生き物の世話

そうざ

Caring for Living Things

 ベランダで洗濯物を干すママに、一人娘のサヨちゃんが絡み付いている。

「アイちゃんはハムスターを三匹も飼ってるの。ヒマワリの種をカリカリッてして可愛いんだよっ」

 聞いているのか、いないのか、ママは無言で家事をこなす。

「それでね、ヒロ君ちには、こーんなおっきい犬がいて、フリスビーを投げるとさぁ……」

 洗濯物を干し終えたママは、そそくさと屋内に戻り、掃除機を掛け始めた。

「かずっちは、カブトムシのオスとメスと、それからインコとカエルと熱帯魚とぉ……」

 付きまとうサヨちゃんを余所よそに、ママは台所へ向かう。今度は食器洗いである。

「ねぇ~ねぇ~、ママってば~っ」

 ようやくママが口を開く。

「駄目なものは駄目。生き物の世話は大変なのよ」

 淡々とした口調だ。

「大丈夫ぅ、世話なんて超簡単っ」

 すると、突然ママが動きを止めた。

「毎日決まった時間に餌をあげて、うんち、おしっこの始末をして、いけない事をしたら叱ってっ、病気になったら看病してやってっ、本当にあんたに出来るのっ?! ママは毎日毎日忙しいんだから、絶対に手伝わないわよっ!」

 ママの口調はどんどん荒々しいものになって行った。

 すっかり萎縮したサヨちゃんの脳裏に、パパの顔が浮かんだ。しかし、出張続きのパパは滅多に家に帰って来ない。忙しさを理由に家の一切をママに任せ切りにしていて、とてもサヨちゃんの味方をしてくれそうにない。サヨちゃんは項垂うなだれるしかなかった。

 その時、奥座敷の方から、か細くも明け透けなうめき声が聞こえた。ママがびくっと身を震わす。手から滑り落ちた皿が床で砕けた。

 ママは大きく舌打ちをし、唸るように独り言を吐いた。

「……ったくっ、さっき食わせてやったのにもう忘れてっ!」

 その顔は、普段サヨちゃんには見せない嫁のそれに変じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生き物の世話 そうざ @so-za

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説