第10話
百年前にダンジョンと隔離地区が現れてから東京と国はその対策に全力を注いでいる。無論、日本以外のダンジョンを抱える国も様々な対策を行っており、破壊することは不可能というのを核をアホほどぶち込んだお隣さんが証明している。お隣さんという見本がいた日本は地道に人を送り込んで調査し、スタンピードが起きないように間引きするという、世界で主流の方法を採用している。
ダンジョンにしろ隔離地区にしろ、人が調査を行う以上資源というのが必要になってくる。水や食料、武器弾薬、深くへ行けば行くほどその量は必要になってくる。入り口からそんな荷物を背負って深くまでいくというのはあまり現実的ではなく、それ故にダンジョンにも隔離地区にも拠点というのが作られている。俺達が侵入した308号門から308号線を一キロほど、地図上は一キロほど進むと存在する旧江戸川高等学校が隔離地区内の拠点の一つだ。かつて不審者の侵入を防ぐ程度であった囲障は高く頑強に整備され、監視塔も備え付けられている。現在では一箇所しかない出入り口にはM2重機関銃二丁と全装甲型強化外骨格を装備した歩哨が2名立っている。歩哨を確認した燿は探索者の身分証を持った右手を挙げて近付いていく。
「308から稲継燿以下四名、入場を求める」
「残りの一名は?」
「電子生命」
燿が俺を軽く叩きながら言うと、歩哨に身分証を向ける。歩哨が身分証を一瞥するとすぐに門が開いた。距離方向がメチャクチャな異常地帯でも電波は問題なく通じるのは本当になんでだろうな。
ギギギと音を起てながら開く分厚い門を潜って中に入る。まず目に付くのは運動場だった所に置かれているデカいタンク、中身は液状魔薬で薬莢に入っている乾燥魔薬へと変える前の物だ。魔力濃度は乾燥魔薬の方が高く、物を動かすエネルギー源としては化石燃料のほうがよっぽど効率的だが、化石燃料や乾燥魔薬と違って火を投げ入れても燃えないから選ばれたのだろう。隔離地区もダンジョンも甘く見たら被害が洒落にならないのは外国が教えてくれたからな。
「ふと思ったんですけど、戦車とかなんでもちこまないんでしょう? いや、相応の理由があるんでしょうけど」
「もちろんそうだけど……探索者としてそれぐらい調べておこうよ」
ジト目の燿に二千花は目を逸らした。
「私も知らないから教えてほしいな。方面軍でも送り込めば多少おかしくても隔離地区ぐらいの面積なら制圧できるよね」
「大量の戦力を送り込むとそれに対抗するような化け物が出てくる、とされているからだな。日本は首都のど真ん中に現れたから慎重に動いたが、中国を筆頭に都市外に現れたところは大戦力を送り込んで龍だとかベヒモスとかにやられてる。そして日本の隔離地区で目撃されたことはない」
中国のスタンピード以降、早く潰さねばと動いた国が複数出た結果わかったことだ。数名単位の歩兵戦力程度であればとんでもない化け物は出てこないのも確認されている。だからフェンスで囲って隔離するという対策がとられているのだ。
「まるで意思があるみたいですね」
「そんなことを思うヤツが居るからアホみたいな宗教団体が出来上がるわけだ。生き物っぽいのは事実だが反射反応でも説明がつく」
「理解出来ない物に神秘を見いだすのは仕方がないことですよ。他人に迷惑をかけなければですが」
電子生命に信仰心は基本ない。信仰を持つ者がいるが相当な変わり者だ。だからといって他者の信仰心に口出すわけではないが、破滅思想的な新興宗教は理解出来なくて悍ましい……そういえばダークエルフで神道信者という変わり者が目の前にいたな。破滅的じゃないから特に思うことは無いが。
「そういえば、中に主要な宗教の礼拝堂があるらしい」
「……それって需要あるのかい?」
「上位の探索者はなにかしら信仰している割合が一般人より高いらしい」
燿が謎の豆知識を披露しながら元校舎へと入っていく。まぁ、元校舎とは言ったが増築と修繕と建て替えをやり過ぎて元校舎は欠片も残っていないらしいが。入ってすぐ目に入るのは美的センスの欠片もない実用一辺倒の案内看板だ。燿が言っていた礼拝堂、そして武器屋に食事処に宿泊施設と依頼案内所、そしてやたらデカい雑貨屋だ。かるく順繰り周り、貨屋の前につくと女性陣二人が興味深げに中に入っていた。デカい雑貨屋だが、デカさ以上に品揃えの豊富さというか濃さが際立っている。一般的な雑貨はあるにはあるが、それ以上に電子基板に配電分電盤、溶接用の設備に各種工具と色々置いてあるのだ。
「……なんでここの雑貨屋ってこんなデカくて品揃えがやたら豊富なんですか? 値段が高いのは分かりますけど」
「この元高校のように建物丸々一つを占拠している探索者チームがいくつかいるんだよ。当然業者呼べないから自分でどうにかするしかない」
「なんでわざわざ隔離地区なんかに拠点を作るんですかね?」
「そりゃ、態々門まで戻るのが面倒だからじゃないの?」
隔離地区の探索をメインで行っているのであれば悪い考えじゃない。役人が調べに来ないから土地代も所得税も固定資産税もないのだ。むしろ国からの支援もあるぐらいだ。
適当に雑貨を見ていると百地がすすっと燿に近付く。
「妙に見られているよ」
「そりゃ、目立つからね」
ダークエルフとハイエルフの探索者なんて珍しいにも程があるからな。ダークエルフは基本鈍くさいしハイエルフは山から出てこねえし。まぁ、このハイエルフは探索者じゃないんだが。
「まぁ、見られているだけなら我慢かな。手を出そうとするバカはまずいない」
「そうなのかい?」
「下手に騒いで出禁になったら困るからな」
ダンジョン前の砦は警察の管轄であるように、この施設は軍の管轄になる。出禁になったところで隔離地区に入れないわけではないが、軍の施設で補給を受けられないのは隔離地区探索に置いては多大な困難を背負うことになる。軍という組織であればこそ隔離地区に補給線を引けるのだから。
「ここは初めてかな?」
燿の発言を無視するように壮年の男が笑顔で話し掛けてきた。
「……」
「何か手伝おうか? 稲継燿君」
「何もいらない」
無視する燿を一切気にせずに男は続け、燿は盛大な舌打ちと共ににらみ返すように言った。
「何か困った事があったら声をかけてくれよ。大体この辺りにいるからね」
男は苦笑いするとその場を去って行った。
「知り合い? 名前知ってたみたいだけど」
「知らんよ。一方的に知られているだけ。魔術師と治癒術士は幾らいてもいいし、電子生命なんかは喉から手が出るほど欲しいだろうし」
俺と燿と二千花は探索者の中では割と有名だ。これは警察の管理する探索者の個人データの入手しやすさが原因だ。二千花と組む切っ掛けになったアプリケーションのような物があるらしい。今の主流は最初っからどこかデカいクランに所属することだから有望新人探索者にとって有用な措置であり、迷惑なのは俺達のような例外だ。文句言いにいけばクランに入るように丸め込んできそうだから行かないのだが。
「というか、普通に声かけてきたよね?」
「そりゃ、別に暴れたわけじゃない。親切心で声をかけて強引に干渉せずにすぐに去る相手を処罰する理由はないし。僕達にとって迷惑なだけで」
その辺りのさじ加減をしっかり弁えている辺り厄介極まりない。善性な奴ほど引っ掛かりそうだ。
「……二千花が引っ掛からないように確保しておいた方が良くないか?」
「うん、僕もそう思った」
「私が行ってきてあげよう」
百地はそういうと流れるように二千花のいるであろう場所まで進み、恐らく話し掛けられていたであろう二千花を問答無用で担ぎ上げた。二千花が困惑し、話していた相手も大分困惑しているのが見て取れる。
「蛮族らしい強引さだな……」
「いやまぁ、でもアレが一番確実だよな。僕にはできないけど」
恥ずかしそうに暴れる二千花をガッツリと抱えたまま悠然と歩く百地を見ながら、燿は悔しそうに言った。まぁ、身長じゃ二千花と殆ど変わらないからなぁ、お前。
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