第97話 バカップルは斜め上を落ちていく(4)

 万霊祭の最後の夜。

 そしてミナとラヴクラフトの野外公開セックス当日の大広場。

 本番前の会場は、異様な空気に包まれていた。



 大広場の中央には、赤い絨毯がひかれ、その上にキングサイズの真っ白なベッドが設えてあり、ベッドの頭上には、大型のモニター4機がそれぞれ四方に向かって設置されている。

 それらを、みっしりと取り囲んでいる観客の数は、ゆうに3万を超えているだろうか。

 彼らは騒がず、声を漏らさず、まんじりとベッドを見つめ、その時が来るのを待っている。

 手を合わせていたり、祈りを捧げている者もいる。



 一方、少し離れた大広場の外周部では、怒声、シュプレヒコール、ダフ屋のだみ声、繰り出した屋台の客引きの声、生中継のレポーターの声などが入り混じった、すさまじい喧騒いや狂騒が、轟轟と鳴っていた。



「盛り上がってんなー」



 イッサクは屋台で買った焼き鳥を頬張り、外周部の人の流れの中を歩いていた。



「万霊祭が、祈りの夜から、オープンセックスの夜になるとお偉方が嘆いておったわ」



 デスノスが、イッサクがもっている焼き鳥を一本とってかぶりつく。

 つい先日、この大広場が大乱交会場となってしまった原因は、イッサクがばらまいた媚薬入りローションなのだが、イッサクは他人事のように笑っている。



「年に一回ぐらいはいいんじゃね?むかしには豊穣祭と銘打った乱交パーティもあったらしいし」



「ねー、あんたこんなところで遊んでいていいの?

 ヨーちゃん、まだ見つかっていないんでしょ?」



 イッサクが振り返ると、リリウィがりんご飴をなめながら、ついてきていた。



「マダムに追い出されたんだよ。閉じこもってないで、たまには外の空気吸ってこいって」



 イッサクは天を仰ぐ真似をすると、デスノスが笑う。



「本当に母親のような方だな。かのご婦人は」



「まったくな。おっかないったら、ありゃしない」



 イッサクは食べ終えた焼鳥の串と包みを、近くのゴミ箱に放り込んだ。

 至るところに置かれた臨時のゴミ箱は、もう溢れそうになっている。

 本番まではまだ時間があるが、人出の数が多すぎた。

 イッサクはリリウィを振り返る。



「はぐれるなよー」



「あんたとは、はぐれようがないの。忘れた?」



 リリウィが左腕を上げると、目に見えないどこかでジャラと鎖が鳴り、そしてイッサクの左腕でも同じようにジャラと鳴った。

 イッサクは笑って、左手をひらひらとさせる。

 そうして広場の中央を見た。



 外周部の狂騒とは対象的に、広場中央からは声が聞こえず、どこか神聖な緊張感さえあった。

 夜闇にぼんやりと浮かび上がっているキングサイズのベッドも、これからバカップルがまぐわうだけなのに、立派な祭壇に見えてくるから不思議だ。



 イッサクは広場中央を眺めながら、ミナが公開セックスをする理由をぼんやりと考えた。

 ミナがぶっ飛んでるのは、いまに始まったことではないが、完全に脈絡に欠いたやらかしというのはあまりない。

 ぶっ飛んだやらかしといえば、それは3ヶ月前、突如イッサクを殺そうとした夜ぐらいだ。

 では、この公開セックスはどうか?

 単に新しい性癖に目覚めただけなのか?



 狂騒で熱せられた空気に混じって、晩秋の夜の冷気が肌をなでた。

 その冷たさが、朽ちた姿の新しい人間たちのことを思い出させた。



 古い神を殺し、新しい神を生み出す人間の失敗作。

 神殺しの力で書き換えられた人間の姿。



 いま、国中はおろか、世界中の目がこの大広場に集まっている。

 もし、ミナが神殺しの力をふるい、精神干渉を行えば、その影響は全世界に及び、この世を書き換えることができる。

 もしミナが新しい神の誕生を目的としているなら、この野外公開セックスもまったくのデタラメというわけではない。

 だが動機がわからない。

 自分たちのセックスを神の天地創造になぞらえて、ラヴクラフトのスキャンダルを有耶無耶にするつもりなのだろうか?



 そんなことを考えていると、現在の大広場を包む空気がとても不穏なものに思えてきた。

 中心部の静かで神聖な冷たい空気と、外周部の轟々とした熱気。

 それは、あの青い屋根の館の周囲にあった斑な空気とよく似ていて、あれよりもずっと巨大で、不安定だった。

 またとても恐ろしいものが出てきそうな、嫌な予感がする。



「……まさかな」



 イッサクは頭を振って呟くと、不穏な空気を振り払うように、人の流れのなかを歩いていった。

 

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