第17話 目覚めた性癖が走り出すのは仕方のないことだからね②

 魔法少女になることを承諾しようとした俺の頭を、容赦なく叩いて止めた中村。

 その口は、俺に対して悪びれるでもなく、淡々と言葉を続ける。


「幸いあの触手男はまだ動く気配がない。今のうちにこの馬から話を聞くべきだ。後悔しないためにもな……」

 

 中村が冷静に状況を判断する。

 言われてみれば、確かにこいつの言う通りだ。

 普段はムカつく野郎だが、こういう時は少しだけ……いや、ほんのちょっと……いいや、ほんの数ミクロンくらいは役に立つ奴らしい。


「オノディン、魔法少女になるのは俺もやぶさかじゃないが、その前にいくつか質問させて貰うぞ」

「ばっちこーい」


 冷静な中村に対して、どこまでもふざけた態度のオノディン。

 いちいち返答がムカつくマスコットである。


「〝魔法少女〟とは何なんだ? お前さっき、あの触手男も魔法少女だと言ったな?」

「そうだよ。あのコスプレ触手男は間違いなく魔法少女さ。ただし、暴走状態に陥っているけれどね……」

「……暴走状態?」


 なんだそりゃ。シンクロ率が凄いのか?


「まず前提として、魔法少女に変身するためには、『魔法少女力』と『変身アイテム』が必要になるんだ。これは分かるかい?」


 魔法少女力ってのはよく分からんが、要するに『魔法少女の才能』と『変身アイテム』の二つが揃って、初めて魔法少女になれるということなのだろう。


「魔法少女ものだと、ありがちな設定だよな」

「そう。魔法少女になるのに必要ものは、魔法少女力と変身アイテムの二つ。でも、もし〝魔法少女力を持たない人間〟が変身アイテムを手にしてしまったらどうなると思う?」

「どうなるって言うんだよ?」

「それは見ての通りさ──」


 そう言うとオノディンは、未だ動く気配のない触手男に視線を送る。


「──彼のように、変身アイテムに意識を乗っ取られて暴走状態に陥ってしまうんだ」


「なっ。じゃあ、あのコスプレ触手男は、魔法少女力がないのに……その変身アイテムってやつを手にしたからああなったってのか?」 

「その通り、それが暴走状態なのさ。実は最近、変身アイテムが魔法少女力を持たない人間に憑りついてしまう事件が多発していてね……」

「多発って何でそんな……」

「原因は分かっているけれど、今は時間がないから説明を省くよ。とにかく、あそこの彼も被害者なんだよ」


 残念そうにオノディンは頭を振る。


「すでに彼の意識はほとんど残っていない。あれは変身アイテムの〝悪は浄化しなければならない〟という強迫観念に囚われてしまった結果なんだ」

「悪を浄化という割には、学校に不法侵入して生徒相手に暴行を働いているのだからやっていることは真逆に見えるが?」


 と、中村。

 確かに、触手男の行動を見れば、それは最もな疑問だろう。 


「なにせ暴走中だからね。悪の基準も曖昧になっているんだよ。しかも憑りつかれた人間の記憶――エゴやトラウマの影響が色濃く出てしまうんだ……」

「エゴやトラウマの影響って?」

「簡単に説明すると……例えば、髪の長い女性にフラれた経験があるだけで、髪の長い女性を悪だと思い込んで襲ったりする――とかかな?」

「なるほど、エゴとトラウマか」


 だとすると、あの触手男が不良を狙っていたのも、もしかすると不良に苛められた経験とがあるからなのかも知れないな。


「更に言えば、彼らには本来動力となるはずの魔法少女力が無いんだ。その代わりに、個人的な恨みをエネルギーに代えて暴れているのさ。理性なんかあるはずがない」


 理性がなくて、個人的な恨みで暴れる……か。確かにそりゃ暴走状態だな。

 だからマヤを守ろうとした〝善人〟であるはずの運動部員まで襲ったのか。


「なるほど……ということは、あの触手男も被害者なんだな。それなのに、こんな馬鹿に何発も殴られて可哀想に……」


 中村が眼鏡の下から、わざとらしく目頭を押さえる。


「悪かったな!」

 

 俺だって少し悪いことしたかな、とか思ってんだから追い打ちして来るんじゃねえよ!


「彼が今動かないのは、杉田の人間離れした攻撃で負ったダメージの回復に努めているからだろうね。でも、次に動き出すまでそう時間はないはずだよ。恐らくあと二、三分ってところじゃないかな」


 オノディンの脅迫染みた宣告。

 ガラス玉のような瞳が『さあ、どうする?』と、暗に決断を迫ってくる。


「最後に一つだけ聞かせろ」


 中村が真剣な目でオノディンの肩を掴む。


「何だい?」

「俺達が魔法少女に変身しても、あの触手男のような化物になってしまうのか? 可愛い魔法少女にはなれないのか? 性別は? 年齢は? 衣装は? カラーは? 武器は? 変身バンクは?」


 その語気が、徐々に強まっていく。


「怖い、怖い、怖い。中村の目が怖い。あと、肩! 肩痛い、手の力強い!」


 言われてみれば、確かそれは最重要事項だ! 

 あのコスプレ触手おじさんが魔法少女だと言うのなら、俺達が魔法少女になっても、あんなコスプレ触手男子高校生になってしまう可能性だってあるはずだ。

 

 あんな化物みたいな魔法少女にされるなんて真っ平ごめんだぞ。


「――で、実際どうなんだ? 化物退治のために、俺達にも化物になれって言うなら、容赦しねえぞ、コラ」

 

 というわけで、俺もオノディンの尋問に参加する。

 俺と中村に肩を掴まれ、全く身動きの取れないオノディン。本格的に生命の危険を感じたのか必死の形相で訴える。


「だ、大丈夫! 大丈夫だから! 言っただろ、キミたちには魔法少女力があるって! たとえ変身アイテムを手にしたとしても暴走することは無いし、絶対可愛い魔法少女に変身できるから! ボクが保証するからっ!」

「「よし、乗った!」」


 何度も言うが、俺が魔法少女になりたいのは憧れからだ。

 性的な意味合いはない。ホントだよ、ホント。

 いや、だからマジで。


「べ……別にどうしても魔法少女になりたいわけじゃないんだからな!」


 声が震えて、ツンデレヒロインみたいな台詞を言ってしまう。

 落ち着け俺。心のざわつきを悟られるな。


「が、学園に平和を取り戻すためにだからな。し、仕方なくだからなっ!」


 中村、お前も落ち着け! お前までツンデレヒロインになるな! 

 ふたり揃って、興奮を取り繕ってんのがバレるだろ。

 大嘘ついてるってバレちゃうだろ!


「…………もう、それでいいよ」


 諦めたような、呆れたような、そんな生暖かい表情でオノディンが呟く。


「じゃ、時間もないことだし。早速二人の変身アイテムを創るよ」

「な!?」

「変身アイテム……だと……」

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