ナヅキと、

でぃくし

第1話ナヅキと、恐ろしい声

気がつくと私は暗くてあたたかい部屋に横たわっていた。


いや、違うかも。波に揺られていたような気がする。

どっちだったかな……、両方かもしれないけど。


私はどれくらい長くここにいるのだろう。


でもいつまで居たっていいんじゃないかな。

気持ちがいいし。

その時私は、その暗い部屋にいることをまったく不思議に思わなかった。


でも、たまに思い出したように「ここはどこだったっけ」と考えることがあった。

そして決まってこう結論付けるのだ。まあいっか。

私は今の生活に不満なんてないし、このままでいい。

時折全身に鈍く痺れるような痛みが走っていくけれどそれもあまり気にならなかった。


でも、どのタイミングがわからなかったけれど、ある時その痛みが「言葉」だと分かった。


「ナヅキ」

「ナヅキ」

「ナヅキ」

「ナヅキ」

「ナヅキ」


…………。


「ナヅキ」


私の名前だ。

私がその名前を心の中で繰り返すと返事をするように私の体が揺れる。


ああ、私ってナヅキなんだ。なんだかとてもしっくりくる。

なんだかとってもうれしいような、でも悲しいような……。


けれど、なんだろうこの声?……人、なんだろうか?


「ナヅキ……私の声が聞こえますか?」


重い鉄の扉が開く時の音のようなすごく気味の悪い声だった。


「誰ですか?私を呼ぶのは?」


「…………」


声は何も答えなかった、返事の代わりにその人は言った。


「あなたは私の呼びかけに応えてくれた。

 だから、願い事を叶えてあげましょう。あなたの願いは何ですか?」


-:-:-:-:-:-


願い事……?

いきなりそんなこと言われても困る。


「えっと?あの、別にいいです」

私は即答した。しかし声の主はしつこく食い下がってくる。


「遠慮しないでください。何でもいいですよ。例えば……」


そこで少し間を空けると今度はこう続けた。


「最強パワーなどはどうでしょうか?」


最強?パワー……?

……そう言われてもなぁ。ここは快適だし、別に悪いものもいないし……。

私が答えに窮していると声の主はさらに続けて言う。


「……わかりました。では、こんなのはいかがでしょう」


それからしばらくすると、辺りの雰囲気が変わった。

今まで暗くてあたたかかった空間が急に寒くなり、何か強烈な光が瞬いていることがなんとなくわかった。

……寒い、明るい、痛い、なんだろう、すごく悲しい。やめて欲しい。


「もう一度聞きますよ。あなたの願い事は何ですか?」


なんでこんなことをするんだろう?私をここから出そうとしたいみたいだけど。

「ごめんなさい。あなたに頼みたいことはありません……そっとしておいて欲しいです」

私は正直に答えることにした。


でも……


「なんでもいいんですよ。さあ」


声は私の意思なんてお構いなしだった。きっとこの声の主は自身が望む答え以外には興味がないのだろう。

そのことがわかった時、私は物凄く恐ろしくなった。


「もう、耐えられません……許してください、あの部屋に戻してください」


「それなら、もっと強くしてあげましょう、

 そうすればもっと耐えられるようになるはずです」

「お願いします!やめて下さい!」


私は叫んだ。でも声の主は私の叫びを無視してさらに続ける。


「では欲しくはありませんか?最強パワーが……」

「じゃあ、お金をください!」


私は叫ぶようにそう言っていた。

なぜお金なのかと今は疑問に思うけどその時は確かにそう言った。

おかしな声に従わされるくらいなら、いっそこのまま消えてしまいたいとさえ思ったからかもしれない。

けれど、返って来た反応は予想外のものだった。


「……お金ですか?どうしてですか?

 最強パワーの方がよくありませんか?最強パワーとか無敵の力とか……」


声の主は不思議そうな声でそう言った。

「だって、お金があれば欲しいものがたくさん手に入るでしょう?

 どうせひとつしかもらえないならお金がいいです!」

私は力を込めてそう返した。

なぜかわからないけど彼の言葉を否定したくて必死だった。


「……だって最強なんですよ?……無敵なんですよ?いいんですか?」

声の主は戸惑ったような口調で聞いてきた。

「はい。お金でお願いします」

私はきっぱりとそう言った。


私の答えを聞いた声の主は少し黙り込んだ後、深くため息をついた。

その途端、これまでに感じたことのない悪寒が全身を駆け巡った。


「……あなたは最強がどういうことかわかっていませんね……

 お金よりもいいものなんですよ?最強の力を手に入れるということは」


私は、その言葉に恐怖を感じた。

「違う……あなたが怖い……恐ろしい……嫌だ……、

 あなたがくれるものなんて私は欲しくない!」

私は、思わず叫んでしまった。

「ははは、お金だああ、って言ってもコイン1枚だけだったら悲しいでしょ?

 その点、最強は最強なんですよ?今なら無料で最強にしちゃいますよ?

 ほら、最強パワーですよ?」

声の主は笑っていた。


「いりません……いりません……お願いだからやめてください……。

 もう何も言わないで……お願いです」

「ははは、ははははは」


彼は出来の悪い子供をたしなめるように優しい口調で語りかける。


「あなたは最強のすばらしさが全然わかっていません。

 そんな人にお金は渡せません。だから私が最強にしてあげましょう、感謝なさい」

「お金、お金でいいです!」


「最強にしなさい」

「もうやめて、許して……許してください……!」

「最強です」

「う、ああああああ!!!」

私は泣き叫んだ。


体が軋む。

体のどこかが大きく開かれた感覚がする。


「ひぃ、あがあぁぁぁ!!!」

体に開かれた穴から冷たいものが私の中に流れ込んでくる。

「さあ、最強になりましょう。最強になるのです。さあ」

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


体の内側で何か大きなものが暴れまわっているようだった。

恐ろしかった。とても苦しかった。


「ナヅキ」

誰かの声が聞こえる。誰の声?わからない。


「ナヅキ……ナヅキ」

ああ、これは、私の名前を呼ぶ声……私の名前を呼んでいるんだ……。


「ナヅキ」


私は泣きながらゆっくりと目を開けた。

そこは薄暗い部屋、私は床に倒れ込んでいた。

辺りには折れたロウソクが数本散らばっている。


「ううっ……うぐっ……」

私の涙はしばらく止まらなかった。あれは夢?……現実?

どちらとも判断がつかない。

けれど、あの時のことは覚えている。

私は最後に声の主と交わした会話をぼんやりと思い出す。


「いつか私の与えた最強パワーのありがたみが身に染みるでしょう……

 それまで思う存分楽しんできて下さい」


思い出すと、また怖くなる。

「……もう、いやだ……帰りたい……あの部屋に戻りたい……」

私は泣き続ける。


私はここで飢えて死ぬまで寝ているつもりだった。

けれど私はドアから差し込む光に誘われるように、フラフラとした足取りで立ち上がった。


そして、ドアを引っ張ろうとするとドアノブが壊れた。


「えええええええええ?!」

驚きの余り涙が引っ込んでしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る