第2話 花に水やりとロプトルのイタズラ
お世話になっている教会でのわたしの役目は主に三つだ。
一つは朝の絵本の読み聞かせ。元々はただみんなに息抜きにしてもらおうと始めた絵本の読み聞かせだが、今では毎日楽しみにされている日課となっている。
そして二つ目は買い出しなど食料の調達とかの雑用。これに関しては主に夕食前に街の市場に行くことが多く、買い物が多い時は教会の子にも手伝ってもらってもらうこともある。
それと、わたしも小さなこの街ではよく顔を利かせる程には有名な人物にもなっていて、みんな優しく接してくれており、街の皆に会うのが毎回楽しみでたまらない。
そして三つ目、それが教会花壇の手入れ。
正確には教会の外周を囲う塀にそった花壇に咲く薔薇の手入れ。
咲いている薔薇はかなり特殊な薔薇で、薔薇の特徴であるトゲがないというかなり珍しい品種。その上、咲かせる花の色はバラバラで、赤や青、黄色に白など様々な色の花を同じ根から生やす。
不思議な薔薇だ。この薔薇の出どころは正直なところ誰もしらない。わたしがこの教会へ来る前からあって、いま教会の責任者をしているミカエちゃんもその前の管理者だった人も知らないという。
いつの間にか植えられていて、ずっと手入れされ続けているらしい。
まあ、そんな疑問、わたしを含めとくに誰も気にしない訳だけど。
この薔薇は繫殖力が強く、一日でツタがものすごく成長してしまう。手入れを怠ればあっという間に外壁はツタだらけになって廃墟同然になるだろう。
だから、そうならないように半日がかりで余分なツタを切って整えてあげるのがわたしの主な役目の一つ。
「流石にこれは一人だと骨が折れるけどね……」
大きな教会の外周。規模は一人では中々に重労働だと思いながら、まず薔薇に水を与えようと井戸へと向かうとそこには一人小さな女の子がいた。
「ローザちゃん。ごめんねー、待った?」
手にジョーロをもった女の子――ローザちゃんは駆け寄った私に首を振って応答した。
「お水やりしてくれてたんだ。ありがとう」
しゃがんで先に作業をしてくれていたローザちゃんの頭を撫でて上げて、ソレにローザちゃんは少し照れくさそうにしている。
ローザちゃんは最近この教会へ預けられた子で、理由は分からないが口をあまり訊けない子だった。そのせいか他のことはあまり仲良くできておらず、たまたまわたしが絵本を読んであげて、一方的ではあるがお話をしていたら、気づけばわたしになついてついてくる様になった。
人が多いところには基本的には顔を出さないが、こうしてわたしが一人になるといつもひょっこりとついてきてきて、わたしにだけある程度喋ってくれるようになった。
それもあって、この子の面倒は自然とわたしが見ることになり、今では仕事を進んで手伝ってくれるようにもなっていた。
「お勉強は?」
「おわった」
「はやいね~。えらいえらい」
「えへへ」
「じゃあ、作業始めようか」
その言葉に嬉しそうに頷くローザちゃん。
そんなローザちゃんを素直でいい子だなと思いながら、二人で道具置き場からツタきり用の鋏を取って薔薇の手入れを始める。
「じゃあローザちゃんは下の方をお願いね」
背が小さく塀の上の方には届かないローザちゃんは花壇の下の方で、私は辺りのツタを鋏で切るように分担をする。
一つ一つ、余分なツタをパチパチというキレのいい音と共に切り取っていく。
パチ、パチ特に会話はなく軽快な音が二人の間に流れて、不思議とそれだけれも楽しかった。
まるで、自分に妹ができたような感覚。
おねえちゃんしか居ないわたしにとって、凄く新鮮でいつもおねえちゃんに頼り切りなわたしとしては自分に頼ってもらって一緒に何かをするなんて凄く誇らしいことと感じることだった。
おねえちゃんに取ってわたしはこんな感じなのかな。
今日は寝坊して顔を合わせていなかったが、自分も翌々思うと知り合ったばかりのローザちゃんのようにおねえちゃんにべったりで、あまり人になつかなかったなと。
黙々と真剣に作業をするローザちゃんが姉に甘える自分のように写った。
わたしも甘えてばかりじゃダメだよね。今朝みたいにミカエちゃんに心配かけるようじゃ、まだまだ孤児院の保護者側の一人としてやっていけないと。そんなことを内心思ってがんばるぞーおーっと片腕を心の中で上げた時だった。
「あっ……」
下の方でツタを切っていたローザちゃんが小さく声を漏らした。
気になって見てみれば、どうやらツタと謝って白の薔薇の花まで切ってしまったらしい。
その薔薇を見て悲し気な表情を浮かべながら、気づいたわたしへと両手で救うように差し出してきた。
ごめんなさい、と。もうわけなさそうに、切られた花を私にどうしたらいいのか助けをこうように。
そんなローザちゃんに私はしゃがんで差し出される花を手に取る。
「大丈夫」
そう言って、取った花と手元にあった切ったツタを組み合わせて彼女の髪へと花を着けてあげる。
「ほら、こうすればお花さんも可哀そうじゃない」
作ったのは薔薇の髪飾り。それをローザちゃんの髪に差して止めてあげた。
小さなローザちゃんに少し大きめな赤薔薇の花は私の絵本に出てくる出てくる森の妖精のようで、似合っていて可愛らしい。
微笑んで、返すわたしへローザちゃんも笑って返してくれた。
その時だった。
「こらっー!!」
教会中から外に響く高いミカエちゃんの叫び声。
それと共に、別の誰か一人教が、会の入り口側から飛び出してきたのだった。
「リア!! 匿わせて!!」
「おわっ、ロプちゃん!?」
空色の髪をピンクのシュシュで止めたサイドテールを振り乱して、走り迫って通り過ぎたと思ったら突然私の後ろに隠れるロプトルことロプちゃん。
「な、なに一体」
「ごめん、アタシのことはいないって言って」
「へ?」
「ほら来た」
「ヒッ――!?」
というやり取りをしていると、鬼形相をしたミカエちゃんが何故か頭から真っ白い粉で修道服を染めて、曲がり角からゆらゆらと揺れるように出て私を見るなり迫って来た。
それはもう、深夜の暗闇から這いよる怨霊のようで。
ガシッと両肩を掴まれて、その勢いにローザちゃんはわたしにうずくまるように怯えて掴まって、わたしも勢いに負けてあわあわとする。
「ロプトルぅう~」
「ひええええ」
な、なに? ロプちゃんなにしたの……。
「イ、イヤダナ~。ア、アタシハ、トオリスガリノバラコチャンヨ」
わたし越しでミカエちゃんに狙われるロプちゃんは、いつの間にか花壇から抜いたばらの花を二本頭に左右くっつけて別人を装っている。
つもりなのだろうか。
というかこら、かってにまた花抜いて。
「今日という今日は許しませんよ」
「あの、ミカエちゃん」
「なんです?」
こ、怖い。などと言ったら今にでも呪われてそのまま地獄の底まで足を引きずられ呪いの一部にされそうな勢いだ。
なのでわたしは反射的に背中で身を隠すロプちゃんを素直に差し出した。
「あっ、ちょっ、リアなにしてっ」
「なにって、なにはこっちだよ、なんでミカエちゃん怒ってるの」
「いやー、ついね」
「ついってなに、なにやったの?」
「そんなのいいでしょ、なんでかくまってくれないんだよ~」
「イヤだよ、怒ったミカエちゃん本気でヤバいんだから」
そう、お昼ご飯が冷や飯になるぐらいに。
罰として、みんなで暖かいスープを飲んでいるのに、自分だけ氷入りの冷たいスープを強引に飲まされるのはごめんだ。
あれは薄いし、なにより。笑いながら食べないんですか? と訊いてくるミカエちゃんの冷たい視線と孤児のみんなと食べて一人だけ差別されるという、滅茶苦茶悲しい思いをさせられる。アレがきっかけで怖くて数日はミカエちゃんの顔は直視できなかったぐらいだ。
過去に、うっかり教会の壺を割ってしまった時のような罰はもう嫌である。
「リア、ロプトル」
「ごめんロプちゃん」
「あっ、ちょっ」
グイっと強引にロプちゃんをミカエちゃんの前へ差し出す。
「あはは……。バラコチャンデスヨォ」
「ふうん」
「では、今日のロプトルのご飯は全部炭にですね」
「いや、まっ、そりゃないってミカエぇ」
「なら、なんでいたずらしたのですか」
「いや~ほら、やって見たくなるじゃん」
「なにしたの? ロプちゃん」
そもそも普段優しく、あまり怒らないミカエちゃんを怒らすというのはロプちゃんのいたずらは今にはじまったことではないのだが……。
毎度のことながら、随分なことをやらかしたのだろうけど。
「ほら~、勉強室の黒板消しがあるじゃん。あれをこうちょっと扉に」
「扉に?」
「挟んでいたいんですよ。おまけにチョークを山のように盛って」
「あ~」
だからミカエちゃんは白い粉を被っているのか。
恐らく被っているのはチョークの粉だろう。
どうやら、ミカエちゃんの今回のいたずらは、扉に黒板消しを挟んで空けた時に空けた時に降ってくるという簡単なトラップをやらかしたのだろう。
それはまあ怒って当然と言えば当然か。
そんな誰でも気づきそうなモノに引っかかるミカエちゃんもミカエちゃんだと思うのだけど……。
「でもそれって入る時に気づくんじゃ?」
「それが教室に入る時には仕掛けてなかったのですよ」
「授業中にこっそりやって置いたからね」
「出る時に……」
「まったく」
「あは☆」
「毎回毎回、貴女は反省しなさい」
「いや~、大変だったんだよ~。こっそり隙間を空けて黒板消し挟むの」
「ロプちゃん。それ以上は」
いくら日常的にいたずらをして怒られているとは言え、調子に乗り過ぎなのでは。
殺されるから止めといた方が。本当に……。
「ロプトル、本当に反省していないですね。分かりました。今日という今日は許しません。お仕置きですよ」
「えっ、ちょっ」
グイっと首に腕を回されてそのまま引きずられるロプちゃん。
「あぐ、おえっ。まっハマってる、ハマっ……」
主よ、ロプちゃんに祝福があらんことを――
そのまま首をホールドされたロプちゃんは、ミカエちゃんに引きずられるようにして連れてかれた。
「ローザちゃん。作業しようか」
「バカ?」
「気にしちゃダメだよ……」
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