第72話 黒とピンクでゴスとロリを煮込んだような女(5)

 黒とピンクでゴスとロリを煮込んだような姿から、魔王などという、これまたファンタジーな言葉が出てきて、イッサクは唖然とする。



 だがイッサクのやる気を別にすれば、ありえない話ではない。

 ラヴクラフトへの逆風が吹き荒れているいま、トキハが取りまとめている既得権益層とイッサクが手を組めば、選挙で勝つ筋も見えてくる。



 問題は二つ。ミナと邪神像だ。

 だがミナについては横においても構わない。

 規格外を方程式に入れても無駄なことだ。

 よって問題は、やはり邪神像の行方だ。

 トキハの計画は、邪神像を手に入れられるかどうかにかかっている。



「というわけでお兄様、私も春暁の館に連れて行ってください」



 トキハの要求に、デスノスが驚いて声をあげる。



「春暁の館は、未知の感染症に侵され5年前に封印された。

 そんなところへ行くのか?」



 イッサクはトキハを見やる。



「なんで俺があそこに行くとわかる?」



「いまだお兄様が邪神像を見つけられていないのです。だったらもうあそこしか無いじゃないですか」



 トキハが黒い口紅を塗りたくった唇だけで笑うと、イッサクはムスっと口を曲げる。



「たしかに死んだクズオヤジも母親もまだあの中だし、邪神像があるとすれば、もうあそこしか無い。

 だけどお前を連れて行く必要は無いよな。

 館の封印は俺にしか解けないから、わざわざ競争相手を増やすメリットがない」



「そんなことはありません。私を連れて行ってくれるなら、お兄様をいますぐここから出して差し上げます」



 トキハはスマホで何やら操作する。

 すると突然、大きな音とともに窓を覆っていた鉄格子がすべて開放された。

 それだけではなく、あらゆる扉や窓の鍵が開く音が館中から聞こえてきた。



「この館を管理、監視している者たちは全員が我が真王党のシンパなんですよ」



「マジか……」



 トキハとデスノスが難なくこの部屋のドアを叩けた理由はこれだった。

 最厳重であるべきセキュリティが、こうもたやすく無力化されるとは。

 ラヴクラフトの女好きの弊害は、イッサクが考えているよりもずっと大きかった。これもまたイッサクの誤算だった。


 イッサクは天井を指差してトキハに聞きいた。



「いまここを監視している連中は俺に怯えているだろ?そんなのをどうやって取り込んだ?ラヴクラフトのほうがずっと優しいのに」



 するとトキハは黒とピンクに塗り分けられた顔でニヤリと笑う。



「彼らに少し囁いただけです。

 お兄様を敵に回すとどうなるか、想像してご覧なさいって。

 そうしたらみんな喜んで、真王党のサポーターになってくれました。

 彼らはお兄様のことをよ〜く知っていますからね」



 トキハがおかしそうに笑う。

 イッサクは自らの悪名の威力に、がっくりと肩落とした。



「まったく。お前を生かしておいて正解だったよ。

 わかった、連れて行こう。ただし身の安全は保証できないからな」



 トキハは黒とピンクで塗り分けられた顔を歪めるようにして笑い、うやうやしく頭を下げた。

 イッサクはデスノスを振り返る。



「それじゃちょっと行ってくるわ」



「まて!封印を解くのか?感染症はどうするのだ?」



 深刻な顔をしているデスノスに、イッサクはヘラヘラと笑った。



「感染症なんて嘘、デタラメだ」



「なんだと……」



「あの中を知られるわけにはいかないんでな」



 そう言い残してイッサクが部屋を出ていこうとすると、デスノスが後ろからその肩を掴んだ。



「だったら俺も連れて行け」



「はあ?」



 イッサクは肩の手を振り払おうとするが、デスノスはさせじと指をめり込ませた。



「トキハのことといい春暁の館のことといい、お前は俺を謀っておったのだろう?だったら、その説明責任ぐらいは取ってもらわんとな」



 デスノスの指は、焼いた鉄のようにイッサクの肩に痛みを与えている。

 イッサクはガリガリと頭をかきむしった。



「説明以外の責任は知らんぞ」



 イッサクが身を翻すと、やっと肩からデスノスの手が離れた。



「自分の身ぐらい自分で守れるわ。ついでにお前たちも守ってやるから安心せい」



 デスノスは胸を叩いて呵呵と笑う。

 イッサクはため息をついて「そういうことじゃないだけどな」と小さくぼやいた。

 デスノスはそれに気が付かずに尋ねた。



「それよりもミナはいいのか?お前が逃げたと知れば、黙っておらんだろ」



「大丈夫だよ。ミナはあそこには近づけない」



「なぜだ?」



「それは説明責任の範囲外だ」



「誤魔化そうとしても……」



 デスノスは詰め寄ったが、イッサクに横目を向けられ、慌てて口をつぐんだ。

 表情のないイッサクの目の奥に、黒く赤い感情が渦巻いているのを見て、立ちすくんだ。



「いくぞ」



 イッサクは頭をかきむしりながら部屋を出ていく。

 取り残されたデスノス。トキハがのその曲がった背中を思い切り叩いた。



「魔王に勘気はつき物。いい傾向ですよ」



 そう言って左側の黒い顔で笑ってみせると、イッサクを追っていく。

 デスノスは自分の頬を思い切り叩いた。

 それから腹の中の空気を全部出し切ると「なめるなよ」と一人つぶやき、大股で二人の後を追って部屋を後にした。




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 いつも読んでくださり、ありがとうございます。


 PVが10万を超えました!

 ★をつけてくださった方が100人を超えました!


 本当にありがとうございます。

 こんなに反応をいただけるとは思っていなかったので、少々浮かれています。



 応援コメントもたくさんいただきありがとうございます。

 ネタバレなど防止の為に個別の返信は行っておりませんが、毎日読み返しては励みにしております。


 最近はミナへのブーイング以外のコメントも頂けるようになり、書き手としてて嬉しい限りです。


 今後とも、お付き合いいただけますよう、よろしくおねがいします。

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