第98話 バカップルは斜め上を落ちていく(5)
大広場を見下ろす高級ホテルの一室で、ラヴクラフトは不安げに窓の外を眺めていた。
野外公開セックスを思いついた時、素晴らしいアイディアだと思った。
いまラヴクラフトは、ミナ以外の女と大広場でセックスをしていたスキャンダルで、非難と嘲笑の的になっている。
しかし、それと同じことを、ミナを相手に正々堂々と行えば、スキャンダルはスキャンダルでなくなってしまう。
ミナを完全に我が者にしたことを知らしめ、自分こそが名実ともに子の国のトップだと示すことができる。
なにより、女神と崇められているミナを、国民の目の前で辱める背徳は、想像しただけアレがいきり立ってしまうほどだ。
ミナとの野外公開セックスは、まさに起死回生の妙手のはずだった。
だが時間が経ち、本番が迫ったいま、ラヴクラフトは冷静になっていた。
自分が、とてつもなく馬鹿なことをしようとしている気になってきた。
もしかしなくても、すべての地位と名誉を捨てようとしているのではないか。
なぜ自分は、こんなことをしようと思ったのだろう?
なぜミナは反対しなかったのだろう?
ミナはいま、同じ控室で側近たちの手によってメイクを施されている。
煌々と灯る照明に映し出されたミナの顔は、メイクブラシの一振りごとに、さらに美しく、妖艶に、凄みを増していく。まるで戦化粧のようだった。
ラヴクラフトの視線に気がついたミナが、わずかに振り向き、手を振る。
それは昔から知っている恋人の笑顔で、ラヴクラフトはほっとして、手を振り返す。
だがミナが鏡に目を戻したとき、その横顔に、うっすらと影が差した気がした。
一瞬見えたその顔は見たことない顔で、ラヴクラフトはまた不安になった。
なにか大きな思い違いをしているのではないか。
すべてをコントロールしているつもりで、誰かの手の上で踊らされてるのではないか。
ラヴクラフトは、あわてて窓の外に目をやった。
自分はミナを完全に手に入れたのだ。
だから間違うはずがない。
何も心配することない。
そう自分に言い聞かせて、無体な不安を押しやり、それから現状について整理することにした。
野外公開セックスについて、批判の声が大きいことは承知している。
だが見方を変えれば、批判の大きさは、ラヴクラフトとミナのセックスを見たいという期待の大きさの裏返しでもある。
本番さえ始まってしまえば、こっちのものだ。
ミナの裸体を、嬌声を、痴態を、そして二人の愛を見せつければ、批判の逆風は一転し、賞賛の嵐となるだろう。
ラヴクラフトの名誉は回復し、選挙も圧勝できる。
そうなってしまえば、もう安泰だ。
だれもラヴクラフトたちに指図することはできない。
誰の憚りもなく、国王イッサクをギロチンにかけられる。
そう、なにも不安になることなどない。
二人の明るい未来に、ラヴクラフトは窓ガラスに邪な笑みを写し、暗い歓喜に心躍らせた。
このとき、同じ窓ガラスに、あの影を浮かべたミナの顔が映っていることになど、気づきもしなかった。
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