ダンジョンセトラーズ

高橋五鹿

第一章 樹海に飲まれるもの

第1話 旅立ちの理由

 時刻は早朝。

 木造の孤児院の扉を叩く者が居る。

 少年は扉の外の気配を探った。

 人数は五人。そのうち武装した者はふたり。衛兵のようだ。


 ――まあ、そんなとこだろう。


 予想していた来客を出迎えるべく、少年は扉へと向かう。

 緑とも茶色ともつかない、動きやすい狩猟用の服装。

 腰には小剣ショートソード短剣ダガーを一振りずつ。

 特に用心してのことではない。彼は常にこの格好だった。


 無造作に伸ばされた長く茶色い髪と、年齢に不相応な落ち着いた表情。

 少年――モリアは十四歳だった。

 十四といえば普通に働きに出ている歳ではあるが、この孤児院では彼が最年少である。

 ここは名ばかりの孤児院。

 数年前なら孤児院でも通用したかもしれないが、この屋敷にはもう子供は居なかった。

 元・孤児院と言ったほうが、適切であろう。


 扉をそっと開ける。


「どちら様ですか……」

「モリア君かね。私は領主殿の使いの者だ。この孤児院を――」

「どうぞ、お入りください」


 特に抵抗するでもなく、扉から手を離しモリアは後ろへ下がった。

 扉を開け入ってくるのは中年の髭の生えた役人の男。

 そこそこに仕事は出来そうで、見た目の印象も悪くない。

 交渉ごとには適切だろうな、とモリアは考える。


 役人はモリアが帯剣しているのを見て一瞬固まるが、すぐに平静を装った。

 続いてふたりの衛兵が入ってくる。

 チェインメイルに、屋内でも使用可能な短めの槍。

 明らかに、モリアとの屋内戦を想定した装備だ。

 リーチに勝る短槍と刃物を防ぐ鎖かたびら。適切な選択といえよう。

 ……屋内限定であるならば。


「孤児院の明け渡しの要請ですかね。なら、いつでも出て行きますけど」


 役人は少し驚いたような、あるいは感心したような表情を浮かべる。


「理解してもらえて感謝するよ。正直、ここに来るのは緊張していたのだ」


 モリアのように武器を手放さない人間は、この小さな街では珍しいわけではない。

 いつなんどき、野生の獣が街に侵入してこないとも限らないのだ。

 狩人を生業とする者は、特にその傾向が顕著だった。


 役人が緊張しているのは、この孤児院の評判によるものだった。

 が、少なくともこのモリアという少年に悪い噂は無い。

 賢く、大人を立てるということを知っているという。

 だからといって彼を騙し、不当に扱おうとすると、彼と同じ孤児院で育った『兄弟たち』が黙っていないという話ではあったが。


 その兄弟たちは、もう居ない。


 役人と衛兵に続き、残るふたりも屋敷の中に入ってきた。

 こちらは商人であろうか。

 孤児院に来た本来の目的、屋敷内の金品を鑑定するのは彼らのはずだ。


「君の家族についてだが、開拓街で正式に死亡認定が下された。全員に対してだ。私としても心苦しいが、血縁者ではない君に相続権は無く、この屋敷を接収しなければならない」


「血縁者じゃないのだから、家族じゃなくてただの同居人ですね。僕はもう出ていきますが、身体検査でもしますか? 私物はどこまで認められているんでしょうか?」


 役人は少し焦りを感じているようだ。

 モリアはこうなることを完全に予見していた。

 彼らが予告なく早朝から接収に踏み切ったのは、高価な物を持ち逃げされるのを警戒してのこと。


 少年はそこで初めて年相応に、呆れたような表情へと顔を崩す。


「金目の物を持ち逃げする気ならとっくにやってますよ。一ヶ月もあったんですよ?」


 役人はその顔を見て気が抜けてしまった。

 この国の一ヶ月とは三十日間。

 それは開拓地で行方不明になった者に、死亡認定が下される期限でもある。

 こうなることは、この聡い少年でなくとも誰にでも予想できたことである。

 心の中を見透かされた気まずさに苦笑いしながら、役人は少年に少し心を開いた。


「君の言う通りだ。私物は君が普段使っている衣類や装備、狩りの報酬の金銭を認めよう。他に必要なものがあれば言ってくれたまえ」


 モリアは近くの机に移動すると、そこに置いてある背嚢の中身を取り出した。

 狩猟に使う道具や携帯食料、水筒、着替え、貨幣の詰まった革袋。

 そして、腰のショートソードとダガーを外して机に置く。


「私物はこんなところです」


 後ろに控えていた商人たちが、荷を改めた。


「小剣と短剣、衣類は開拓街で生産されている量産品です。銀貨は多めですが、彼は優秀な狩人なのでこのくらいは稼いでいて当然といえるでしょう。他に問題はありません」


 役人は頷くと、モリアに向けて言う。


「領主殿は君を新しい職場に推薦する準備がある。何か希望はあるかね?」


「え?」


 それはモリアにとって、予想外の申し出だった。

 この小さな街では、彼の狩りの腕はそれなりに有名だ。

 狩人としてやっていけることを疑う者は居ないだろう。

 それなのに、新しい職場を斡旋すると言うのだ。


「いや、君には住む場所が無いだろう。この小さな街には宿屋も無い。職場というのは、住み込み先のことさ。別に狩り以外のことをして欲しいということではない」


「ああ、そういう……」


「紹介状ならもう用意してあるのだ。好きなところへ持っていけば、そうそう無下にはされないだろう」


 役人が出した推薦状には、モリアの身元、人柄、狩りの腕について記され、領主のサインが入っている。

 確かにこの街の職場なら選び放題だ。

 こんなものなどなくとも、街の人間はだいたいモリアのことを知ってはいるのだが。


 ここは小さな街だから、領主も街の人間からの評判に気を使う。

 元とはいえ、孤児を孤児院から追い出すなど聞こえが悪いのだろう。


 ――しかし、困った。


 モリアはもう、この街で暮らす気など無いのだ。

 出ていけば領主の顔を潰すことになる。

 別にそのくらいは気にしないが、目の前の役人の男も叱責されるかもしれない。

 それは少し気の毒だ。

 ここは平和な小さい街。八方丸く収まるならそれに越したことはない。


 ふと、妙案が浮かんだ。

 と領主の目的、それを両立させてしまえばいいのだと。


「領主様は、隣の開拓街にも顔が利きますよね?」

「うむ? 多少はな」

「では、この推薦状をもって『特例開拓者』に志願しようと思います」

「…………は?」


 役人は言葉の意味を一瞬考え込み、そして驚きの声を上げる。


「特例開拓者!? それは犯罪者か、借金のカタで強制労働させられるような者たちが就く職業だぞ!」


「しかし、僕の年齢では自由開拓者にはなれない。そうですよね?」


 そう。開拓街の開拓者になれるのは十五歳からなのだ。

 それこそが、最年少で十四歳のモリアがただひとり孤児院に留守として残り、他の同居者が開拓地で全員還らぬ人となった理由でもある。

 年齢を誤魔化す者などいくらでもいようが、開拓街の隣街に戸籍を持つモリアでは少々厳しい。

 ずっと誤魔化し続けるよりは、素直に十五歳になるのを待つというのがこの孤児院の方針だった。


「街にはこういう噂を流せば良いのです。モリアは家族が死んだことを信じられず、樹海の開拓地に彼らを探しに行くため、特例開拓者になったと。そうすれば領主様の顔も立つでしょう」


「…………! 君は、そこまで――」


 領主の真意は、後ろに立つ衛兵や商人も知るところではある。

 だが十四歳の少年がそれを理解し、あまつさえ相手の顔を立てる気遣いすらすることに舌を巻く。


「開拓街への馬車って、いつ出るんでしたっけ?」


 役人が返答に詰まっていると、衛兵のひとりが口を開く。


「朝早くだ。もうじきだな。今から出れば間に合うが……」


 それを聞いたモリアはさっさと武器を装備する。

 背嚢に荷物と推薦状を仕舞い込んでそれを背負い、旅支度を終えた。

 役人に屋敷の鍵を渡す。


「じゃあ、行ってきます。お世話になりました」

「おう、頑張れよ」

「十五歳になれば自由開拓者になれる。特例が厳しいようならそれまで待つんだな」


 ふたりの衛兵は道を開け、快くモリアを送り出した。

 玄関扉から出ると、役人の男が声をかけてくる。


「待ってくれ、モリア君。これは仕事じゃなくて興味本位で聞きたいのだが、君が特例開拓者になる理由はなんだ? 狩人でも暮らしていけるんだろう?」


 振り返った少年は、年相応の怪訝な表情になった。

 先程までの丁寧な対応はどこへやら、口調もややぶっきらぼうなそれに変化する。


「さっき言ったじゃないですか。あの連中が死ぬわけないし。これから探しに行くんですよ」

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