第22話 呪いの蔵でクズに小判(1)

 イッサクとデスノスは、祭りで賑わう街を歩いていた。

 もう子供は寝る時間だったが、思い思いに仮装をした人々は、子供のようにはしゃいで街を練り歩いている。

 イッサクもヘラヘラと笑いながら、祭りの雰囲気を楽しんでいる。

 デスノスはそんなイッサクの横顔を不安に見て聞いた。



「おまえ、本気でミナを殺すつもりなのか?」



 イッサクは横目をむけ、それから顔を隠すように、手を振った。



「あー、あれは言葉の綾。興奮して勢いがつきすぎただけ。好き勝手やられてムカついたとか、そういうんだよ」



 そうしてイッサクはまたヘラヘラと笑う。

 だがデスノスの不安は消えない。

 イッサクの、あの凍てつくような殺気。あれは本物だった。

 デスノスは、まがりなりにも騎士団の長を務めた男だ。

 それをたじろがせた殺気が、ムカついた程度のことで出されるわけがない。



 やはりイッサクは本当にミナを殺そうとしてるのでは。

 そこまで考えて、デスノスは首を横に振った。

 子供が怖い絵本を途中で閉じてしまうように、考えるをやめた。

 そうして話題を変える。



「殺すとまではいかなくても、一発殴るぐらいならできるのではないか?お前ならば」



「無理無理。あっちは今じゃ大陸最強なんだぜ」



「でもお前は昔、ミナを半殺しにしたじゃないか。妹のトキハのことで逆上して」



 するとイッサクは顔色がさっと変わり、頭を抱えて悶絶し始めた。



「それを言ってくれるな!こう見えて反省してるんだから!あの時は何ていうのか、調子に乗ってたんだよ!若気が至ったんだよ!坊やだったんだよ!」



 デスノスはふっと笑みをこぼすと、年上らしく諭すようにいう。



「あれ仕方なかろう。たしかにやり過ぎではあったがな」



「それでも、他にやりようはあったはずなんだ」



 黒歴史に悶えるイッサクを見て、デスノスはふと思いついた。



「もしかして、ミナを抱かなかった理由は、そのことを気にしてか」



「はえ?」



 イッサクはデスノスの巨躯を見あげ、それから天を仰いで唸った。

 そしてポツリとこぼした。



「もう傷つけたくない……のかもな」



「傷つける?」



「だってそうだろ?腹黒い大人たちの都合で好きな男と引き離されて、引き離した家の子供の孕めと言われるんだぜ」



「王族や貴族の世界はそういうものだ」



「大人はみんなそう言う。そして何も見ようとしない」



 そうしてイッサクは睨むが、デスノスは鼻で笑った。



「青臭いな、お前は。童貞臭いな」



「童貞の何が悪い」



「血を残そうとしない王に価値などない。しかもお前は王族最後の一人だというのに」



「それなら俺はもう王様じゃないから、童貞でも問題なしだ」



 イッサクはまたヘラヘラと薄っぺらく笑った。

 デスノスには、イッサクが一体何をしようとしているのかわからない。

 ミナに対して凄まじい殺気を放ち、そうかと思うと、ミナが傷つくことを気をかけている。

 この二つはイッサクの中でどのように結びついているのだろうか。

 

 

 夜がふけるにれて、街には人も異形の姿も増えていった。祭りの本番まで日があるのに、人々のテンションは上がりっぱなしだ。

 二人は王都の大広場に差し掛かった。

 広場の中央に、青い屋根の館が建っている。窓には夜だというのに明かりがついていない。



「あんなのあったっけ?」



「祭りの出し物じゃないのか?」



 なるほど。館の外観は確かに不気味で、死者の帰還を祝う万霊祭にはおあつらえ向きだ。

 館は仮装の更衣室も兼ねているのか、中から死霊の仮装をした人たちがゾロゾロと出てくる。これ雰囲気があって、非常によい。



 イッサクは青い屋根の館を横に見ながら、広場を横切っていく。

 館の周りは空気が冷たい。体の芯からの寒気がしたイッサクは、少し早足で広場を後にした。



 通りには、警察官の姿も多くみえる。夜の祭りと言うこともあって、例年大勢の警察官が駆り出されているが、今年は少々様子が違う。

 制服を着た警察官の他に、黒い地味なジャンパーを着て、時折ヒソヒソとどこかと通信をしている男がかなりまざっていた。



「お前のことが上に伝わったようだな」



 デスノスもさりげなく私服の警察官を警戒していたが、イッサクはヘラヘラと笑う。



「あいつらは誰を捕まえるつもりだろうな」



「お前に決まっているではないか」



「顔もわからないのに?」



「国王の顔がわからないなんてこと……」



 だがデスノスの言葉は途切れた。

 言われてみれば、デスノスもここ最近のイッサクの顔が写った画像を見たことがない。最後に映像が残っているのは、



「5年前の国葬のやつしか残ってないはずだ。

 あのときの俺と、今の俺が同一人物に見えるか?」



 イッサクは、いたずらを自慢するように笑う。

 言われてデスノスは、イッサクのつま先から頭の先まで見渡したが、たしかに王に見えない。国葬の時のほうが、いまよりはまだ王様らしかった。



「あのときは、衣装やメイクでかなり盛ったからな」



「いや、盛るなよ」



 思わずツッコんでしまったデスノスに、イッサクはへらへらと笑う。



「王様ってのは盛ってなんぼ。

 建築や美食や芸術に大枚はたくのも、盛って映えるためだろ。

 裸一貫で、数千万の国民と向かい合える傑物なんぞ、そうそういてたまるか」



 情けないことを、胸をはって威張るイッサクにデスノスはやれやれと首を振る。

 だがイッサクの言葉通り、誰一人としてここに国王がいることに気がつかない。

 警察官とも何度もすれ違ったが、見向きもされない。

 体が大きいデスノスの方が目立っているぐらいだ。

 いくら影の薄い、いてもいなくてもいい王様だったとはいえ、こんなことがあるのか。

 デスノスは狐につままれたような顔になって、イッサクの横顔を見つめていた。

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