第99話 バカップルは斜め上を落ちていく(6)

 公開セックス本番直前。

 イッサク、デスノス、リリウィは、大広場が一望できる高級ホテルの一室にいた。

 人混みで身動きが取れなくなったところに、トキハが招いてくれたのだ。



 その部屋で、イッサクはトキハの夫と挨拶を交わした。

 真王党幹事長は感激のあまり、禿げて油ぎっ頭を紅潮させ、土下座するように平伏してしまった。

 面食らったイッサクが、慌てて膝を折り、トキハのことで感謝を伝えると、真王党幹事長はさらに感激し、泣き出してしまった。



 見た目とはかけ離れた、あまりにピュア反応だったので、年齢を聞いてみると、なんと26歳だという。

 娘にも嫌われていそうな中年男性と思っていたが、実はイッサクよりも年下だった。



「お似合いでしょ?」



 そういって、泣きじゃくる夫の肩を抱いたトキハは、幸せそうだった。







 公開セックスの定刻。

 広場中央のキングサイズのベッドに、一条の金色のスポットライトが降りた。

 広場全体が、固唾を飲むのが、イッサクにも伝わってくる。



 このタイミングで、イッサクの新しい義弟、真王党幹事長は、手を後ろに回してトキハの隣に正座した。

 何が始まるのかとみていると、トキハが、どこから取り出したのか、黒い革製の拘束具で真王党幹事長の腕を固定し、目隠しをし、猿ぐつわを噛ませて、首輪をつけた。

 そうしてトキハはリードを引いて自分の椅子に腰掛けると、ぎょっとしているイッサクたちに向かって、黒とピンクで塗り分けられた顔でニッコリと笑う。



「うちのひと、本当はミナのセックスになんて興味なかったんですって」



 デスノスがぼそっとイッサクいった。



「やはり尻に敷かれるのが、円満の秘訣なのか」



「あれは尻に敷くのレベルが高すぎる!」








 会場から、どよめきが起きた。

 花道からラヴクラフトが入場してきたのだ。

 会場の中央部からラヴクラフトへ黄色い声援が飛び、外周部からは野太い声のブーイングが巻き起こった。

 これで派手な照明とテーマ曲でもあれば、プロレスと区別がつかなくなるところだ。



 ラヴクラフトがステージに上がると、会場全体の照明がすべて落とされた。

 イッサク達がいる隣接する建物の照明も全部消えた。

 夜闇に沈んだ公開セックス会場で、誰かが、上空を指差して叫んだ。



 空を見上げた人々は、息を呑んだ。

 大広場中央の真上に、黄金のオーロラがかかっていたのだ。

 オーロラは音なく揺れ、広がり、二つ、三つと増え、重なり合っていく。

 そして一人の女が、オーロラの中から姿を表した。

 ミナだ。



 オーロラのように金色に輝くドレスを纏ったミナが、ゆっくり降りてくる。

 ミナが手を広げると、一枚の薄衣が、ドレスから散り、なめらかな肩があらわになった。

 ふわりと宙で回ると、また一枚、ドレスから布が散り、白い足が夜空に輝いた。

 ミナが舞うたびに、一枚、また一枚とドレスが脱げていき、ミナの背中が、腿が、乳房の曲線が晒されていく。

 それはまるでストリップショーのようで、ミナを見上げていただけで放心してしまう男や、感極まって倒れてしまう女が続出した。



 ステージに降り立ったミナは、黄金に輝き、秋風に揺れる薄衣一枚だけになった。

 ミナは、自分を見せつけるように、薄絹を舞わせてステージを一周し、ベッドの上に腰を下ろすと、広場に集まった民衆に艶然と微笑んだ。

 デスノスが喝采するように声を上げた。



「はは!ミナのやつ、ノリノリではないか!」



 男友達の悪ふざけを囃すようなデスノスに、イッサクは聞いた。



「そういや、お前、女好きのわりに、ミナを女扱いしないよな」



「当然だ。俺にとってミナは上官であり、戦友だからな。共に戦場に立つ者に男も女もない。それにわざわざお前の怒りを買うほど愚かでもないわ」



 デスノスは呵呵と笑い、イッサクは「……ふん」と会場のモニターに目を向ける。



「反対に聞くが、お前はミナのどこに惚れたんだ」



「顔」



 イッサクがぶっきらぼうな答えに、デスノスは心底残念そうに首振る。



「他にもっとないのか?あれだけそばにいたのだぞ?」



「そうはいうけど強烈だぜ?

 俺を殺そうとした時の顔にすら見惚れそうになったからな。

 ずっと見てても飽きないし、惚れる理由としては十分だろ」



 イッサクはモニターに映るミナを見ながら淡々と語る。

 その顔をリリウィが覗き込んできた。



「だったら、いまあそこで観客に微笑んでるミナにも見惚れちゃう?」



 イッサクはちらと横目をリリウィに向けた。



「なんでそんなこと聞く?」



「だって、またあの子、なにかこじらせてる顔しているじゃん」



 イッサクは再び大型モニターに目を向ける。

 大写しになっているミナの微笑みは、いつもと変わらず可憐で美しい。

 だがそこには、いままでになかった驕慢、冷淡、無邪気さが見え隠れしていた。

 それは6年前にも見た顔だ。

 イッサクは、バスンと、ナマクラの剣で肩をたたいた。



「あいつ、トキハを殺そうとしたときと、同じ顔をしてやがる」



 イッサクが不機嫌に声を響かせると、リリウィがニタリと笑って言った。

 


「いまのあんたも面白い顔してるわよ?」



「ん?どんな?」



「怒ったふりしながら、ブラウスの中を覗こうとしているおっさんみたいな顔」



「……」



 イッサクは驚いたように口をあけ、あわてて両手でゴシゴシと顔を念入りにマッサージしはじめた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る