第20話 暴走魔法少女②

 ついに待望の魔法少女に変身した俺たち。

 だが、その声は可愛いらしい魔法少女のそれではなく、本来の俺たち――杉田と中村の声のままだった。


「いい、変身っぷりだったよ。完璧すぎて、元は男だったと思うと、どん引きするくらい気持ち悪いね!」


 あまりの出来事に呆然とする俺たちに向かって、いつの間にか屋上まで上がっていたオノディンが歓喜の声でディスってくる。


「貴様! そこに直れ! 話があるっ!」

「何で声だけ元のままなんだよ! 事と次第によっちゃ、てめえの命から浄化してやんぞ!」


 瞬時に確保された容疑者オノディンが、俺(魔法少女)と中村(魔法少女)に挟まれたまま慌てて弁明する。


「ちょ、冷静、まずは冷静になろう。ボクはキミたちと違って、ロリ責め・男受けの趣味は無いんだからっ!」

「「他人の性癖の捏造は止めろ!」」 


 本気で凄んでいるのだが、こんな少女の姿では、いまいち迫力に欠けているのは間違いないだろう。


 ちなみに俺の姿は、まさしく王道の魔法少女だった。

 肩までの桃色ツインテールを飾るのは、羽を模した可愛らしいリボン。ピンクと白を基調としたフリルふりっふりのワンピースと白のタイツの間に覗く絶対領域が、眩いほどに輝いていた。

 中村の姿もまた、王道クールビューティー系魔法少女だった。

 腰まで伸びた艶やかな黒髪。すらりと伸びた長い手足。

 こちら衣装もフリルが多めだが、俺の物とは大きく印象が異なる。

 全体的に黒系で統一されたオフショルダーの衣装、大きく肌蹴た肩が艶めかしい。黒のフリルスカートと黒タイツを繋ぐガーターベルトは、少女とは思えない程に挑発的で、背徳的な魅力を醸し出していた。

 わざわざ言うまでもないとは思うが、どちらも文句なし、百点満点の超絶美少女だった。


 ……声以外は……な。


「おい馬! てめえ、これのどこが完璧な魔法少女だってんだよ! こんな魔法少女ほとんど放送事故じゃねえか!」


 これが日曜の朝に放送してたら子供泣くわ! 


「いや~~~、なれると思ったんだけど……。ちょっと、ちょっとだけ魔法少女力が足りなかったのかな~みたいな?」

「『みたいな?』で許されるか! 大惨事じゃねえか、大惨事!」


 キレている俺の横から、中村が静かに口を挟む。


「杉田……俺は馬刺しが良いと思うんだが……お前はどう思う?」

「気が合うな、中村。俺も馬刺しは好きだぜ。生姜とにんにく、それに九州の甘口醤油が合うんだよな」

「ちょっ! 中村さん、杉田さん? マジで目が怖いんですけど! 殺る気MAXオリックスになってるんですけどっ!?」


 その淡々とした殺意に、さしものオノディンも青ざめる。


「ちょっと待って! 早まらないで! 田舎のお母さんが悲しむから!」

「昔の刑事ドラマかよっ!?」

「話し合おう! 話し合えばきっと解り合える! それにあれ! あれを放って置いていいのかい!? 今にも校舎に突撃かましそうだよ?」


 オノディンの指し示す方向に目を向けると、件の触手男が校舎の入り口まで迫っていた。


「くそっ、あの野郎、もうあんな所まで――」


 校舎内から響く悲鳴が、迫り来る化物に対するパニックを物語っていた。

 ほとんど詐欺まがいの勧誘で、こんなわけの分からない魔法少女にされたことは許せねえが、確かに今は、あの化け物をどうにかしねえと……。

 中村と目が合う。

 考えていることは同じなのだろう。軽くうなずき合うと、その視線は同時に触手男へと向かう。


「しゃーねえ、馬の拷問は後にして」

「あの触手野郎を軽く捻ってやるとするか……」


 触手男は、背中から生えた十数本の触手を器用に動かし、蜘蛛のように進む。

 そのまま校舎に侵入しようとする、その動きを――


「「ちょっと待ったーーーーーー!」」


 二つのイケボが制止する。

 触手男の遥か上、校舎の屋上。

 俺と中村は、遥か高みから触手男を見下ろす。


「やいやいやい。大概にしろよ、このコスプレ変態男。何の罪もねえ学生相手に好き放題やりやがって。てめえのどこに正義があるってんだよコノヤロー」

「公共の場でいい歳した男が魔法少女のコスプレなど、言語道断! コスプレするならちゃんとルールを守れ!」

「言語道断なのはそこじゃねえよ! ツッコミどころオカシクない!?」


 何だよこの掛け合い漫才は。

 格好良く名乗り上げたのが無駄じゃねえか!


「――ナンダ、オマエラ。ジャ、邪魔スルナラ、オマエたちも…………悪ダァァァァ」


 苛立ちの声と共に、屋上まで一瞬にして伸びた触手が、俺達を横薙ぎに襲う。


「へ、当たらねえよ」


 上空へ飛び、その一撃を軽々と避ける俺と中村。そして、


「魔法少女の名乗り上げは――」

「最後まで黙って聞くのが――」

「「お約束だろうがぁぁぁぁぁ!」」


 地上に高速落下する俺と中村のステッキが、触手男の脳天に直撃する。

 天使のような愛らしい姿で、鈍器宜しくステッキを叩きつけるのは、自分でもどうかと思うが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」


 流血する頭を両手で押さえて、苦痛に叫ぶ触手男。


「ナンダ……何なんだオマエラハ……。ナゼ邪魔をスル、ワタシは魔法少女。正義を行う者ナノニ……」

「女泣かして何が正義だ、笑わせんじゃねえよ、この変態野郎が! 今すぐ浄化してやっから首洗って歯ぁ食いしばれや!」


 触手男は俺達の姿を見て目を見張る。


「ソノ姿……まさか魔法少女ナノカ? なのに声は男――――お前ら気持ち悪いな」


 気の毒なモノでも見るような、スンとした真顔で言われる。


「てめえにだけは言われたくねえよ! 鏡見ろよ! 何が悲しくて、魔法少女のコスプレして、背中から触手を生やしているおっさんに、気持ち悪いとか言われなきゃならねえんだっ!」


 しかも急に素に戻りやがって、暴走はどうしたんだよ!?


「そうだそうだ! 杉田が好きなのは触手が生えてる魔法少女じゃなくて、触手に襲われてる魔法少女だからね! コレクションも百冊に届きそうな勢いさ!」


 近くの木の枝に降り立ったオノディンが囃したてる。


「マジ黙ってろ馬!」

「……興味深いな。そんな魔法少女が世の中には存在するのか?」


 何を想像したのか、中村(美少女)が口元に手を当てて頬を朱に染める。


「てめえが余計なこと言うから中村が食い付いちゃっただろ! 生徒会長に変な性癖が芽生えちゃったらどうすんだ! ってか、中村も興味持つなよな!」


 あの世界は、一度足を踏み入れたら帰って来れなくなるぞ!


「ゴゴゴ、、、、ゴチャ、ゴチャ、、、ウルサイ。うるさい、うううあああ、、、、、うるさあああああいいいいいいいい」


 触手を振り回し暴れる触手男。

 地面に叩きつけられた触手によって、激しい土ぼこりが舞う。爪を立て、血が出るほどに頭を掻き毟る男の姿は、もう人間である部分を探す方が難しかった。


「いよいよバグってやがるな……」

「杉田、中村! 彼の持っている変身アイテムを浄化するんだ! そうすれば彼も正気を取り戻すはずだよ」

「ああ、分かってるっつーの!」


 そこからの戦いは吹き荒れる嵐のようだった。

 触手男を中心に、無数の触手の暴れ回る。

 樹木も、空気も、大地さえも――瞬く間に、ありとあらゆるものが切り裂き、砕かれる。

 だが、そんな嵐の中を俺達は、フリルをなびかせ颯爽と駆ける。


 ――避ける。

 ――弾く。

 ――叩き潰す。


 四方八方から襲い来る触手の群れを、小虫でも掃うかのようにステッキで薙ぎ払う。

 そうして、あっと言う間に触手男の眼前まで到達した俺達は、弾むように軽くジャンプし、


「「せえのっ!」」


 二本のステッキで、触手男の顎を下から勢いよく空へと打ち上げる。

 大地という支えを失った触手男。そこに二人がかりの空中コンボで追い打ちを掛ける。


「おらおらおらおらぁ!」

「はぁぁぁぁぁぁ!」


 ファンシーなステッキが血にまみれ、可愛い衣装が返り血に染まる。

 そして、トドメとばかりに、ダブル踵落としで触手男を地面に叩きつけてやる。

 轟音と共に土煙に包まれる校庭。

 良い手ごたえだ。まともな生物であれば絶命は免れないであろう攻撃。


「これでやれていれば楽なんだけどな……」


 冷や汗を拭いつつ、独りごちる。

 悪かった視界が徐々に晴れていく。そして、見えてきたのは──やはり五体満足な触手男の姿。

 その姿は無傷ではないものの、どうみても致命傷には程遠いようにしか見えなかった。

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