9

 

 しばらくすると、ドアが開いて、メイド服に着替えたアリーシャが顔を見せた。

 上目遣いで、私とロディを恥ずかしそうに見る。


「あ、あの。な、何か御用でしょうか?」


「ア、アリーシャ、私は」


「ちょう!」


いたあ!」


 ロディが暴走しようとしているので、顔をペチーンと両手で叩いた。

 私のいるところでプロポーズなんてやめてよね。

 というか、そもそもの目的が違うじゃないの。


「アリーちゃ、まもにょに、ちゃちゃれたとこ、見ちぇて」


「え、い、いえ、お見苦しいものですから」


 アリーシャは眉を寄せて顔を背けた。左手に巻かれた包帯を右手で隠している。

 かなり厚めに巻かれているので、隠しようがないと思うんだけど。

 私はロディに下ろしてもらい、アリーシャの横を潜り抜けて部屋に駆け込んだ。


「ノイン様、いけません。こんな、使用人の部屋になど」


 困ったように言うアリーシャを無視して、私はベッドによじ登って座る。


「ロディも中に入っちぇ。アリーちゃ、手を見しぇちぇ」


 アリーシャは渋った。でも――。


「アリーシャ、私は君が心配なんだ。頼む。見せておくれ」


「ロディ兄様……」


 美男美女が見つめ合って、うっとり。アリーシャがこくりと頷く。


 もう眩しい! 両想いじゃないのよ!

 アンコがハァハァするからやめて!

 

 なんて興奮してたけど、そんな自分を恥じたいと思うほど傷は酷かった。

 左手の包帯を外すと、私はビックリし過ぎて、自然に口を開けていた。

 包帯は厚く巻かれてなんていなかった。

 アリーシャの手が、倍ほどに腫れ上がっていたのだ。


 赤黒い。マンティスベビーの毒って、こんなに酷くなるのね。


 傷は手の甲にあった。触ると、アリーシャがビクリと動いて顔をしかめる。

 かなり熱い。元の傷は小さいのに、周りが膨れ上がってるから裂けて広がってる。

 内側も膨れて圧迫されてるみたい。お陰で出血はないけど、痛みは酷いみたいだ。


 私は解毒薬入りの小瓶をドレスのポケットから取り出し、コルク栓を抜いた。


「あ、あの、それは?」


「アリーシャ、心配しなくて良い。ノイン様に任せるんだ」


 ロディがアリーシャの肩を抱く。どさくさ紛れな気もするけど、支えがあった方が良いのは間違いないわ。もしかしたら、とっても痛いかもしれないから。


「ロディ、ちっかり押しゃえちぇちぇ。アリーちゃ、いちゃかっちゃら、ごめんにぇ」


 私はアリーシャの左手の傷口にシクレアお手製の解毒薬を、少し流し掛けた。

 焼き菓子が膨れたときの裂け目のような傷口の窪みに、解毒薬が溜まる。

 アリーシャが痛がる様子はない。表情を確認すると、目が見開かれていた。


「アリーちゃ、いちゃい?」


「い、いえ。痛みが、どんどん引いて、気怠さも、取れてきました」


 溜まっていた解毒薬がじわじわと浸透していく。追加で傷口に注ぎ入れて、残りが半分になった解毒薬入りの小瓶をアリーシャに渡す。

 飲むように、と手振りで伝えると、アリーシャは一息に飲み干した。


 見る間に腫れが引いて、傷口が閉じていく。その途中で、トプリと黒い血液が溢れた。内側の圧迫が解けて、溜まっていた悪い血液が押し出されたように見えた。


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