第7話 魔女からの提案
まぁ世の中には様々なファッションセンスの人がいるし、俺はそれを尊重しようと思う事にした。ある程度の距離を取って、俺は商品棚に視線を移す。やはりコンビニは商品の回転が早い。昔気に入っていたスイーツがもう姿を消していて、俺は小さくため息を漏らした。
「あのシュークリーム、なくなるならもっと買っとけば良かった……」
そんな小さな後悔をしていたところに近付く人影。今の店内には、お客さんは後1人しかいない訳で。俺の鼓動がどんどんハイペースになっていく。自意識過剰かも知れないけれど、もし話しかけてきたらどう返せばいいのだろう。いきなり何か変な事をされるかも知れない。
この時の俺は、彼女がそのまま通り過ぎてくれる事だけを願っていた。
しかし、どうやらその望みは叶わないようだ。何故なら、その人は俺の至近距離で足の動きを止めたから。確実に俺に用事がある。ヤバい。
俺は近付かれてすぐに場所を移動したものの、当然のように彼女も追尾ミサイルのようについてくる。無視していい状況ではなくなっていた。
この場合に取りうるべきパターンはふたつ。このまま店の外に出るか、開き直って女性と対話を試みるかだ。正直、前者は外に出た途端に何かをされる可能性がある。なら、コンビニ店内の方が安全には違いない。店員さんもいるし、何かあったらきっと対応してくれるだろう。
そう結論付けた俺は、距離を詰めてくるこの魔女おねーさんに改めて向き合った。
「あの……何か用ですか?」
「見つけた……」
「え?」
彼女はいきなり俺の右手を掴んだ。この状況に理解が追いつかない。ただ、この後に『何か』をされてしまうのだろう。根源的な恐怖が俺の頭の中を支配する。そして、気が付けば大声を上げていた。
「うわああああ! 離せえっ!」
俺がアクションを起こした瞬間、彼女の顔がぐにゃりと歪んで口が三日月のような形になる。その笑みはどこか不気味で、口の両端が耳のあたりまでぐにいんと伸びた気がした。
俺は腕を振って掴まれた手を振り解こうとしたものの、彼女の力はものすごく強くて全く動かす事が出来ない。そればかりか、いきなり床に魔法陣が浮かび上がってきた。それと同時に周囲が赤い光に包まれていく。
「ええええっ?」
突然発生した魔法的な光は俺達を包んで、気が付くと別の場所に転移していた。彼女はコスプレじゃなくて本物の魔女だったようだ。視界が戻ったところで、俺は素早く左右に顔を振る。転移先は個人の家のようだ。
全く身に覚えのない場所にいきなり飛ばされたので、俺は困惑する。
「どこだよ?」
「ここは私の家だよ」
「何でだよ! コンビニに戻せよ」
「フフ、活きがいいねえ。見込んだ通りだ」
話が噛み合わない。俺は今度こそ力を入れて魔女の手を振り払う。目的が達成されたからなのか、今度は呆気なく彼女の手から逃れる事が出来た。
拘束を解かれて自由の身になったところで、俺は何とかこの状況を理解しようと顎に手を当てる。
このヤベーやつの目的は一体何なのだろう? 魔法を使って移動したと言う事は、ここはとんでもない僻地なのかも知れない。多分自力で家に戻る事は出来ないのだろう。退路は絶たれていると考えた方がいいな。
となると、残された選択肢は交渉だ。うまく話を誘導して、元の場所に戻してもらえるように話を持っていかないと――。
「あの、あなたは俺に何をさせたいんですか?」
「私の名前はキラリィだよ。お前は何て言うんだい?」
「お、俺は……」
こう言う場合、本名を言っていいのかどうか悩む。相手は魔法を使う存在だ。下手に本名を喋ると呪われたり洗脳されてしまうかも知れない。
そう考えた俺は偽名を口にしょうと思ったものの、既に魔法にかかってしまっていたらしい。俺の口は素直に本名を喋ってしまっていた。
「俺はハルト。吉川ハルト……」
「ハルトか、いい名前だねえ」
「ども……」
「私はあんたに弟子になって欲しいんだよ。いいだろ? 魔法が使えるようになるんだ。悪い話じゃない」
キラリィはそう言うと眼鏡のズレを直す。俺の直感はこの提案が本気だと訴えていた。弟子にしたいと言う事は、俺にも魔法の才能があるのだろう。正直、魔法が使えるなら使いたいと言うのが本音だ。
だけど、きっと修業は楽なものじゃないだろう。物心ついた時から魔法が使えていたならともかく、今の俺は魔法とは無縁でそう言う力は全く使えないのだから。
俺が返事を出しあぐねていると、彼女はずいっと俺に顔を近付ける。よく見ると顔はとても整っていて、可愛いと言うよりは美人寄りだ。実年齢は分からないけど、見た目は20代前半のように見える。そして、魔女らしく妖しげな雰囲気も漂っていた。特に目ヂカラが半端ない。見つめられたら何でも言う事を聞いてしまいそうになる。
顔ばかりじゃない。魔女っぽい服でよく分からなかったけれど、体型もすごくナイスバディだ。出るところが出ていて、引っ込む所は引っ込んでいる。思わず手を伸ばしてしまいそうな誘惑にかられてしまう。これも魔力的なアレなのだろうか。
「何が不服なんだい? この私が手取り足取り教えてやろうって言うのに」
「て、手取り足取り?」
「ああ、魔法のノウハウを基礎から教えてやるよ。すぐに上達するさね」
彼女は自分の持てる魅力の全てを使って俺に対してプレゼンを仕掛けてくる。これで落ちない男はいないだろう。当然、俺もこの誘いに抗う事は出来そうになかった。
「で、でも何で俺?」
「お前には才能があるよ、ひと目で分かった」
「何で弟子が欲しいんだ?」
「私は今までずっと1人でね。仲間が欲しかったのさ。こう見えて寂しがり屋なんだよ。お前なら良いパートナーになれる。私が保証するさね」
俺を弟子にするのに、特に野心的なものはなさそうだ。彼女の目的は分かった。今度は俺が決断する番だ。返事は急かされてはいないものの、ここで明確に答えないといけない気がしていた。きっと嘘をついても見透かされるだろうし。
流れで弟子になってもいいんだけど、そうなると両親にも説明しなきゃだし色々と捨てるものも多いはずだ。魔法にも魅力があるけど、やはり現代社会にも未練がある。
俺はニコニコ顔のキラリィを前にして、しばらく考え込んだ。そして――。
彼女の提案を受け入れる
https://kakuyomu.jp/works/16817330648988682894/episodes/16817330649065733005
断固拒否!
https://kakuyomu.jp/works/16817330648988682894/episodes/16817330649066754978
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