第44話 異界の扉
ここに来て、そろそろ一晩になるか……。
「東京の地下深くにこんな空間があるとはな……」
西東京の山々の一角。
そこに開かれた洞窟を三十分ほど歩くと辿り着いた。
正確に測ったかのように開かれた巨大な正立方体の空間。壁も床も自然では有り得ない程に滑らか。
気温は安定している。だが、纏わりつくような湿気が不快で仕方ない。
ここはアビスの使徒が現れた影響で出来た場所らしい。
何もない。寂しい場所。
「奏多……こんな所で、お前ひとりにはさせないからな……」
目の前の中空に浮かぶ奏多に話しかける。
ここに来てから何度も会話を試みたが返答は一度も無い。
魔法少女というものは、本当に不思議だ。奏多の身体は、確かに家で眠っている筈なのに……だが、間違いなく本物の奏多の姿がここには在った。
異界の扉――その目の前に奏多はいた。
扉を塞ぐように浮かぶその身体は、まるで十字架に張り付けられている聖女のようで、その美しさに酷く胸糞が悪くなる。
奏多の胸には虹色に輝く宝石が一つ。
これが異界の扉を封印する鍵になるらしい。
初めてここに訪れた時より、その大きさと輝きが増しているように見えるのは、気のせいではないだろう。
――残された時間は短い。
物言わぬ奏多の隣に座り込む。
共に過ごせる時間は限られている。さて、どうしようか。
思い出話でもしようか?
それとも思わず笑ってしまうような面白い話……は俺には無理か。
いや、今なら出来るかも知れない。
あの馬鹿と色々あったから……。
「そうだな奏多。お前の親友、こころちゃんのお兄さんの話でもしようか……。お前は会ったことはないだろうけど面白い男なんだ」
「この前なんて、マスクしてコンビニに入っただけで強盗と間違われてカラーボールをぶつけられそうになったんだそうだ」
「他にも、お年寄りの荷物を持ってあげようとしたら泥棒と間違われたり、隣の女子の落とした消しゴムを拾ってあげただけで悲鳴を上げられたりな」
「しかも、不良のくせに俺たちと同じで魔法少女が好きなんだ。まさか、俺とアイツが魔法少女になるなんて夢にも思わなかったよ」
「地球の存亡をかけた大事な戦いだっていうのに、あいつはメイド喫茶とかでも馬鹿なことばかりやって……本当に、馬鹿なやつなんだ――」
そこまで言って、言葉が詰まる。
続きの言葉がもう出てこない。
今になって、今更になって、嫌というほど思い知らされる。
最初はふざけるなと思った男声の魔法少女の日々。
俺の目的の邪魔ばかりする、目障りなだけの存在だった杉田との時間。
認めたくはないが、認めざるを得ない。
俺は……あの日々が楽しかったんだ。
でも、もうあの日々は二度と戻らない。
戻らないんだ……。
なぜなら、俺のすべては、この何もない空間で、奏多とともに終わるのだから……。
──だが、そう覚悟を決めた、その瞬間。
「おいおいおいおい、だーれが馬鹿だって? いい雰囲気出してるけど、結局悪口じゃねえか。妹相手にまで俺の悪評を広めようって魂胆かよ?」
背後から――
聞き慣れた声が響いた。
不遜で、不快で、品位の欠片もない声。
その声は、ここに来るはずのない男のものだった。
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