第73話 準備なんて出来る訳ないから全てを行き当たりばったりでやることに決めた

 理不尽にもほどがある。


 頬がじんじんする。まさか、ビンタを食らうとは思わなかった。

 ヒュースは胸を押さえ、壁側を向いてしまっているし……。


 え、俺が悪いの?


「あの、大丈夫ですか? カガミヤさん」

「リヒト、この頬に出来たモミジは消せないのか?」

「…………消してはダメな気がするから、ごめんなさい」


 何でだよ。

 俺がお願いしているというのに、なぜ消してくれないんだ。まだじんわり痛いんだぞ。


「今のは、なんとなくカガミヤも悪い気がするんだが」

「私も思う」

「なんでだよ。俺は倒れ込んできた皇子を支えてやったんだぞ、むしろ褒めてほしいものだ。その時にたまたま当たっただけじゃねぇかよ。しかも、こいつに膨らみがあるなんて誰が想像出来る」


 たく…………、まぁいいや。痛みも引いてきたし、本題に戻ろう。

 しゃがんでいる皇子を呼ぶと、ゆっくりと涙目を浮かべ振り向いた。


「お前、何か色々あるみたいだが、詳しく教えてもらう事は可能か?」

「…………一体どのような事が聞きたい」

「まず、お前のその恰好は趣味なのか?」

「そんなわけないだろう」

「もう把握した。なら、俺はお前に協力してやるよ」

「え?」


 王族のルールや規則などはよく知らんが、今の会話だけでなんとなくわかったことはある。


 こいつをアグリオス家の跡取りにするため、男として育てたんだろう。

 婚約はおそらく、お互いの利害が一致しているから親の権限を使い、同性だろうと結婚させたがっている、みたいな感じだな。


「なぁ、アルカ。この世界では、同性でも簡単に婚約出来るのか?」

「認められてはいる。だが、周りからの目や印象は賛否両論。だから、国で認められていたとしても、公表しない人が多いんだ」

「それはどこ情報なんだ?」

「いろんな奴と話している時に小耳にはさんだ情報だから、どこからとかはないな」

「なるほどな」


 んー…………。だが、困ったな。

 さすがに俺達の立場で王に何か言えば、すぐに消されるだろう。

 ギルド登録からも消される可能性がある、慎重に動かねぇとならんな。


「…………ぬしは今、何のために何を考えている」

「決まってんだろ、報酬を手に入れるため、最短の解決方法を考えている」

「金が欲しいのなら、今回はこちらまで足を運ばせてしまった迷惑料として私から払おう」

「それはありがたく頂戴しよう。迷惑はかけられたわけだしな」

「「おい!!」」


 アルカとリヒトからの鋭い突っ込みを食らったとしても、俺の考えは変わらんぞ。

 金はもらう、当たり前だ。


「なら、あとでギルドを通して支払う。今日はもう帰ってもらって構わない」

「は? 何言ってんだてめぇ」

「? ぬしが欲しいと言っていた金は私から支払うと言っているんだ。なら、ぬしがここに居る必要はもうないぞ?」


 皇子と共に他の二人も俺を見てくる。


 いや、お前らなぁ。俺がこいつからの報酬で納得いくと思うか? 

 馬鹿野郎、俺はもらえる金は全てもらうんだよ、絶対に、どんな状況だろうと。


「今回の依頼を両者納得いくような形で達成し、報酬を貰ってから帰る。これは何を言われたところで揺るがないぞ」


 俺の言葉に皇子は目を見開き、リヒトとアルカはお互いの顔を見て笑い合う。

 なに笑っとるんじゃ。


「んじゃ、案内を頼んだぞ、ヒュース皇子」


 今だ驚いているヒュース皇子の背中を押し、無理やり覚醒させ、俺達はこいつの家であり、俺達の依頼主がいるであろう城に向かった。


 ※


 ヒュース皇子の後ろを付いて行くと、どんどん街の中央に建っている豪華な城に近付いて行く。


 近くに行けば行くほど華やかさが増す。

 白い壁画には傷や汚れはなく、装飾にこだわりがあるのが見て取れるほど細部まで作り込まれている。

 正門の前には門番が二人、木製の大きな扉が閉ざされた状態で俺達の前に立ちはだかった。


「これが王族か。勝てる気がしないな、諦めた方がいいか?」

「早速揺るんでいるじゃねぇか。報酬はどうするんだ?」

「アルカは俺の扱いがわかってきたみたいだな。早く行くぞ、俺の報酬のために」


 まぁ、報酬は他の方法でも手に入れる事が出来るから、正直今回の依頼は断ってもいいけど……。


 チラッと後ろを向くと、ヒュース皇子が体を震わせ顔を俯かせている。


 あの様子を見て、さすがにほっておくのは後々がめんどくさそう。

 俺の両隣にいるこいつらが絶対に何か言ってくる。やるしか俺に残された道は無い。


「早く行くぞ、ヒュース皇子。お前がいないと俺達はどこに行けばいいのかわからん」

「…………わかっている」


 重い足を何とか前に出し、ヒュース皇子は俺達の前に立つ。

 門番はヒュース皇子の姿を確認すると、何故か驚いた顔を浮かべ敬礼をした。


「ヒュ、ヒュース皇子、なぜ外に。確か今は部屋で勉学に励んでいる時間では?」

「ぬしらには関係のない事だと思うが? なぜそれを質問してくる。なにか、私がここに居るのに分が悪いものがあるのか?」

「め、滅相もございません。ただ、少し疑問が口から出てしまいまして」

「そうか。その緩い口で余計なこと話す前にどうにかして固くしろ、機密情報などを外に零した時には、もう今のこの場所に立てないと思え」

「りょ、了解しました…………」

「もういい。早く門を開けろ」

「はい…………」


 ヒュース皇子の言葉一つで開いた門の扉。上に上がる形式なのか。


 ヒュース皇子が何事もなかったかのように中に入り、俺達もその後ろを付いて行く。

 その時、門番がヒュース皇子に聞こえないよう小さな声で何かを話し始めた。


「なぁ、おかしいよな。何でヒュース皇子が外に出ている。アステール王には外に出させるなと言いつけられていたではないか」

「そんな事、俺に言われてもわからん。部屋の鍵は外からでしか開かない仕組みになっているはずなのに……。っ、もしかして、窓から?」

「まさか。まぁ、それは今は考えなくてもいい。今は、王にどのように報告するかだ。あぁ、困ったぞ」

「困った…………」


 今の会話、なるほど。だからヒュース皇子を見た時あんなに驚いていたのか、納得だわ。


 外に出させるな、か。逃げ出さないように言ったんだろうな。

 こいつは今回の婚約を、心から嫌がっている。逃げ出しても不思議では無い。


「お前、もし俺達が来なかった場合、どうしていたわけ? 逃げ出していたのか?」

「まさか。そんなの私が父上に負けを認めたようなもんではないか。もし、君達が来なかった場合、途中まではしっかりと従い、婚約途中であることないことを風潮して、相手側から断りの言葉を入れさせる予定だった」

「意外に過激だなぁ」


 いや、意外ではないか。

 俺にビンタを食らわせた奴だからな、何をしてでも婚約破棄をさせるつもりなのだろう。


 門をくぐった先には大きな庭園。中央に噴水、周りには休めるようにベンチが置かれている。

 花壇が等間隔で置かれており、咲いている様々な花が風と共に揺れる。


 メイドや執事達、たくさんの人が行き来してんなぁ。

 人酔いするほどの人数じゃないのは救いだ。


 ヒュース皇子は慣れたように真っすぐ進む。

 俺の両側には、今にも離れていきそうな餓鬼が二人いるというのに……。


 二人が離れないように注意しながら歩いていると、ヒュース皇子が建物に入るための両開きの扉の前で立ち止まった。

 右側には四角い機械が取り付けられ、彼が手をかざすと音を鳴らし機械が動き出した。


 中に入ると、またしても豪華な内装。

 赤いカーペットに、周りには高そうな花瓶や壺、壁にはよくわからない絵。


 いくつもの扉を通り抜けると、突き当りまでたどり着いた。

 そこは今まで見たどんな扉より大きく、ゴージャス。


 オーラが違うもん、この先にいるのは必ず王だってわかるもん。

 ここで中を開けるとびっくり、ただの家臣の部屋だったはありえない。


「中に入ってもいいか?」

「やっぱり、中には王がいる感じ?」

「そうだ。人の話を聞かない頑固な王がいるから、話す時は気を付けるのだ」

「了解」


 人の話を聞かない上司と話す感覚で話せば問題ないかな。

 いや、同じ感覚で話していたら、今の俺では拳が出てしまう。しかも、ただの拳ではなく、炎の拳。気を付けよう。


「それじゃ……。父上、冒険者の方々がおいでです」


 ヒュース皇子が声をかけると、数秒後に驚きの声に似たしわがれた声が聞こえてきた。


『なに? いや、詳しい話は後だ。通せ』

「はい」


 しわがれた声に反応し、ヒュース皇子が俺の方を見て準備はいいかと、無言で訴えてくる。


 準備は出来ていないが、まぁいいぞ。


 そんな思いを乗せて、俺も小さく頷いた。

 すると、ヒュース皇子が前を向きなおし、大きな扉を開いた。

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