1-13 Curse Of Doubt

 渋谷からNR線の列車に乗って、澪が家の最寄り駅に着いたのは17時頃だった。雨足はようやく弱くなっていた。駅から家までは歩いて数分。室堂家は、小さいながら一軒家だ。

 澪の母、室堂美雪は料理の準備に取り掛かっていた。父の常願は、今日は宿直で帰ってこない。2日前の臨海副都心の件も未だ片付いていないようで、忙しいのは目に見えていた。

 リビングのテレビは誰も見ていないが、ラジオ代わりの役目を果たしていた。それはどの局も、国会議員刺殺事件を改めて報じていた。

 犯行動機は何か、何故犯人は服毒自殺をしたか、警備上の問題は無かったのか。様々な疑問を掻き集めては、急遽ゲストとして呼んだ提携新聞社の政治デスク担当や専門家が語っている。

 「不穏過ぎるわね」

母は言う。澪は問う。

「前職の性には逆らえない?」

「それもだけど、そもそもこんなのが通り魔的犯行のワケないじゃないの」

母は答え、手際よく食材の魚を切っていく。今日は鯖の塩焼きか。

 「とにかく、澪に何もなくてよかったわ。最近、特に都心が危なっかしくて」

「そうね」

澪は他人事のように頷いたが、その直前の地下鉄爆発事件に遭遇し、数秒隣の車両に移動するのが遅ければ、今頃よくてICUのベッドの上だっただろう。ただ幸運だった、としか言い様がない。

「ところで、澪は知ってる?地下鉄でも爆発が有ったの」

その問いに一瞬、澪が固まる。

 2日前にも臨海副都心でテロ事件に遭遇しただけに、今日も遭遇したなどとは流石に言えない。尤も、事情聴取をしてきた警察官を経由して、娘がその目撃者だとバレるのは時間の問題だが。

 「ネットのニュースで見ただけ……」

澪はそう言ってやり過ごそうとする。

「地下鉄は安全で便利だけど、まさかの時には走る密室になる。……地下鉄に限った話じゃないわね。ただ、それだけ今の日本が本当に危ない国だってことだけは、覆すことができない事実よ。何処にいたって安全じゃないなんて、数年前までは想像していなかったし」

母は言う。

 そう、それは今まで何度も両親から聞かされていたし、何よりこの3日間で痛い程思い知らされた。

「まあ、そう云う話は今度、時間有る時にね」

そう言って母が話を打ち切ると、澪は少し安堵した。

 美雪は元々人と話すことが好きだが、こう云う「堅い話」をすることに関しては、タイミングを見極めている。

 「ところで、明日朝からモールに買い物に出ようと思うけど、何処か出掛けるの?」

母は別の話題を振る。

「明日?今のところ何も?」

「じゃあ、付いてきて?食品のセールだから助っ人がほしくて」

「いいわよ」

澪は答えた。今日の重い気を紛らわせるには、それが適していた。


 スーツケースを受け取った流雫は、しかしこれからパリでの数時間をどう過ごすか迷っていた。

 そう云えば、モーニングが未だだった。空港で済ませるのもアリだ。そう思った流雫はカフェに入る。ただ、心此処に在らずだった。

 紅茶を飲みながら、先刻澪が言っていた地下鉄の爆発事件の詳細を知ろうと、SNSのニュースタブを開く。

 地下鉄爆発事件と、国会議員の刺殺事件。この2つのニュースがトレンドのワンツーに並んでいる。そして、空港の大画面テレビでも、日本の事件をブレイキング・ニュースとして英語とフランス語で伝えている。

 それらの8割は、東京の国会議事堂周辺の映像を流している。そして、残りの2割は地下鉄の永田町駅を映していた。両者の距離は数百メートルしか離れていない上、時間も空いてないため事件の性質は異なるが、合わせて放送されていた。

 澪が言っていたことは、想像以上に酷いことが映像から判った。今のところ、澪は無事だ……と思っている。無事でも、後で何らかのメッセージは寄越すだろうと思っていた。ただ、彼女に向けて何と言えばよいのか……。

 此処で悩んでも仕方ない。サンドイッチを頬張り、90分掛けてティーポットを空にした流雫は、モンパルナス駅行きのバスに乗ることにした。

 長居したのは優雅なパリジャン……流雫自身強ち間違ってはいないが……を気取りたかったワケではなく、ただニュースに見入り、色々思っている間に無駄に時間が過ぎただけだった。


 高速鉄道TGVがシャルル・ド・ゴール空港とパリ中心部を結ぶのはもう少し先の話で、それまではこの直行バス、ル・ビュス・ディレクトが多少時間が読めない場合も有るが総じて便利だ。

 パリの主要な鉄道ターミナル駅の一つ、モンパルナス。そこからLGV大西洋線方面の列車に乗ると、レンヌに着く。

 そのモンパルナス駅周辺は、ドイツ軍によるフランス占領に対するレジスタンス運動で重要な地となり、後に1944年8月に亡命政府の自由フランスが成し遂げたパリの解放につながったことを記念した広場などが有るが、それも何度も行った。めぼしい観光地も回った。

 ただ、モンパルナス駅の北東にそびえる超高層ビル、トゥール・モンパルナスには意外と行ったことが無い。行ってみようと思った。

 日本人とフランス人の混血ではあるが日本国籍を持つ流雫にとって、入国の名目は観光だ。しかし、パリで生まれ幼少期をレンヌで過ごした彼にとって、フランスは祖国であり、その意味でも思い入れは強い。

 バスを降りた流雫は、一旦界隈を1周してトゥール・モンパルナスへ向かうことにした。歩きながら、この1ヶ月ほどのことを思い出していた。暇さえ有れば思い出すクセは、どうにかしなければ……とは思うが、それこそ無意識だ。

 しかし、そうして思い返していると、人と危うくぶつかりそうになった。名も知らない夫婦の首にロザリオのネックレスが着けられているのが見える。その瞬間、流雫は思い出した。


 今この瞬間にいる祖国フランスでは、毎年宗教問題に起因するテロ事件が起きている。9年前のパリ同時多発テロ事件は、その代表的なものだ。そして、異教徒の標的になることを怖れて無宗教に転じると云うのが、カトリックを最大宗派とするこの国の特徴だ。確か、細かい統計は無いが、信者数の規模を見るとカトリックの次が無宗教だった気がする。そして流雫自身も無宗教だ。

 日本では、カルト教団による事件は過去に起きたものの、宗教や宗派間の争いに関してはあくまでも無血で明るみにならないものばかりだ。だから、血が流れる争いとは無縁だった。

 ただ、流雫が遭遇した事件がそう云う問題を含んでいるとすれば、これほど厄介で危険なことは無い。

 ……1人浮かない表情の流雫は、自分が泥沼に嵌まっている感覚が拭えなかった。浮き足立つハズの帰郷も、楽しもうと思えば思うほど、泥が足に絡みついてくるように思える。ただ、それも目の前の景色が吹き飛ばした。

 1972年に竣工したトゥール・モンパルナスの展望台は地上59階、210メートルの高さに位置する。そこからはパリが一望できる。尤も、伝統的な街並みを台無しにする外観と大きさは猛批判を浴びたが。

 パリの街並みを見下ろす展望台の上空には青空が広がって、心地よい。夜なら、もっと綺麗なのだろう。眼下の景色に目を奪われる流雫は、スマートフォンでその写真を撮る。10枚近くは撮っただろうか。ステータスバーの時計は、12時を指していた。日本とフランスは8時間の時差が有る。つまり、日本は20時だ。


 雨に濡れてはいないが、冷えた身体をバスタブで温めた澪は、1人部屋に閉じ籠もろうとした。特にすることが無い時は、親とリビングでテレビを見ることが多いが、この日は何か1人になりたかった。

 身体の汚れはボディソープで落としたハズだが、昼間の出来事までは洗い流すことはできなかった。澪は、スカイブルーのルームウェアに身を包み、ベッドに身を投げ出す。

 ……何度も浮かぶ。爆発音がして、自分の隣をガラス片が無数に飛ぶ光景、そしてあの地獄絵図。バッグの残骸と座席の一部が燃えて焦げていたが、あの程度で済んだだけマシだと思うしかなかった。

 ……青海で、初めてテロに遭遇した。それから2日しか経っていないのに、また遭遇している。流雫が一度、澪に語ったことが有る。

「今まで何も無かったのは、日本が平和だからじゃない。ただ、今までが幸運だっただけだと思ってる」

と。今日、その通りだと思い知らされた。


 東京だけでも、この3日間で2回、テロが起きた。しかも今日に至っては、それから少ししか離れていない場所で国会議員の刺殺事件も起きている。今日の2件が全く別物とは、澪は思っていない。それは、刑事と元警察官の両親を持つ娘としてのカンと云っても、間違ってはいないか。

 地下鉄での件は、先刻見たニュースを見る限り、犯人にとって予想外のことが起きたからだ、と澪は思っていた。

 爆弾は時限爆弾で、しかも小さな目覚まし時計が起爆装置と云う古典的な方法だった。そして、その時計は14時20分に爆発するようセットされていたらしい。澪は、その時間が気になっていた。

 確か、あの時地下鉄は1分だけ遅れていた。

 乗換アプリで、乗っていた地下鉄の時刻を検索する。永田町駅の到着時間は、14時19分。しかし、少し前にテレビの旅番組で、この時刻は実際は秒単位で設定されているため、0秒でも50秒でも、案内上19分は19分だと云う鉄道の雑学が紹介されていた。

 しかし、駅の時刻表を検索すると20分と表示される。それは、19分台に着いて20分台に出発することを意味している。これも、旅番組の受け売りだが。そして、そのタイマーセットが確かに20分なのだとすると、予想外のこととは地下鉄の遅れだ。

 日本の鉄道は確かに、世界一時間に正確と言われて久しい。もしこの遅れが無ければ、恐らく爆弾は永田町駅で爆発しただろう。しかし、1分遅れで走行中に爆発することが避けられないと判明した。このままでは自爆する。そこで他の車両に避難せず、ドアを開けて線路に下りた。

 自分たちへの追跡は、何処で爆発したにせよ、爆発によって妨害することができる。そして、その混乱に乗じて改札をやり過ごし、国会議事堂へ向かう別の犯人に合流した……と云うのは、映画なら有りそうだが、非現実的でもない。

 駅ではなかったから、被害はまだ比較的小さくて済んだ、と云う意見も有った。死者が出ている中でもっと適切な言葉は無いのか、と思うことは有る反面、それは尤もだと思っていた。これが乗降客の隣で爆発したと思うと……。

 そして、犯人にとっては線路に下りると云う予想外の事態になったとは云え、不審物を爆発させた上、捕まることなく地上に出られた時点で当初の目的は達成した……。


 澪は目を閉じて、深呼吸する。色々と気にはなるが、思い出すと心臓の鼓動が早くなる。念願だった日本橋のフルーツサンドもバナナジュースも、全て台無しになった。それだけ、体が目の前の光景に反応を起こしていた。

 ……自分用に手に入れた御守りは、恋愛成就ではなく安全祈願の類いにしていれば、或いは遭遇しなくて済んだのか……、とすら思えた。

 気を紛らすためにも、後でホットココアでも飲もう……と思っていると、スマートフォンの通知が鳴った。

 「何か、東京すごいことになってるらしいけど……」

澪のスマートフォンに届いたのは、流雫からのメッセージだった。

「こんなことになるなんて、思ってなかった」

「怪我は?」

流雫は改めて問うてきた。

「それは無いわ」

「ミオが無事なら、安心した」

流雫……ルナはそう送ってきた。それは、飾らない彼の本音だ。

 こう云う時に戯けてみせることが何よりヘタだが、逆に裏表が無くて判りやすい。

「それより、先刻はつい……パニックになっちゃって……」

「空港のテレビで見たけど、あれでパニックを起こすなってのが逆に難しいよ」

流雫は澪のメッセージに返す。

 爆発や銃撃は全て突然で予想外のことだ。それでいて平気な方がどうかしている。流雫も、もう4度遭遇しているが、平気でいられるワケがない。

「それでも、生き延びたいからって必死に押し殺してる。人を撃つ恐怖も全て押し殺して。だから、今まで生き延びてきたんだと思う」

と送ってきた流雫のメッセージを、澪は目に焼き付けた。

 何度も思うが、たとえ反動が大きくても、戦わなければならない間だけでも恐怖を押し殺せる流雫は、やはり強い。彼は彼自身が思っているより、断然強かった。

 澪は、このまま続きそうな重苦しい話題を変えることにした。

「ところで、ルナの列車は何時?」

「15時。まだ3時間近くも有って、やることが無くて。目の前に展望台が有ったから、そこだけは行ったけど」

そう返して、流雫はトゥール・モンパルナスからの写真を澪に送る。

「綺麗……パリってこんなにすごいんだ……」

と返す。澪は日本から出たことは無く、その点では事情はどうあれ流雫が少し羨ましい。

「今度、時間有る時に何処か行ってこようかな」

「その時はまた送ってね?」

「うん」

流雫は答える。

 そして、2人は思い出す。元々はこう云う、どうでもいいような話で盛り上がれていたのだ。時々重い話もするが、基本は日常の他愛ない話題だ。

 しかし、2月のあの日から、重い話題が増えた。それだけ、教会爆破テロ事件……そして学校で流雫が銃を握った日……に始まるあの1週間が、2人に大きな影を落としていた。


 1時間ぐらいだろうか、澪はメッセンジャーアプリと睨めっこを続けていた。時計は21時を示している。フランスは13時。

「早いけど、おやすみ、ミオ」

と送る流雫に、澪も

「おやすみ、ルナ」

と返し、枕元にスマートフォンを置いた。

「やっぱり、流雫と話すと楽しい……」

と澪は呟く。

 ……2人が知り合うきっかけは、トーキョーアタックの後。銃刀法改正を巡るSNSのニュースのコメントだった。そもそも、トーキョーアタックが起きていなければ、法改正を巡る混乱も起きなかったし、何より澪が流雫と知り合うことさえ無かった。

 そして、それは流雫が美桜と云う存在を失ったから、と云う現実に辿り着く。雨の渋谷でも、そう思い知らされた。

 澪は美桜がどう云う人だったか、流雫からは名前以外聞いていない。彼女について話すことを躊躇っているようで、澪も深追いをすることは無かった。

 ただ、そう云う事情が有るだけに、2人の出逢いは決して心の底から喜べるものではないことだけは判る。人の不幸の上に、彼女の元彼と何でも話せる関係でいられる幸せが成り立っている、その現実を前にそれでも喜ぶべきなのか……。

 台場で美桜の存在を知った瞬間から、澪はそう悩んでいた。だから今日、雨が降っていたが、彼女が命を落とした渋谷へと行った。行ったが、決着を付けられず、ただ泣いているだけだった。

 そしてあの事件に遭遇し、パリに着いたばかりの流雫に助けを求め、その声に安堵しつつも、この瞬間まで戸惑っていた。

 ……あの日、流雫は「汚れ役」になってまであたしを護った。だからあたしは、流雫の力になりたかった。誰よりも彼に近い場所、彼の隣に立ちたい。

 だけど、美桜の死と云う現実にどう向き合えばいいのか、……あたしは……どうすれば……。

 何だか泣き出しそうになって、澪は腕で瞼を覆う。フリースのルームウェアに、顔の熱が伝わる。

「流雫……大好き……」

澪は、誰にも聞こえない声で、囁くように呟く。ふと、目蓋の隙間が濡れるのが判った。

 「……あたし、流雫の力になりたい」

その言葉に、流雫は微笑んだ。それも本心だったが、流雫を抱きながら芽生えた「好き」だけは、最後まで言葉として出なかった。

 こんなところで言ったところで、彼には届かないのに。澪は、あの時「好き」と言えなかった一欠片のリグレットを抱えたまま、嘆いていた。


 モンパルナス駅からの高速列車TGVは、LGV大西洋線を快走する。ごく一部のケースを除いて専用の線路のみで構成される日本の新幹線とは異なり、線路や車両の規格が在来線と専用線のLGVではほぼ同じで、途中の駅へはLGVからの分岐を進んで在来線に入り、後に再び在来線からLGVに合流すると云う方法だ。日本のように辺鄙な場所に新幹線駅を建設した挙げ句、在来線との乗換に難儀することは無い。

 その方法で向かうル・マン駅までは後半分。パリからレンヌまでの所要時間を大雑把に二分すると、ル・マンがその中間点になる。

 このサルト県の中都市は自動車の24時間耐久レースで有名だが、それ以外にも観光するには十分で、更には流雫の母親もル・マン市内のコミューンで生まれ育った経緯が有り、時々行く。

 車内は、観光客で混み合っていた。レンヌからモン・サン・ミシェル行きのバスに乗り継ぐ、時間も時間だしレンヌ、もしくはその先のナントまで行ってあたりの宿に泊まるのか。

 窓から7ヶ月ぶりの景色を眺めながら、流雫は改めて、最初に引き金を引いた時を思い出していた。何もこんな時まで、と思ったりもしたが、先刻思ったことを忘れないうちに整理したいと思う方が強かった。


 あの教会を狙った時点で、宗教問題に起因する犯行だと判断できる。それとリンクしている、と捉えるのが自然なのは、アフロディーテキャッスルでの出来事。日本では、未だ犯行声明も出ていなければ背景も明らかにされていない。

 トゥール・モンパルナスを後にした流雫は、向かい側のモンパルナス駅の屋上庭園、アトランティック庭園の片隅で、フランスのニュースの動画を見てそれに辿り着いた。

 ニュースで流れていたのは、特定の宗教を名指しすることこそ避けたが、日本も宗教問題とは無関係ではいられなくなった、と云うものだった。しかし、同時に日本はそう云う問題などそもそも存在しない、と云う意見も根強い。仮にそれが本当だとすると、在日外国人の仕業と言い出す連中も、少なからず出てくる。

 幸い、流雫はそう云う国籍に起因するレイシズムを受けたことは殆ど無い。有るのは、フランス人との混血と云う理由だ。尤も、似たようなものだが。

 シルバーヘアにアンバーとライトブルーのオッドアイ、それが流雫の特徴だが、それ故によく思われないことは有った。日本人に帰化したとは云え元はフランス人だったのも一因だ。

 しかしそれでも、流雫がその程度だったのは、彼がフランス人との混血だからと云う理由だった。そう、やはり欧州系……特に西欧と北欧へは一目置くと云う風潮も未だ根強い。

 近年は特に、日本礼賛の動きが強く、海外メディアの日本に対する「不都合な真実」の報道にも、内政干渉だのダブルスタンダードだの、何かと理由を付けて噛み付き、そうすればSNSで支持される、バズると云う構図が成り立っている。

 自国礼賛自体は悪いことではないが、日本の場合それが行き過ぎている。それが、宗教や人種を起因とするレイシズムに及び、物事の本質を見失い、また辿り着くのを阻害している。

 しかし、ダイバーシティに関するイベントが直接の背景だとは思い難い。確かに国連が提唱したSDGs……持続可能な開発目標……のキーワードはダイバーシティ&インクルージョン、それは多様性を受け容れ包括することで、個々が個性を発揮しつつパートナーシップを育むことができる、と云うものだ。

 しかし、それに反対するのに、わざわざテロを起こす必要が有るのか。それが拭えない疑問だった。

 ……そう思っていると、何時しかル・マンを通り過ぎたどころか、もうじきレンヌに着く時間だ。流雫は降りる準備をした。駅では赤いステランタを乗り付けた両親が迎えに来ているハズだ。


 どうやら、あのまま寝落ちしていたらしい。澪が目を覚ますと7時前だった。

「もう朝……?」

澪は呟き、ベッドから下りる。夢は見ていなかった。それだけ昨日は、特に頭が疲れていたのか。

 朝から、リビングのテレビでは昨日のことが報じられていた。自分も或る意味当事者であるだけに、他人事には思えないが、しかしどうしても今は見る気にならない。

 これから数日間、このトピックでニュースは持ちきりになるだろう。毎日同じニュースはうんざりするが、それはもう仕方ないことだった。

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