第21話 暴走魔法少女③
俺と中村の空中コンボを喰らい、地面に落下した触手男。
その姿は巻き上がった土煙に隠れ、確認することができない。
「これでやれていれば楽なんだけどな……」
冷や汗を拭いつつ、独りごちる。
やがて悪かった視界が徐々に晴れていく。と、そこに見えてきたのは五体満足な触手男の姿。
無傷ではないものの、致命傷には程遠いようにしか見えなかった。
「くそ、ほとんど効いてねぇ……」
「効いてねぇ――じゃないでしょ! 魔法少女のステッキの使い方おかしくない!? ステッキの声を聞いたんだよね!? ハートのビームとか出るんだよ? 使い方知ってるよね!?」
戦いを見守っていたオノディンが非難の声を上げる。
「知るかボケェ! こんな声で魔法の呪文とか必殺技とか叫べるかっ! 恥かし過ぎるだろ! 魔法少女に対する冒涜だろ!」
オノディンの言う通り、魔法少女として必要な知識は既にインプットされていた。変身アイテムを浄化する必殺技の使い方だって分かっている。
でもな……あんな可愛い必殺技の台詞を、こんな声で叫べってのか?
しかも、あんなポーズで?
絶対駄目だろ。放送禁止だろ! 想像するだけでかなりえぐい。
「杉田、俺が時間を稼ぐ、その間にお前はエンジェリック・ラブリー・ピンクレモネードで、奴を浄化するんだ!」
「中村ぁ! お前人の話聞いてた!? 俺、必殺技やりたくないって言ったんだけど? 今、言ったんだけど!?」
俺の言葉なんて端から聞く気がないのか、中村は触手男の注意が自分に集まるように、わざと派手に動き始める。
「通常の攻撃では魔法少女を浄化することは出来ないんだ! お願いだ魔法少女杉田、魔法少女中村が敵の気を逸らしている間に、エンジェリック・ラブリー・ピンクレモネードで、彼を変身アイテムの呪縛から解き放って欲しいっ!」
「頼む杉田、エンジェリック・ラブリー・ピンクレモネードを使えるのはお前だけだ! 俺もそう長くは持たない。早く、エンジェリック・ラブリー・ピンクレモネードをっ!」
「連呼すんじゃねえ!」
示し合わせていたかのように、オノディンと中村がタッグを組む。
「俺がやるの前提で勝手に話進めんじゃねえよ! 逃げられないように、淡々と外堀埋めていくの止めてもらえる?」
だが、そんな俺の苦情も虚しく、派手に飛び回っていた中村が『十分な隙は作ったぞ。さあ今だ、やれ杉田!』と、やり切った顔でアイコンタクトを送ってくる。
「だから人の話聞けよ!」
くそ、嫌な仕事だけこっちに押し付けやがって。
とはいえ、中村の限界が近いのは間違いなかった。
無数に動き回る触手をたった一人で引き付けているのだ。相当な消耗に違いない。
それに中村の思惑通り、触手男の注意は今、完全に中村に集まっている。
俗に言う『やるなら今しかない』というやつだった。
――でも、恥ずかしい。
――本当に恥ずかしい。
この声が、田村ゆ○りだったり、丹○桜だったらどれだけ良かったか……。必殺技名くらい、大手を振っていくらでも叫んでやるのに。
だが、この声は
こんなの俺が求めた魔法少女じゃない。魔法少女に対する背信行為だ……。
──その時、視界の隅に見慣れた長い金髪の少女が見えた。
「あの馬鹿!」
校舎から飛び出してきた少女はマヤだった。必死に止めるユウの手を払いのけ、泣きながら俺の名を叫び続けている。
俺の姿が見当たらないことを心配して、探しに行こうとしてるのだ。
目の前にあんな化物がいるというのに……。
「あいつ、何やって……」
さっき捕まってた時だって、あんなに怖がってたのに。
今だって、怖くて仕方ないはずなのに。
それでも、泣きながら俺を探しに行こうと……。
…………ったく、本当に馬鹿だ。世話が焼けるったらありゃしない。
「――でも、一番の馬鹿は、俺だよな……」
何が恥ずかしいだ。
何が魔法少女に対する背信行為だ……。
「魔法少女ってのはそうじゃねえだろ。俺の愛する魔法少女はそんなんじゃなかっただろ……」
自分が傷ついても、仲間のために強大な悪に立ち向かう。
退かない、曲げない、諦めない。
誰かの笑顔のために命を張れる。
それが俺にとっての魔法少女のカタチ。
胸に刻まれた、確固とした魔法少女の原型。
恥かしい? 理想と違う?
それがどうした。
思い出せ、俺の愛した魔法少女の姿を!
「――宿れ炎。俺の心に明かりを灯せ」
それは魔法と決意の言葉。
言葉と共に生まれた赤い魔力が、握ったステッキに渦巻き宿る。
「――哀れな魔法少女を浄化する光となれ!」
言葉とともに触手男に向かって走る。
注いだ魔法少女力が、ステッキの水晶を中心に激しい炎の渦となる。
未だ中村に気を取られている触手男は、近付く俺の姿に全く気付いていない。
その隙をついて俺は男の懐に滑り込む。
狙うは一点。触手男の身体の中心。あとは全力全開で貫くのみ。
そこまで来て、やっと俺の存在に気付く触手男。
「オ、オマエ、、、、、いつの間ニィィィィ―――――」
直下に現れた俺の姿に慌てふためく。だが、
「今更気付いても遅せえんだよ!」
そして俺は――跳んだ。
「エンジェリックぅぅぅ、ラブリィイィィ――」
ステッキを後ろ手に思い切り振りかぶる。
杖を中心に荒れ狂っていた力が、一点に収束していく。
「ピーンク、レモネェェドォォォォッ!」
それは目にも止まらぬ速さ。
侍の居合いにも似た神速。
全身全霊の魔法少女力の塊が、触手男のどてっ腹に叩き込まれた。
「ぐぅがああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
響く絶叫。吹っ飛んだ触手男は校舎の外壁に叩きつけられ、ぐったりと崩れ落ちる。
そして、その手からあっさりとこぼれ落ちる、事件の元凶である変身ステッキ。
すると、触手男の身体が淡い光に包まれ、本来の姿であろう、サラリーマン風の姿に戻るのだった。
俺達は音もなく静かに大地に降り立つ。
そして、血を払い飛ばすように、ステッキを横薙ぎに振り、
「「禊、完了――」」
勝利のポーズを決める。
そんな俺の姿を見て、オノディンがワナワナと震える。
俺達の完璧な勝利に感動しているのかと思ったが、それは違ったようで、
「――――――って、結局、殴ってるだけじゃないかぁァァァぁ!?」
オノディンの全力ツッコミが学校中に響き渡ったのだった。
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