始まりの季節 ~前夜3~
扉を閉め、事故で扉を開けないように扉から距離を取って手に持っていたスマホをイジり始めた。
スマホの画面では今日行った事をなずなをプロデュースしている春山さんに報告するためのチャットアプリが開かれていた。
『お疲れ様です。本日のレッスンでなずなは自分の中では良い感じに仕上がることが出来ました。今週末の最終レッスンでは期待しても大丈夫かと思います。まあ、素人の俺の評価なので秋山先生がどう評価するかは分かりませんが……』
少し長くなった文章をチャット欄に掲載した。
すると数秒後に既読マークが付いた。
その数秒後に春山さんから返信が来た。
『お疲れ様。それは良かった。今週末は予定通りなずなちゃんのアイドル復活1発目の仕事があるからその時は現場マネージャー宜しくね。もちろん次の日は本番だからね!ダンスも楽しみにしてるよ』
完結にまとめられた文章が俺が今話している人物が立派な社会人だと言っていた。
『了解しました。』
俺もなるべく大人っぽく見えるようにそれらしく返信をした。
すぐに既読は付いたがその後に春山さんから返信が来ることは無かった。
春山さんは今も仕事中なのだろう。俺はそう思いチャットアプリを閉じた。
代わりにカレンダーアプリを立ち上げ、春山さんから前もって聞いていた週末のスケジュール欄に確定と付け足した。
週末は東京か~早速忙しい日々が返ってくるのだな。
カレンダーに書かれた分刻みのスケジュールを見て忙しなく行動する自分となずなを想像していた。
「着替え終わったよ~」
目の前の扉からなずなの大きな声が聞こえてきた。
「はいよ~」
俺も大きめに返事をして再び扉を開けた。
部屋に入ると俺が渡したTシャツを着たなずながベッドで仰向けになりスマホをいじっていた。
俺の渡したTシャツは偶然にも俺が好きなNBAのチームのTシャツだった。
サイズも俺用なので半袖のはずの袖がなずなの肘まで隠していた。おまけに、Tシャツの裾がなずなのひざ上まであり、短パンを履いているはずなのに履いていないように見えてしまった。
裾から見えるなずなの白くて細い脚につい目が行ってしまう。
改めて見ると本当にキレイな肌だ。無駄な毛など全く無く、日焼けの跡も無い。白すぎて雪で例えるべきか、白鷺城の白さで例えるべきか迷ってしまう。それぐらい白い。
白い足に見惚れているとなずなが伸ばした両腕の間から俺の事を見てきた。
「どうしたの?早く中に入りなよ」
言うと再び両腕の先で持たれているスマホに視線を戻していた。
「お、おう」
俺はなずなの言葉に誘導される形で部屋へ入った。
廊下はまだ寒さがあるため扉は閉めた。
ベッドはなずなが使っているため俺が座れそうなのはさっき座っていたキャスター付きの椅子だけだ。
それに座り、背もたれに体を預けると体重に準じて背もたれが倒れた。
リクライニング状態になると俺もスマホを取り出し、画面を見つめた。
「明日は午前中で終わるから速攻学校から帰ってきて今日の続きするか」
見つめていたのは明日のスケジュールが書かれたカレンダー。
それを見ながらすぐ側に居るはずのなずなに問いかける。
「うん。もう少しやれそうだなって思うから明日もやりたい」
「了解」
言うと、俺は俺となずな2人分のスケジュール欄に下校時間を考慮した時間帯に『ダンスレッスン』と付け加えた。
今日の出来から考えて明日はあまり練習しなくても良さそうなので時間はあまり取らなくて良いかもな。
「明日から高校生か~」
明日の事を考えていたらなずなの人ごとのような声が聞こえてきた。
「なんか実感湧かないや」
「確かに、俺も実感が湧かないな」
でも、確実に明日から俺達は高校生になる。部屋の壁に掛けられた真新しい制服や机の上に置かれた新入生代表挨拶と書かれた式辞用紙が物語っている。
机の上を目だけで見ていると視界の端でなずなが仰向けから横になるのが見えた。
彼女の視線の先を見るため、俺は机の左サイドをのぞき込んだ。
「リュック新しくするんだね」
彼女の言うとおり、そこには小さなフックに掛けられた新しい黒のリュックサックが掛かっていた。
このリュックは両親から入学祝いとして買って貰ったものだ。個人的にバッグには色んなポケットが付いているものが好みで、この間スポーツ用品店に行ったときに一目惚れしたのだ。
用途は勿論通学用。プラスアルファでなずなに同伴するときにも使えたらなと思っている。
「前のやつは中学3年間ずっと使ってたからな」
これも買い換えた理由の1つ。
前使っていたリュックもこれとほぼ同じような性能を持ったもので今はクローゼットの上部にある物置にしまってある。
「大輝って物持ちが良いからあまりこう言うの買い換えないよね?」
「それだけ大事に使ってるって事なんだけどな
「いいな~私も新しく買おうかな?」
言うと彼女はサッとスマホを顔の前に持ってきた。
素早くフリック操作をしたかと思えば高速で上下に画面をスクロールしていた。
「そう言うなずなも物持ちが良いじゃないか。今日持ってきたバッグなんか小学生の時から使ってるだろ」
俺の視線はベッドの側に置いてあったなずなが持ってきた手提げバッグに向いていた。
確かあれはなずなが小5のときに重い荷物があるからってなずなのお母さんが買ってきたものだ。
作りは大きなポケットと少し小さなポケット2つしか付いていないがその分たくさんのものを一度に運べて便利だと言っていた記憶がある。
「買い換えるならこっちじゃね?」
なずなの方に向き直ると「やっぱりこういうのは現物を見ないとダメだな」とスマホを枕元に置いてダラーと俺の事を見てきた。
「それはそうなんだけど、まだ使えそうだし大丈夫。まあ、さすがに高校に持って行くには柄がちょっと幼いから学校に行くときには使わないかな」
確かに言われてみればバッグの表面には可愛い動物が何匹か描かれている。確かにあれは高校生には相応しくないかもな。まあ、なずなが持っている分には可愛らしくて良いとは思うが。
「今週末こっちに帰ってくるときに東京でリュック選びしよっと、大輝も付き合ってね!」
体を起こしたなずなはわざとらしくウィンクをしながら笑顔を作っていた。
普通の男子高校生ならばこの時点で二つ返事をするところ。しかし、この可愛さに免疫がある俺にはあまり効果が無い。
「てか、俺は君の保護者でもあるんだから強制的に付いていくけど」
なんたって休日は寝るとき以外はずっと一緒なのだから。どれだけあざとく愛嬌をされても付いてくのは確定しているのだ。……免疫関係ないな。
「フフ、楽しみね二人きりのデート」
なずなはいたずらっ子のようなニヤけ面を浮かべる。
「どちらかと言うと兄妹での買い物じゃ無いか?」
それに反撃する形でなずなの癇に障りそうな事を言ってみた。
「何~!私は大輝の妹じゃ無いからね!!!」
やっぱりキレた。女の子の幼馴染みって妹扱いされると怒るよね。俺の偏見だけど。
話も一段落したところで俺は机の置き時計に目をやった。
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