドのエルモアだった。


 エルモアはふわりと私の視界の中央に来ると、くるりと宙返りしてみせた。


 なんだか嬉しそうにしている。何がそんなに嬉しいの?


(ああ、やっと起きてくれましたね)


 ええ、どうしたの?


(あなたは、七年ほど眠っていたんですよ)


 え? 七年?


 私の前に、意識を失う直前の記憶が表れる。


『ノイン! 耳を塞いで!』


 ルシウスの切羽詰まった声が聞こえて、ギリアムの上半身が膨らんだ。

 それで私は、危険を感じて耳を塞いだ。

 それからすぐにギリアムが叫び声を上げて、私は体を縮こめて……。

 段々と視界が落ちていって、そこで暗闇に戻った。


(落下の衝撃で、ノインさんは頭を強く打ってしまったんです)


 それで七年も⁉ みんなはどうなったの⁉


(心配は無用です。誰一人として欠けてはいませんよ)


 エルモアは、私が意識を失った後のことを話してくれた。


 私が落下した後、ギリアムはすぐに倒れたらしい。

 あの咆哮は断末魔の叫びで、最後の悪足掻きのようなものだったのだとか。

 気の毒なのはアルトで、私を受け止めようと地面に向かっていたそうだ。そこでギリアムの咆哮を浴びてしまい、体が痺れて私と同じく落下してしまったのだという。


 それで、アルトは大丈夫だったの?


(ええ、彼は体が頑丈なので、意識を失うこともなく、すぐに復帰しましたよ)


 そう、良かった。


(みんな責任を感じていますから、目覚めたら慰めてあげてください)


 もちろんよ。あ、そうだ! 戦争はどうなったの⁉


(優勢です。理由は、あなたのお兄さんのルインです。新生アラドスタッド帝国では、あまりの強さに魔王と呼ばれて怖れられていますよ)


 魔王⁉ まさか、エルモアの敵⁉


(いいえ。とても心優しい青年ですよ)


 エルモアによると、私の兄であるルイン・ガーランディアが新生アラドスタッドにたった一人で立ち向かっていたのだという。

 というか、魔族の先祖返りだってことで追放されてから、放浪の旅をしていたルインを、ゲオルグが目の敵にしてたってだけらしいけど。


(新生アラドスタッドはルインに対処する為に多くの兵を割いていたんですが、それがほぼ壊滅した形です。死者は少ないんですけどね)


 ルインは自分が殺されそうになっても、人を殺すのを躊躇っていたらしい。

 それで、二度と戦えないような怪我を負わせて追い返していたそうなのだけど、そういった負傷兵は国に帰ると傷痍軍人という扱いになる訳で……。


 要するに、国民の不満が高まっちゃったってことね。


(そういうことです。今や財政は逼迫。反乱まで起きてますよ)


 エルモアが両手を広げ、肩を竦めて話を続けた。

 そもそも、ゲオルグがルインを襲ったのは、国民の目をそちらに向けたかったからなのだそうだ。二王国同盟との戦争が長引いたことで、失策だという不満の声が上がったことが原因だったのだとか。


(最初は魔族討伐ってことで上手くいってたんですけど、兵を送る度に返り討ちにされて、引くに引けないような状況に陥ってましたね)


 不満を消すどころか、増やしちゃったのね。


(はい。お陰で、この数年は落ち着いていますよ。こちらの国力も上がってます。いえ、自分の目で見てもらった方が早いですね。取り敢えず、起きましょうか)

 

 そう言うなり、エルモアが視界から消えた。

 

 

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