沖縄でスキューバダイビングをした話

渚 孝人

第1話

気軽に旅行が出来ない時代になってから、一体どれだけの歳月が流れたのだろう。みなさんはかつて、ある程度お金があれば誰でも旅行に行けた時代があったことを覚えておいでだろうか?実のことを言うと、僕はとっくの昔に忘れかけている。そんな自由な世界があったなんて、まるでどこかの国のおとぎ話みたいだ。もっともこの一年、県内からほとんど出ることなく、ただ毎日家と仕事場を往復して生きてきたのだから、こうなってしまったのも致し方あるまい。まさしく仕事バンザイである。でも、果たしてそれでいいのだろうか?人は本来、自由に翼を広げ、太陽の優しい光を浴びて、大空へ羽ばたいて行く生き物ではなかったのか?


もしかしたらそれは幻想だったのかも知れない。聞くところによると江戸時代、庶民には厳しい移動制限が課せられていたというではないか。ならばこのコロナ渦というのは、かつての世界に戻っただけと言えるのかも知れない。ただ、一度自由の味を知ってしまうとそれを中々忘れられないのが、人間という生き物の困ったところである。ではそんな時はどうすればいいのだろう?現実的に旅行が自由に出来る世界なんて、まだまだ来そうにないではないか。


そうだ、書き記すのだ。文章にして書くことで、かつての素晴らしい(?)記憶を思い出すのだ。そうすればその思い出が、きっと僕を、そして見知らぬ誰かを、そっと温めてくれるかも知れないではないか。


そんな取りとめのないことを考えている時に僕の頭に浮かんできたのが、数年前1か月ほど沖縄にいた時の出来事だった。季節は6月、本来なら沖縄にはバンバン台風が来る季節であるが、その年は運が良かったのか割と晴れの日が多かった。

僕と一緒に沖縄を訪れていたのは、同僚のAとBだった。実は、2人とも沖縄に行くことについては元々乗り気ではなかったのだが、沖縄は人生の楽園だ!と何とか説き伏せることが出来たのだった。(コロナ渦がやって来て、彼らは僕に感謝しているに違いない。)

沖縄に来た本来の名目は仕事だったが、実のところ研修とは名ばかりで、大体午前中には予定が全て終わってぶらぶらしている毎日だった。そんな中楽しみにしていたのが、スキューバダイビングのライセンス取得だった。


スキューバダイビングのライセンスというと、難易度によってどうやらピンからキリまであるみたいなのだが、僕らが取ろうとしていたのは何とたった2日講習を受ければいいという、かなりお手軽なものであった。その代わり講習が始まる前に、水中でのルールだとかについての学科試験をクリアしなければならないということで、事前に分厚いテキストを渡されることとなった。

僕は午前中の仕事をさっさと切り上げて川沿いのカフェに向かい、優雅にカプチーノを飲みながら青いテキストを開いた。ふむふむ、なるほどねーと思いながら読んでいたのだが、これが中々分厚くて読み終わらない!講習が始まるまでの日々はあっという間に過ぎ去り、テキストを半分ほどしか読んでいないうちについに初日がやって来てしまったのであった。

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