第48話 童貞、責任をとる(1)

 目を覚ますと、イッサクの視界いっぱいに、女の白い胸の谷間が飛び込んできた。

 リリウィの寝息が、イッサクの額をくすぐっている。 

 いつの間にかイッサクも全裸にされていて、二人一緒に同じベッドの上に寝かされていた。

 何が起こったのか思い出せない。

 まさか……。



「何を心配している、童貞王?」

  


 ベッドの横で、デスノスがニヤリと笑っていた。



「……童貞?」



「ああ。お前はここに運ばれてからいままで目を覚まさなかったからな。せっかく隣に裸の女がいたのに」



 一線を越えたのかと気が気でなかったイッサクは、安堵の息をつく。



「なんで同じベッドなんだよ?」



「離れんのだ。お前ら」



 見ると、左腕にガッチリと鎖が繋がれていた。鎖の先はリリウィの左腕に繋がっている。イッサクはやれやれとため息をつく。



「現場を見て驚いたぞ。無理心中でもしたのかって惨状だったからな」



 イッサクは包帯が巻かれた首に手を当てる。血は止まっていたが、まだじくじくと痛んだ。



「ヒスイは?」



「隣で休んでいる。お前たちの治療でかなり消耗していた。一体何があった?」



 ヒスイに童貞を奪われそうになったなどとは、口が裂けても言えない。言えば、錯乱したデスノスのプロレス技で、今度こそ殺されるだろう。 



「うちの先祖の尻拭いに、少し血を流さんとダメだったってだけだ」



「お前は血を出してばかりだな」



「罪は血で贖うもんさ」



 イッサクはそっとリリウィの首に手を置いた。イッサクと同じように包帯が巻かれている。

 イッサクが自らつけた傷は致命傷だった。

 だがリリウィはその傷を半分受け持ってくれ、そのおかげでイッサクは一命を取り留めることができた。

 どうしてリリウィはそんなことができるのか、いまのイッサクはその理由を知っている。

 気を失っている間に、その最低な理由を見てきたからだ。

 それは夢というには生々しすぎた。

 リリウィの苦しみは、イッサク一人の血ではとても贖えない酷いものだった。



「その少女は何者だ?」



「王族の強欲が生んだ犠牲者だよ」



 イッサクは表情無く言った。

 リリウィが小さく呻いて目を覚ました。

 起き上がったリリウィは自分の裸をさらしたまま、じっとイッサクを見つめ、それから叩くようにしてイッサクの頬に手を置いた。



「見た?」



「ああ。見た。全部。これが神落としか」



「そうよ。最低でしょ」



「まったくだ。でもおかげで助けられた。ありがとうな」



 イッサクがリリウィの頭に手を置くと、リリウィは少し頬を赤らめ、



「死なれたらうちが困るからだし……」



 と、目を伏せた。



「あー、お取り込み中のとこ申し訳ないのだが、その神落としとはなんなのだ?」



 二人だけの世界ができあがりそうなところに、デスノスが遠慮がちに言葉を挟んだ。

 それまでイッサクしか目に入っていなかったリリウィは、見知らぬ男まえで裸だったことに今更気がついて「ぎゃあ!」と、顔を真っ赤にして全身をシーツのなかにうずめてしまう。

 イッサクは、ショックを受けているデスノスを笑いつつ、リリウィの頭をシーツの上から叩いた。



「俺が説明していいか?」



「……うちが話す。自分のことだし」



 リリウィはシーツから亀のように頭だけを出して、イッサクとデスノスを見上げた。



「神落としってのは、王族が神様を手に入れるために作り上げた人間のことよ。

 巫女とか神がかり、獣憑きと呼ばれていた人たちを集めて、交配と人体実験を繰り返して、神様の言葉だけじゃく、神様そのものを現界させる力をもつに至った人間。

 といっても成功したのはうちだけだったけど。



 うちは言われた通りに、神様をこの世に呼び出した。

 その子がすぐに帰ってしまわないように、一緒にいろんなことをして気をひいたわ。

 一緒に遊んで、学校に行って、笑って、泣いて。

 ずっとここに閉じ込められていたうちに初めての友達ができた。

 そしてその子を王族に売った。

 うちは友達を裏切ったのよ」

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