8


 部屋は思った以上にちゃんとしていた。

 十帖ほどの広さで、通風孔らしきものもあって息苦しさがない。

 おまけに家具まで置いてあった。


 切り株のテーブル、丸太の椅子。あとは木製の食器がいくつか。

 ベッドはないけど、毛皮は何枚か床に置いてあった。


 良かった。これだけでも十分に助かるわ。

 いちから作るとなると大変だもの。


 私はそう思って、ルシウスの方を見た。

 だけどルシウスは難しい顔をしていた。なんだか不満があるみたい。


「ルチウちゅ、どうちたの?」


「ちょっと、このままじゃ危ないと思ってね」


「あびゅない? なにが?」


 ルシウスは何もないところから皮袋を取り出した。


 えーっ⁉ 収納魔法まで使えちゃうの⁉


 ときめいて、思わず両手を握り合わせてしまった。

 シャドウウルフの脂……。

 一瞬で現実に引き戻されるわよね。こういうときって。


 ルシウスは皮袋の紐を解いて、私に中を見せてくれた。

 そこにはハッカみたいな匂いのする白い粉が入っていた。


「これは、エリエントの葉の粉だよ」


「あ、むち除けにぇ!」


 エリエントの葉の乾燥粉末は強力な虫除け効果がある。

 そう図鑑に書いてあった。

 ということは……。


 ルシウスが空中に手の平ほどの水の塊を作り出し、その中にエリエントの粉を一握り入れて掻き混ぜた。そして、毛皮の上で霧状にして振りかける。


「ヒィッ⁉」


 私は跳び上がってルシウスの背に隠れた。

 毛皮から黒い糸のようなものが、うぞうぞと這い出してきたからだ。

 それもかなりの量。千匹単位だ。


「うわぁ、さ、寒気がするね」


「ルチウちゅ! ありぇ、どうすりゅの⁉」


「あの虫はデニワームって言って、光と熱に弱いんだ。だからね」


 ルシウスは光の球を作って部屋の中心で留める。


「こうやって駆除するんだよ」


「もち、あにょまま、毛皮をちゅかってたら?」


「刺されて血を吸われてたね」


 思った通りの返答にゾワゾワした。

 血を吸われた痕は痒みを伴うし、病気や寄生虫が媒介されることもある。

 元の世界のダニや蚊と同じく、結構、危ない生き物らしい。


「うーん、埃もすごいみたいだし、一度しっかり綺麗にしないとね」


「そうにぇ。わちゃちは、なにしゅればいい?」


「何回か今と同じ作業をするから、ノインは部屋を出てた方がいいよ」


 ルシウスはそう言って、光の球を私の側に近づけた。

 私が動くと、一緒になって付いてくる。


「ノインに固定したから、暗い中でも歩けるよ」


「ありがちょう。なにかあっちゃら、呼んでにぇ」


 ルシウスの「もちろん」という言葉を聞いてから、私は部屋を出た。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る