第4話 逃げ出したその先には……
「とは言え、何とかここから逃げ出さねば……」
自堕落な生活に満足しながらも、俺はこの実験室からの脱出を考え始める。と言う訳で、まずはこの場所を詳しく調べる事にした。全体像を掴めてこそ、その先に進む事が出来ると言うものだ。
見慣れた日本の都市を再現しているこの大きな箱庭は、実験体である俺の脱出を拒むためか交通手段が用意されていない。片道二車線の道路は車も自転車も通っていないのだ。とてもシュールで気持ち悪い風景とも言える。この世界を体験する俺のストレスも観測されているのだろう。見上げれば青空が見えるものの、これも精巧なフェイクだ。間違いなく室内のはずだからな。
「歩いていくしかないか……」
移動手段が徒歩しかないため、俺はとにかく歩き続けた。歩いて歩いて歩きまくった。同一方向に歩けば、やがては果てに辿り着くはず。ルルデュア人が空間湾曲技術を実用化していなければ――。
「あっ……」
俺の足は地面の終わりに足止めを食らう。目の前には海が広がっていた。もしかしたら、この実験室は島を再現しているのかも知れない。今度はそれを確かめる事にした。外周を正確にマッピングするにはいくつかの困難が伴ったものの、数週間をかけて何となく大体の形を把握する事に成功する。
これらの成果を俺はノートに書き残した。地図の完成だ。とは言え、脱出検討用なので都市の内部は記録していない。俺はこの手製の雑地図を眺めながら、顎に手を当てる。
「脱出するには、船が必要か……」
地球人の行動を観察するこの実験で、俺を逃がすはずがない。つまり、脱出に必要な船があるはずもない。ないなら作るしかないものの、そんな技術を俺は持っていなかった。作れるとしたら、簡単なイカダくらいだ。
俺はホームセンターに行き、必要そうなものを手に入れる。俺のためだけに作られた都市は何もかもがタダなので、材料はいくらでも手に入った。木の板を組み合わせてオール的なもので舟を漕ぐ。これで行こう。
実験室には災害の発生機能は組み込まれていないらしく、嵐が起こる想定は考える必要はなさそうだ。自室で作って運ぶのは面倒なため、船を出す場所を決め、そこに材料を運んで現地で組み立てる事にする。
準備は恐ろしく順調に進んだ。脱出しようとしているのに妨害工作は全く行われない。この計画が成功しない事が分かっていて、だから何もしてこないのだろうか。
イカダの制作に必要なもの全てを現地に運び込み、俺は早速作り始める。板を何枚も並べて固定する。この星の技術は進んでいるはずなのに、この都市に用意されている技術は現代地球レベル。つまり、板の固定にはネジを使うしかなかった。
ま、地球より進んだ技術を用意されても、俺は多分使い方も分からずに途方に暮れるだけだったのだろうけど。
「ふう、出来た」
イカダの完成と共に、俺はまだ見ぬ海原へと漕ぎ出す。そこでこの実験室の外の壁を確認しよう。それを破壊して……。待てよ? 破壊? 出来るだろうか。出来たとして、そこからどうする?
イカダを漕ぎながら、俺は自分の計画性のなさに絶望する。だけど、無意味な日々を自堕落に送るくらいなら、こう言う無謀な挑戦をする方がいい。生きているって感じがする。
「人生出たとこ勝負だあ!」
ある程度漕ぎ出して都市の姿も小さくなった所で異変が起きた。潮流が激しくなってきたのだ。天候はそのままなのに海流の流れだけが急変。立っていられなくなった俺は、しゃがみ込んで必死に板を掴む。
「うわああああ……」
イカダはこの流れに翻弄され波に飲み込まれていった。俺の挑戦は無謀な最後を迎えたのだ。しかし、どうして急に海が荒れてしまったんだ……。
「大丈夫ですか?」
気がつくと俺は知らない場所で寝かされていた。どうやら助かったらしい。俺を助けてくれたのは現地の女性で、ルルンと名乗っている。ルルデュア人の見た目は人間と変わらない。目の前の女性は素朴な美人と言う感じの人だ。
そして経緯は分からないものの、ここはあの実験室とは別のエリアらしい。
「あなたは浜辺に打ち上げられていたんですよ。一体どう言う事情があったんですか?」
「この星の科学者の実験から逃げ出してきたんだ。あいつら、俺をずっと観察するって」
「何かヒドい目に?」
彼女は心配そうに俺の顔を覗き込む。実験の事はあまり公になっていないらしく、ルルンは何も知らないようだった。
俺は起き上がると、じいっと彼女の目を見つめる。
「生活に不自由はなかったけど、それだけだよ。家に帰れないし、だから両親にも友達にも会えない……」
「そうですか。それは辛かったですね」
「そうだ! 地球に戻る手段はないかな? あのUFOみたいなのがあれば!」
「星間移動はまだ民間では実用されてないの。ごめんなさい」
ルルンの話によれば、この星から地球に飛ぶような技術は極秘中の極秘で政府でも研究段階のもの。民間用に使われるにはまだまだ時間がかかってしまうのだそうだ。この事実を知った俺は途方に暮れてしまう。
魂を抜けたままにしていたら、彼女が心配そうな表情を浮かべて俺の顔を覗き込んできた。
「ハルトはこれからどうするの? 帰れないならまた実験室に戻るの?」
「んな訳ない。もうあんな生活はうんざりだ! ここで暮らしたい」
「分かった。それじゃあ手続きしなくちゃね」
ルルンはとても親切だった。気が付くと、この星で生活するのに必要な手続きをみんなやってくれたのだ。俺にはこの星の戸籍とかIDとかがない。なのに、どこかのツテで新しいIDとかを用意してくれて、名前も本名で通してくれた。
「これで仕事も出来るよ。まずは生活基盤だね」
「あ、有難う……」
俺は彼女に言われるままに仕事を選んで、その仕事を必死にこなしていく。多分UFO内にいる時に何かをされたのだろう。この星の文字や言語は何故か習得していて、単純作業の仕事をするなら何の支障もなかった。
やがてこの星での生活にも慣れ、数十年があっと言う間に過ぎていく――。
この星で生活を初めて50年が過ぎた頃、俺は病床にいた。悪質な流行病にかかかってしまったのだ。ルルデュアの科学力は地球より遥かに進んでいたものの、出現したばかりの病気には無力。しかも俺は地球人だ。どうやらこの病気と俺の身体の相性は最悪だったらしい。
罹患して2日で起き上がる事も出来なくなっていた。俺は病院に運ばれ手術を受ける。その直前に意識が途切れ、気がつくと病室だった。俺の目の前にルルンがいる。
「お医者さんの話では、悪化すれば明日までの命だって」
「あは、呆気ないな……」
「だから、本当の事を話すね」
彼女いわく、実はずっと実験は続いていらしい。俺が脱出を図った事も、ルルンに助けられた事も、その後の生活も全て想定されたシナリオのひとつだったのだ。彼女の段取りが良すぎた事にもこれで納得がいく。
「じゃあ、ルルンも実験のスタッフ?」
「そう。でもハルトを好きになったのは本当だよ」
「あはは。もうどうでもいいよ。どうせ明日までの命だ」
全てが明らかになり、俺は強い眠気に襲われる。さっき射たれた注射が原因かも知れない。体が重い。意識が遠くなってくる。そんな状況の中、彼女の泣き叫ぶ声が聞こえたような気がした。
こうして、誰も知らない遠い星で俺は空しい一生を終えたのだった。
最後まで観察されていたエンド
https://kakuyomu.jp/works/16817330648988682894/episodes/16817330649434527864
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