第9話 美少女の乳、尻、太ももに、今にも届きそうな俺の舌③

 結局、お前も同じかよ……。

 中村が『みく☆ミラ』を好きかも知れないって知った時、俺は、本当は――――と思ったのに……。


 終始、高圧的な中村の態度に、長年積もった感情が熱が帯びる。


「――黙って聞いてりゃ、べらべらと好き放題言いやがって……」


 熱せられた感情から、自然に言葉が吐き出される。

 ああ、確かに俺は不良だよ。周りからすりゃ迷惑な野郎かも知れねえ。

 でもな、だからって、ここまで言われて黙ってられるか。俺にだって意地ってもんがあるんだよ。

 だが、どうする? どうしたらいい? 

 状況は完全に劣勢だ。このままじゃ、何も出来ずに屈するだけだ……。

 それだけは勘弁ならねえ。やられるにしたって、せめて一矢報いないと気が済まねえ。

 手も足も出ずに、中村に屈する自分の姿を想像する。

 苦痛だ。屈辱だ。絶対に許せねえ未来だ。

 その絶望の映像が、俺の導火線に火をつけた。


「おうおうおう、随分と楽しそうにお喋りするじゃねえか、生徒会長さんよ。いつもの鉄面皮はどうしたよ? 気に入らない奴を追いつめるのが、そんなに楽しいのかい? 自分は選ばれた人間とか勘違いしちゃってんのか? 中二病かよ、笑わせんじゃねえよ。テメエだって俺と大差ありゃしねえよ。この嫌われもんのぼっち野郎が!」


 こうなりゃい勢いだ。

 吹っ切れると、自分でも驚くほどに、スラスラと口上が溢れ出た。

 内容は苦し紛れ。中身は空っぽ。まともな反撃にすらなっていない。

そんなことは分かっている。だがそれでも、何か言い返さずにはいられなかった。


「鉄面皮か……意外と難しい言葉を知っているな……」

「ちっ、ツッコむところがそこかよ……」


 ふざけた野郎だ。それともすっとぼけてこっちのペースを崩す気か? だが、そんなのは気にしねえ。

 今の俺を止められるもんなら止めてみやがれ!


「ああ、そうよ。確かに俺は不良かも知れねえ。他人様に迷惑かけた数も計り知れねえ。でもな、同時にオタクなんだよ! オタク嘗めんじゃねぞ、コラ! 読んだ漫画、ラノベの数だって計り知れねえんだよ! 難しい言葉の一つや二つくらい自然に覚えるってもんよ!」


 勢い任せの俺の啖呵に、中村は目を白黒させる。


「驚いたな。杉田……お前は自分がオタクだと、この紙袋の中身が自分の物だと認めるのか……?」

「うるせえッ! そんなのいくらでも認めてやるよ。だから今は黙って聞きやがれぇッ!」

「なっ!?」


 困惑する中村。だが、俺の勢いは止まらない。止まってなるものか。


「てめえもオタクなんだろ? 分かるぜ、この『くろみ☆ブラック~ほぼ全裸抱き枕カバー~』を見ればな!」


 俺は紙袋の中から、美少女のあられもない姿が描かれた布地を取り出し中村に見せつける。

 その乱雑な扱いに、中村が眉をひそめたのを、俺は見逃さなかった。

 圧倒的優位なはずの中村が見せた、ほんの少しの綻び。それが勝利への道筋だと、俺は本能的に察知した。


「この抱き枕カバーは数量限定、しかもあまりに人気過ぎて予約開始翌日には予約が終了しちまった炎上ものの代物だ。価格だって穏やかじゃあねえ……よほど好きな奴じゃねえと手に入れることが叶わねえお宝だ!」

「……お前は何を急に…………」


 中村の口元が微かに震える。

 ビンゴだ……。

 中村の表情から、俺は自分の考えが正しかったことを確信する。


 ――見えたぜ、勝ち筋が。となれば、ここが責め所だ。


「知らぬ存ぜぬを貫いてるけどよ……本当は返して欲しいんだろ? 本当は喉から手が出るほど取り返したいんだろ? 大事な大事な、お前のくろみたんをなぁ!」


 俺がくろみたん抱き枕カバーを高々と掲げてやると、中村は「くっ……」と呻き、ますます苦渋の表情を深める。


「お前は金持ちだからな、転売屋から同じ物を買おうとすれば買えるだろうよ。だがな、お前は本当にそれでいいのか?」 


そうじゃないよな?

お前は“ソレ”を許せる人間じゃないだろ?


「人目を盗んで店まで足を運んで、苦労してお迎えしたくろみたんこそ、お前にとっての本物じゃねえのかよ? 金を積んで他人から手に入れたくろみたんを、お前は本当に自分の女として愛せるのかっ!?」

「――っ!? そ、それは…………」

「どうしたよ生徒会長? 足元がふらついてるぜ。くろみたんの膨らみかけのエロスに、ちょっと前屈みになってんじゃねえの?」

「俺はそんな変態じゃない!」

「へぇ……そうかい。じゃあ、お前はこの抱き枕カバーがどうなっても構わないって言うんだな? くろみたんがどうなっても全然平気だって言うんだな?」

「き、貴様、一体何を…………」

「別にこのくろみたんがお前の物じゃないってんなら、それならそれでいいさ。でも、持ち主がいないってのも可哀想だろ? だから代わりに、この俺様が可愛がってやるよぉ! こんな風になぁぁぁぁぁっ!!!」


 出来る限りの悪漢面を浮かべ、タガが外れたかのように、くろみたん抱き枕カバーに自らの舌を伸ばす。

 爬虫類が獲物を弄ぶように、中村によく見えるように、その舌をチロチロと細かに動かしてみせる。


「き、貴様ぁ!!!」

「ほうら、早くしないと、くろみたんが俺の女になっちまうぜぇぇぇ!」


 美少女の乳、尻、太ももに、今にも届きそうな俺の舌。

 濡れそぼった粘膜で美少女の肢体を汚さんと、あと数センチの所を行ったり来たりさせる。


「くぅ……うぉぉぉ……」


 中村の肩が小刻みに震える。その拳は、血が滲みそうな程に握り込まていた。

 ふふ、ふははは、苦しんでいる。あの中村が明らかに苦しんでいるぞ!

 怒りと憎しみ、後悔と葛藤。

 絵に描いたような精神の限界がそこにはあった。

 

 そして――ついにその時が訪れた。


「俺のくろみから、その汚い手を退けやがれ、このクソ野郎がぁぁあぁぁぁっ!」


 中村の右ストレートが、俺の左頬に炸裂する。

 脳天に電撃が走るような衝撃が襲う。視界が飛ぶ。世界が暗転する。

 この細い身体のどこに、これほどの力を隠していたのか……。中村はパンチ一発で、俺の巨体をふっ飛ばしてみせたのだった。

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