第11話 帝国の『呪い』について 1


 ゆっくりと意識が浮上し、瞼を開ける。


 寝返りを打ち時計へ視線を向ければ、既に日付は変わっていた。


「えっ、もうこんな時間!?」


 慌てた私は、ベッドから起き上がる。


 フェリクスとの過去を思い返しているうちに、ぐっすり眠ってしまっていたらしい。出会った日の夢を見たことで、余計に懐かしい気持ちになる。


(あれから色々あって懐かれて、私もフェリクスがかわいくて仕方なくなっていたっけ)


 あの頃の私はかなり多忙だったけれど、フェリクスのお願いは断れず魔法まで教えることになったのだ。


 立場の弱い彼を、あの場所から救いたかった気持ちもある。


 身体は弱かったものの、フェリクスには潤沢な魔力と才能があったため、誰よりも成長が早かった。


(それにしてもあの呪い、高熱は出るし死ぬほど痛かったのよね。夢でよかった……二度と味わいたくないわ)


 当時の私はバレないよう服で隠れる部分にと、フェリクスの呪いを自分の腹部へ移した。


 吸収した魔力を他に移す力はない上に、見た目もかなり酷かったため「お嫁にいけないかもしれない」なんて心配した記憶がある。


 結局、2年後に22歳という若さで死んでしまい、杞憂で終わったのだけれど。


「ふわあ……寝る支度を済ませて、さっさと寝ないと」


 移動疲れが溜まっており、まだまだ眠い。栄養や睡眠不足がちだった私は、体力も悲しいくらいになかった。


 ようやくファロン神殿での地獄の日々から抜け出せたのだから、しばらくのんびりしたい気持ちはある。


 けれど可愛い元弟子のためにも、そしてこの国のためにも、ひとまず頑張ってみるべきだと思えた。


(魔力はまだ少なくても、私には多くの知識や経験があるもの。できることはあるはずだわ)


 明日の朝食の時にでも許可をもらい、この国のこと、自身の魔力の減少や増加について改めて調べてみよう。


 そう決めて、急ぎバスルームへと向かった。



 ◇◇◇



「何なんですか、あの騒がしい女は!!!!」

「……お前も十分騒がしいけどね」


 深夜の執務室に、側近であるバイロンの大声が響き渡る。その身体は怒りから、小さく震えていた。


「フェリクス様が使用人達の手前、優しくしているのをいいことに、ペラペラペラペラと……! 無能なくせに口だけは達者だなんて、迷惑でしかありません!」

「一人で見知らぬ土地に来て不安なんだろう」


 バイロンの言う通り、彼女──ティアナ・エヴァレットは驚くほどよく喋った。それも俺について、些細なくだらないことばかりを尋ねてくるのだ。


(体調について聞いてきた時は、何の真似かと思った)


 だが、こちらから振る良い話題もないため周りの目を考えると、話しかけられるのは好都合ではあった。


 もちろん、程度というものはあるが。


 嬉しそうに俺の話を聞く彼女のまなざしは、他の令嬢達が向けてくる視線とは全く違う。


 だからこそ、不快感はあまり感じなかった。


「フェリクス様は甘すぎます! 王国の人間ですよ!」

「そんなことはないよ」


 彼女に対し特別何かをしてやるつもりもない。それでも食事中、静かに泣き出した姿が頭から離れなかった。


『……どうして……っごめんなさい』


 涙を拭う彼女の手は、貴重な聖女とは思えないくらい傷んでいることにも気が付いた。水仕事をする使用人のものと変わらないほどだ。


 呪われた土地と呼ばれる我が国へ差し出されるくらいなのだ、良い扱いを受けていなかったのだろう。


『ティアナ様は、神殿の外に出たことがほとんどないようでした。普通の果物ひとつをとても嬉しそうに、美味しそうに食べていらっしゃって……何より夜は毎晩うなされながら、涙されておりました。ファロン王国ではお辛い環境にいたのだと思います』


 同行させた侍女も、涙ながらに語っていた。


(……哀れだな)


 その上、彼女は我が国へ向かう道中、殺されかけたという。間違いなくファロン王国がし向けたものだろう。


「ファロン王国はどうかしています! 到底許されることではありません。本来なら、国家間の──」

「だが、証拠はなかったんだ。責めることはできない」


 捕らえてあった男達は魔法をかけられているようで、口を割ることはなかった。


(本当にティアナは駒として、捨てられたんだろう)


 だが、王国がここまでするとは思わなかった。手段を選ばないことを考えると、さらに警戒する必要がある。


 自国の問題だけでも手一杯だというのに、本当に厄介なことばかりだと溜め息が漏れた。


「あの聖女、本当に魔法が使えたのでしょうか?」

「……どうかな」


 襲ってきた男達を全て倒し、怪我をした者達を魔法で治療したのも彼女だという。


『聖女ティアナ様は本当に素晴らしい方です! 我が国もこれで安心ですね』


 先ほど執務室を訪れた騎士達は口を揃え、ティアナを褒め称えた。彼らの話の通りそれほどの力を持っているのなら、王国が差し出すとは思えない。


 何より彼女がまったく魔法を使えないというのは、確かな情報だったはずだ。


(まさか、ずっと力を隠していたのか?)


 だが無能だとあんな扱いを受けてまで、魔力を隠していたとはとても思えない。


 既にティアナとの契約は全て交わしており、今更聖女としての仕事をさせることはできないのだ。ひとまず彼女を見張っておく必要があるだろう。


『ティアナ様は、とても素敵な方ですよ。きっと民達に愛される、素晴らしい皇妃になると思います』


 彼女に対して、最低限の付き合いでいく気持ちにも変わりはない。ただ逃げられては困るため、不自由だけはさせないようにするつもりだった。


「それより、ナイトリー湖は本当に浄化されたのか?」

「はい。調査の結果、完全に元の湖に戻ったそうです」


 我が国で一番最初に「呪い」を受けた地とされるナイトリー湖は黒く濁り、動植物を死に至らせる瘴気や大量の魔物を生み出していた。


 だが何をしても改善しなかった湖が数日前、突如完全に浄化され、元の美しい湖に戻ったというのだ。


 まさに奇跡だとしか言いようがなかった。


(一体、何が起きているんだ?)


「民達は聖女が来たからだと言っているようです。あの無能な聖女はその頃、殺されかけていたというのに」


 バイロンは吐き捨てるようにそう言って、鼻で笑う。よほど彼女が持て囃されることが許せないらしい。


「湖についても、引き続き調査を進めてくれ」

「かしこまりました」


 帝国には他に四ヶ所、呪われた地が存在する。


 ナイトリー湖が浄化されたことから、他の地を救うためのきっかけを掴めるかもしれない。


 エルセが愛したこの国を、俺は必ず守っていかなくてはならないのだから。


「……聖女が来たから、か。本当にそうなら、彼女は大聖女にでもなれるんじゃないか」


 自嘲するような薄笑いと共に、そう呟く。



 ──まさか本当にティアナ・エヴァレットが関わっているということを、この時の俺はまだ知る由もない。

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