第30話 クラゲは成長期
転生三十日目。
遂に転生してから一月が経過してしまった。俺は元気です。
転生二十七日目は、アクア・シームーンとなって獲得した『水魔法』の検証に終始した。そして二十八日目、二十九日目は体長30センチまで縮んでしまった小さな体を成長させるため、積極的に狩りに勤しんだ。
といっても、サハギンなどの大きい獲物は喰えないし、弱体化している間は戦うのも危険だ。なので獲物はヒトデ、小魚、小さなカニにエビなどなどだった。
ところで話は変わるが、まーちゃんの話ではクラゲの95パーセントは水分だという。
今のこの体もそうだという保証はないが、少なくとも他の生物に比べて水分量が多いのは確かだろう。そして水分量が多いということは、それだけ体を作るための栄養は少なくて済む、ということでもある。
だからと言って、地球の常識で考えれば、たった二日や三日足らずで急成長できるわけもないんだが、俺は急成長した。
今の俺は触手も含めれば体長2メートルほどもある大クラゲとなっている。
さすが異世界産のクラゲというべきか、僅かな日数で30センチから2メートルまで成長するとは、驚きである。これが人間だったら成長痛で死ぬんじゃないかな。痛覚がない体で良かったぜ。
ちなみに、体の成長と共に制限されていた【HP】と【身体強度】は括弧内の数値に戻った。
やはり、あれは肉体の成長が不十分なためにパラメータが制限されているのを表していたようだ。
なので、すっかり成長した今のパラメータは、こんな感じだ。
【名前】なし
【種族】アクア・シームーン
【レベル】1
【HP】165/165
【MP】676/676
【身体強度】22
【精神強度】471
この数日間、狩っていたのは非常に弱い獲物ばかりだったためか、経験値が足らずにレベルアップはしていない。それに前の種族よりもレベルアップのための経験値は多くなっていると考えるべきなので、以前までのようにハイペースでのレベル上げは難しいかもしれないな。
いや、さらに強い獲物を狩っていけば可能かもしれないが、誰がそんなことするか。安全第一だよ。
あと、MPの数値がほんの少しだけ上昇しているけど、これはMP消費を繰り返して成長した分である。何だかんだでMPは消費しまくってるからね。
で、今日までの間に何をしていたのかと言えば、もちろん狩りだけじゃなく色々している。
まず、この島にやって来た時に辿り着いた、海底洞窟とは反対側の海に移動した。こっちの方まではサハギンもあんまり来ないので、比較的安全なんだ。大きい獲物が少ないからかもしれない。
もちろん、黒サハギンから奪った槍も持ってきているぞ。
ただ、小さくなって体では引き抜けなかったので、槍を刺している海底の砂を「水流操作」で操った水流を噴射することで掘り起こしたのだ。
ここまで運んでくる時も、槍が結構重くて苦労した。「水流操作」で移動を補助したんだが、これがなかったら辛かったかもしれない。誰だ、「水流操作」くんを使えない魔法だなんて言った奴は。なかなか便利じゃないか。
んで、移動した後に槍を『鑑定』した結果を見てくれ。
『刃尾魚の槍』――シーサハギンの骨で造った槍の柄に、ブレイドテイルの
残念ながら「特別な効果」とやらはないらしいが、使われている素材が良い。ブレイドテイルの刃尾って、たぶんブレイドテイルさんの尾ひれのことでしょ?
相変わらず基となった素材と形が違うのだが、『鑑定』さんが言っていることに間違いはないはずだ。
ちなみにこの槍、黒サハギンとの戦闘で分かっていると思うのだが、先端が尖っているので斬ることだけではなく突くこともできるぞ。
ともかく。
安全な場所に避難してから、俺は『空間魔法』を使ってサハギンの洞窟を調べてもいた。
「座標」を設置して「空間識別」を展開していったんだけど、サハギンの洞窟はかなり広い上に複雑で、調査するのが面倒だった。
設置した「座標」の数は、おそらくこの島を縦断した時以上になるだろう。つまり100個以上だな。
洞窟のほとんどはサハギンどもの居住区だったんだけど、気になる場所が3ヶ所あった。
一つは地底湖みたいな場所。
地下に広がる洞窟の中に、地底湖みたいな湖があった。調べてみると湖の底から海に繋がっていたようで、淡水ではなく海水の湖のようだ。
で、それだけなら別に何でもないのだが、この地底湖の中には湖底と壁面を埋め尽くすようにびっしりと、大きな卵が置かれていたのだ。しかも卵一つが直径50センチくらいあるやつで、うっすらと内部が透けて見えるんだけど、中には小さいサハギンどもがいた。
どうやらここはサハギンどもの産卵場所であったらしい。大量の卵が壁面を埋め尽くしている様は、けっこう気持ち悪かったよ……。
二つ目は大量の骨やら牙やらが置かれていた場所。
洞窟内には幾つも部屋らしき空間があるのだが、その内の一つに大量の骨と牙と、あとブレイドテイルさんの尾ひれらしき物などが集められていた。
何かと思って監視していたら、そこで何体かのサハギンどもが集められた素材を使って武器を造っていた。俺が強奪した銛や槍などと同じやつだ。
武器を造っているサハギンを『鑑定』してみた結果がこれ。
【名前】なし
【種族】シーサハギン・スミス
【レベル】12
どうやら鍛冶仕事に特化した種類がいるようだ。まあ、鍛冶って言っても金属素材は一切使っていないんだけどね。
で、何と驚くべきことにこいつら、おそらく魔法みたいな能力を持っているらしい。手に取った骨やら牙やらを粘土のように変形させ、あるいは複数の素材を一つに纏めたりして、銛やら槍やらの武器を造っていたのだ。
どんな魔法を使えば、そんなことが可能になるのだろうか?
たぶん、物の加工に特化した魔法かスキルがあるのだろうけど、元地球人としては非常に不思議な光景だった。
そして気になったところの三つ目。
洞窟内の一際大きな部屋に、何とも形容しがたい物があった。実のところ、それが「物」なのか「者」なのか判然としないんだけどね。
巨大な部屋の一番奥に、一段高くなった場所があり、さらにそこに設置された岩製の台座みたいな物の上に、「それ」は置かれていた。
見た目を一言で言い表せば、「漆黒の卵」という表現になる。
わざわざ「漆黒」と表現したのは何も俺が中二病であるわけではない。黒色とかじゃなく、本当に漆黒と呼ぶべき色なのだ。たぶん、ペンタブラックの塗料を塗った卵があれば、あんな見た目になるだろう。全然光を反射しないんだよね、この卵。
大きさは直径1メートルほどの卵だ。
この卵の前に、なぜかサハギンたちは次々と捧げ物を持って現れる。
ブレイドテイルさんやカワード・シータートル、それからホラー・シャークや大きめの魚たち、あるいは島に生息していると思われる小動物たちや、時には仲間であるはずのサハギンの亡骸まで捧げるのだ。
――なのだが、勘違いして欲しくないことが一つある。
この「捧げる」というのは、墓前や仏壇に団子や菓子を捧げるのとは訳が違ったのだ。形式だけではなく、その身の一片まで文字通り捧げられる。
どういうことかと言うと、サハギンたちが何かを捧げると、卵は捧げられた物を「喰う」。
卵の表面が変形し、漆黒色をした蛸の触手みたいなものが生えたかと思うと、捧げ物を掴んで引き寄せ、口もないのにどうやっているのか、卵の内部にずるりと取り込むのである。
しかも毎日捧げられる物の方が遥かに大きな体積をしているのに、卵はそれらを全て喰らう。それでいて大きくなった様子もなく、何かを排泄している様子もないのだから不気味だ。
いったい喰った物はどこに消えているのか。
何から何まで不思議で不気味な卵だったが、『鑑定』してみて、より一層その思いは強まった。
こいつ、『鑑定』できなかったのだ。
黒サハギンと同じように、そもそも『鑑定』の対象に指定できなかったのである。
いったいこの現象は何なのかと考えていると、またサハギンが捧げ物を持って現れた。
そして卵はお残し一つなく捧げ物を喰らって――――、
(ふぁッ!? 殺した!?)
なぜか捧げ物をしたサハギンへと、自らの黒い触手を突き刺したのである。
「~~~~ッ!!」
触手が刺さったのはサハギンの胸部中央。おそらくは心臓のある場所だろう。
この突然の凶行に、しかし周りで見ていたサハギンたちは慌てる様子もない。いや、一瞬驚き悲鳴でもあげているのかと思ったんだが、よくよく見ると、喜ぶように両手を上げてはしゃいでいるのだ。誰も触手に刺された仲間を助けようとはしないし、たぶん間違いないだろう。
一方、サハギンの胸に突き刺さった触手は、不気味に蠕動していた。まるで触手を通じて、何かをサハギンの体内へと送り込んでいるかのような動きだ。
それはしばらくして止み、サハギンから触手が引き抜かれる。
触手に刺されている間、ビクンビクンッとヤヴァイ感じに痙攣していたサハギンは、触手という支えを失って洞窟の床に倒れる。
で、ここからがビックリだった。
まず、倒れたサハギンの胸に傷がない。間違いなく触手が突き刺さっていたはずなのに、だ。
そして、倒れたサハギンの色が変わっていったのである。深い緑色から黒色へと。おまけに見る間に身長が20センチほども伸び、全身が筋骨隆々なマッスルボディへと変化していく。
ライ◯ップも驚きのビフォーアフターだ。
もしかしてと思ってこいつを『鑑定』してみたら、緑色だった時は鑑定できていたのに、黒色に変わった後では鑑定できなかった。
どうやら色が黒に変わると鑑定できなくなるようだな。
一連の変化が終わった黒サハギンは目を覚まし(といっても目蓋がないので目を閉じていたわけではないが)、床に手をついて起き上がると、
「――――ッッ!!」
天を向いて咆哮をあげた。
こうして新たな黒サハギンが誕生したのである。
このようなことは、1日に2、3回あった。その度に平サハギンが黒い卵によって黒サハギンへと変化させられていたのだ。
これはいったい何?
俺はいったい何を見せられているの?
まるで邪神教団の儀式でも見ているようだった。
この世界のサハギンの生態が良く分からないよ。不気味だし恐いんですけど……!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます