第95話 バカップルは斜め上を落ちていく(2)

 ミナはスマホを手に取り、あるアドレスをタップする。



「もしもし。

 ……。 

 うん、まあ、全然大丈夫じゃない。

 声?

 一晩中ラヴクラフトに……ね。

 それでね、教えてほしいんだけど、どうしてイッサクは邪神像を探していたの?

 ……。

 うん、そう。

 ……。

 え?」



「だから、あんたを助けるためよ。

 ヨーちゃんとあんたが両方消し飛ぶからって。

 そういう未来を見せられたんだって」



「未来を見せられた?」



「あの男に、ヨーちゃんが見せたみたい」



「そう……なんだ」



「なんか反応薄くない?もっと喜ぶと思ったんだけど?」



「喜ぶ?私が?どうして?」



「どうしてって……、イッサクはあんたのために戦っていたのよ?うれしくないの?」



「まったく。むしろムカつくわ」



「なんでよ?」



「イッサクは、夢でみた私のために、色々やってたんでしょ?」



「そうよ。あんたのためよ」



「いいえ。その女は、じゃないわ」



「どうしてそうなるのよ……。ちょっと、ねえ!ミナ!?」



 ミナはリリウィの呼びかけを無視して、スマホを床に叩きつけた。

 イッサクが振り向いてくれない理由がわかった。

 ずっと夢の中のミナという、別の女を追いかけていたせいだ。

 イッサクは夢の中の女のために、駆けずり回り、血を流していた。

 その女せいで、すぐ横にいたは見向きもされなかった。



 頭がおかしくなりそうだった。 

 その女を殺せたら、どんなにいいのに。

 このときミナは、ハッと、顔を手で覆った。

 もし、イッサクが夢見ているミナという女を殺せば、そのときはじめて、イッサクは私を見てくれるのではないか。



 このアイディアは、追い詰められていたミナを一瞬で虜にした。

 どうすればいいか、その答えもすぐに出た。

 微笑む豊穣神ヨールが、イッサクにミナの夢を見させている。

 だったら、その神を殺せば、イッサクが夢見る女も殺せるはずだ。



 ミナは神を殺す力を持っている。

 イッサクの父である先王から与えられたこの力は、まさに呪詛だった。

 自分は、先王の享楽のために作られた女なのだと、ミナを蝕み続けてきた。

 だがいま、この力が福音に思えた。

 神を殺す力で、邪魔な女を殺し、イッサクを取り戻すことができるのだから。

 嫉妬と、嗜虐と、愉悦が、ミナの顔に残酷な笑顔を作っていく。 



「なにかいいことでもあったのか?」



 目を覚ましたラヴクラフトが、ガウンを羽織って、ミナの隣に腰を下ろしてきた。

 ラヴクラフトの手が、ミナの髪をなで、うなじを這い、肩を抱く。

 その快楽は体を震わせるが、もうミナの心を溶かさない。

 ミナは口紅を引くように指で唇に触れて、ラヴクラフトに囁くための笑顔をつくる。



「ありがとう。仕事もあったのに、付き合ってくれて」



「かまわないさ。僕も、君をイッサクから取り戻せたのが、この国を手に入れるのより嬉しい」



 ラヴクラフトがミナの頬に口づけをする。

 すると、ミナは可憐に微笑んで、ラヴクラフトの顔を手で優しく包み、唇を重ねた。

 ラヴクラフトは歓声を上げて、ミナを抱きしめた。



「今日はなんて素晴らしい日なんだ。この幸せを世界中に見せつけたいぐらいだよ!」



 イッサクを退け、ミナを取り戻し、国の頂点に手をかけているいまこそ、ラヴクラフト絶頂のときだった。

 鼻息荒く無邪気に浮かれている顔に、ミナは囁く。



「ねえ?どうすれば、みんなに見てもらえるかしら?」



 ラヴクラフトはキョトンと、ミナを見つめた。

 ものの例えのつもりだったのだが、ミナは熱っぽくラヴクラフトを見ている。

 すると、ミナの熱が感染ったように、ラヴクラフトの頭が熱くなってきた。

 この祝うべき日を、もっと多くの人々に知らしめるべきなのではないか?

 ミナが完全に自分のものになったと知らしめるべきなのではないか?



 もちろん結婚式は大々的に行うつもりだ。

 内外から賓客とメディアを招き、世界に二人が結ばれたことをアピールする。

 だがそれだけでは駄目なのだ。

 結婚式なら、イッサクも行っている。

 愛のない結婚であっても式はあげることはできるのだ。

 しかしラヴクラフトとミナはそうではない。

 イッサクと同じことをしていたのでは駄目だ。

 ミナの身も心も、完全にラヴクラフトのモノになったのだと知らしめなければならない。



 そうして、ラヴクラフトの完全に茹だった脳髄は、一つの妙案を思いついた。

 ミナはその妙案を聞いて、作った笑顔が崩れそうになった。

 いかにも調子にのった凡人が思いつきそうなことだった。



 ラヴクラフトのそういう平々凡々としたところにやすらぎを感じていたが、イッサクというスリルを失ったいま、その平凡はやはりただの退屈に過ぎない。

 だが、ミナは作り笑顔を華やかせて、ラヴクラフトの背に手を回す。



「とても素敵だと思うわ」



「だろ!これで選挙での勝利も確実だ!」



 ラヴクラフトはミナを抱きしめキスをする。

 ミナの笑顔が、それまでとは一変していたことに、ラヴクラフトは気がついていなかった。

 



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 謹賀新年

 いつも読んでくださり、ありがとうございます。


 旧年中はたくさんの応援コメント、ミナへのブーイングをいただき、本当にありがとうございます。 

 これだけ反応をいただけるのは、書き手冥利に尽きるというものです。


 

 この物語も終盤に入っております。

 ぜひ最後までお付き合いいただけますよう、よろしくおねがいします。


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