ブーヴィーヌ ~尊厳王の戦場~

四谷軒

01 アキテーヌ女公アリエノール

 アリエノール・ダキテーヌ、つまり南仏アキテーヌ女公のアリエノール。フランス全土の三分の一は、彼女のものであった。

 一方でカペーなるフランス王家は、イル・ド・フランスフランスの島のみ領有し、お世辞にも王といえる勢力はなかった。

「ぜひ結婚を」

 そこでカペー朝としては、アリエノールとの婚姻により、アキテーヌ女公の広大な領土を手に入れようとした。


 こうしてフランス王ルイ七世と結婚したアリエノールだか、あろうことか、ルイ七世と別れ、プランタジネット家のアンジュー伯ヘンリー二世と結婚してしまう。

 美貌で知られたアリエノールを、広大な領土付きでいただいたヘンリー二世は、笑いが止まらなかった。そしてその勢力を背景に、ヘンリーはイングランド王となった。

「南仏から英国に至るまで、わが領土に」

 後世、アンジュー帝国と称せられる、一大勢力圏が完成した瞬間である。

 こうなると、揺らぐのはフランス王家である。

「これでは、フランスの西側の半分がヘンリーのものに」

 ルイ七世としては、当初の目論見が覆され、面白くない。

 面白くない、という気分の問題だけならよいが、現実面ではカペー朝の領地が現在のフランスの四分の一あるかないかという、存続問題である。 

「このままでは」

 焦るルイ七世に、ひとりの男子が生まれた。

「フィリップと名付ける」

 後に尊厳王オーギュストと称せられる、このフィリップこそが、この物語の主人公である。



 ルイ七世が亡くなり、フィリップはフィリップ二世として戴冠する。

 この時十五歳。

 その才能はこの時からすでに片鱗を見せており、フィリップは父王以来の命題に着手した。

「プランタジネット朝を出し抜く」

 プランタジネット朝とは、ヘンリー二世がイングランドを制したため、イングランド王としての王朝を意味する。

 フィリップは、ヘンリーとアリエノールの子の一人に接近した。

 その名はリチャード。

 リチャード獅子心王クール・ド・リオンである。


 さて、ここでヘンリー二世とアリエノールのについて、述べねばなるまい。

 広大なアンジュー帝国を手中にしたヘンリーは、アリエノールが疎ましくなり、国政から遠ざけ、他の女性へと関心を示した。

 やがてヘンリーは、アリエノールと息子たちから叛乱を起こされる。このとき、ヘンリーが可愛がっていたジョン以外は叛したという。

小童こわっぱどもが」

 ヘンリーは逆襲し、アリエノールらを捕らえる。そしてリチャードの婚約者であったアリス(フィリップ二世の姉)も捕らえ、己のにしたという。

 それを知ったフィリップ二世は、ヘンリーに言った。

「以前から預けていたアリスに、リチャードとの婚姻を。また、リチャードには貴家プランタジネットの大陸側の領地を継承させよ」

 だがヘンリーには、叛乱を起こした息子に、寸土たりとも受け継がせるつもりはない。

「断る」

 フィリップはリチャードに目配せした。するとリチャードはフィリップに臣従を誓った。

「リチャード、貴様」

 動揺するヘンリーに、リチャードは答えた。

「父よ、今はっきりした。ありえないと思っていたが。わが妻となるべき女性を、父が」

 ヘンリーは、リチャードとフィリップの連合軍の猛攻を受け、そして最後にはジョンにも背かれ、失意のうちに病死した。


 即位したリチャードがまず実行したことは、軍費調達である。

「ロンドンすら、売れれば売るが良い」

 そう言い切ったリチャードの目的は、十字軍である。

 イングランドは、激しい軍費調達に悲鳴を上げた。

 リチャードを抑えられる母アリエノールも、リチャードを支持したため、それは誰にも止められなかった。

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