第84話 童貞の黒歴史は踊る(6)

 絶望したミナの耳に、空気を裂く鋭い音が甲高く鳴った。



 次の瞬間、先王の体が爆散した!

 粉々になって吹き飛んだ!



 衝撃で床に放り出されたミナが目を開けると、先王は昆虫のような手足を残して残骸と化し、消え去っていた。

 横を見ると、館の壁に、天井に届くほどの大きな穴が空いている。

 重火器や爆発物を使った様子はない。

 何が起きたのか、まったくわからない。 

 かすかに魔法の気配があったが、それもすぐに消えてしまった。


 

 呆然とへたり込むミナ。

 すると、その目の前を、イッサクが腹に手を当てながら、ヨタヨタと横切っていった。



 イッサクは、ミナの目の前を先王の肉片を蹴飛ばしながら横切り、壁に空いた穴をくぐっていってしまう。

 それから、瓦礫が崩れる音が聞こえたと思うと、また壁の穴から姿をあらわした。 

 手には使い古したあの訓練用のナマクラの剣を持っていた。



 イッサクはナマクラを大事そうにしまうと、まだ立てずにいるミナに「ん」と血まみれの右手を差し出した。

 ミナはきょとんとして、イッサクの手と顔を交互に見る。

 それから、恐る恐るその手を取り、しっかと力を込めて握った。

 イッサクはミナを手を引いて立ち上がらせる。



「怪我は?」



「大丈夫よ。……あなたは?」



 ミナが血が滲んでいるイッサクの腹を見る。

 痛々しそうにみているミナに、イッサクはイラッときた。



「見たらわかるだろ!!お前のせいでズタボロだよ!!」 



 イッサクの一方的な言いように、今度はミナがカチンときた。



「せっかく心配してあげてるのに……。

 なによ!傷ついたのはこっちの方よ!

 なんでトキハのこと教えてくれなかったの?

 いままで私がどんな気持ちでいたと思っているよ!」



「仕方がないだろ。他に知られるわけにいかなかったんだから」



「もっと私を信用しなさいよ!」



「あほか!毎度、茶に毒を盛るやつを、どう信用しろっていうんだ!

 さっきのだって、いまだに体のしびれが取れねーしよ。

 あれ一体なんの毒だ!?」



「ちょっと象をおとなしくする程度のお薬よ」



「何がお薬だ。バカじゃねーの」



「別にいいじゃない。結局あなた逃げ出しているし」



「いいわけあるか!おかげで力の加減ができなくて、クズオヤジは木っ端微塵。肝心の邪神像がどこいったかわかんなくちまっただろーが!アイタタタ……」



 興奮したせいで、傷が激しく痛み、イッサクは腹を抱える。

 ミナは爆散した先王と、大穴が空いた壁を改めて見て、聞いた。



「これ、あなたが?どうやったの?」



 イッサクは腰のナマクラの剣を叩いた。



「こいつを投げつけただけだ」



「だけって……」



「言ったろ。誰かさんのせいで、加減ができないんだ。……それよりもさ」



「なに?」



「そろそろ手を離してくんない?」



 さっきからミナは、しっかりとイッサクの手を握ったままだった。

 ミナはイッサクの顔をじっと見ると、プイとそっぽを向いた。



「おいっ」



 イラッときたイッサクがまくしたてようとしたところに、デスノスがやってきた。



「こんなときに夫婦喧嘩せんでもよかろう」



「だれが夫婦だ!」



「私はあなたの妻ですけどぉ!」



 傲然と言い放つミナにイッサクはこめかみに血管を浮かべて睨むが、ミナも負けじとガンを返してくる。

 デスノスはやれやれと首を振ると、先王の残骸を見て聞いた。



「で、終わったのか?」



「まさか。相手はわざわざ生き返ってきたやつだぜ。いまのうちにお前ら全員出ていけ」



「お前、一人でやるつもりか?しかもそんな怪我で?」



「俺の不始末だからな。しょうがない」



 イッサクはヘラヘラと笑ってみせる。

 ミナが握っていた手に強く力を込めた。



「私も残る」



「お前が一番足手まといだ」



 イッサクは問答無用と切って捨てたが、ミナは頑としてイッサクの手を離さない。

 だが、その手はかすかに震えていた。

 イッサクはミナの手に自分の手を重ねた。



「無理するな。この震えは気合や根性でどうにかするもんじゃない」



 ミナがポカンとした顔でイッサクを見つめた。

 何を言われたのか、頭が理解するのに時間がかかった。

 イッサクのその言葉が、いままででいちばん優しかったからだ。

 だが、それでもミナは、はっきりと首を横に振った。



「怪我してるあなた一人を残していけるわけないじゃない」



「お前、あれだけは無理だろ」



「だったら、助けてよ」



「はい?」



 イッサクは思わずミナの顔を凝視してしまう。

 ミナは言った。



「私はいまでもあの男が怖い。

 姿を見ただけで、剣は振るえないし、声も出なくなる。

 だけどあなたが一緒なら怖くない。

 あなたが励まして、助けてくれたら、わたしも一緒に戦えるわ」



「それを足手まといと言うんだけどな」



「いいでしょ。自分の妻にはそのくらいサービスするものよ」



 あまりにわがまま、身勝手、自己中心的な要求に、イッサクは開いた口が塞がらない。

 こっちの気も知らないでと、のべつ幕なしにわめきたててやろうかとも思う。

 だが文句より先に、イッサクの喉から笑いが漏れ出てきた。

 肩が跳ねるように揺れ、ついには「あははは」と実に愉快に笑い声を上げた。



「だったまずこの手を離してくれ」



「……もう、いなくならない?」



「お前を助ける間は、一緒にいてやる」



 イッサクは明るく笑って言った。

 ミナはその顔を穴が開くほどみつめると、握る指をそっと解いた。



「デスノス。お前は残りの連中を頼む」



「なんだ、俺も足手まといか?」



 デスノスは不服だが、イッサクはナマクラの剣を抜いて周囲を警戒していった。



「他に任せられるやつがいないんだよ。せっかっくの機会を逃しちまった」



 リリウィが「あっ」と声を上げた。

 そばに打ち捨てられていた死体が、一体、また一体とゆっくり立ち上がってきたていたのだ。

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