第29話 共和国軍の来襲⑤

 国境をバサナ側に越えて暫くすると、視界と足下が黄砂に覆われる。

 また全面的に過ごしやすい気候のプロキア地方と比べて、温暖差が非常に激しく水も植物も育ちにくいのがバサナ地方の特徴だ。


「ファーッハッハー、大、勝、利ー!! 命もあって丸儲けやわぁー!!」


 そんな砂漠地帯の中で、アリ獣人ニュートが持ってきていた回復精の小瓶のおかげで元気を取り戻したトシキが、小人たちが引く台車の上で勝鬨かちどきを上げていた。


「けどよ、よく見たら遺物ドロップアイテム抜き取られてんじゃねえかこれ。残ってんの肉だけかよ!?」


「武器や防具を使わんお前にゃヒミツにしとったけどな、バサナでは遺体レリックメイルのほうが価値あるんやで?」


 植物の育ちにくいバサナに住む人々は、息絶えた後のマナ化を防いで肉を食べられないかと考えた。

 こうして数百年にも及ぶ試行錯誤を重ねた末にマナ化防止の技術を開発した。

 そして入手できた爪や牙、皮や鱗などを武具に加工する風習、遺体を『レリックメイル』と呼ぶ文化が生まれたのだという。


「嘘だろ、何で教えてくれなかったんだよ!」

「いつまでもバサナ語覚えんからやろボケ! 俺が雑務全般やっとるのやぞ!?」


「そうだリ。コイツ馬鹿だから嫌いだリ」


「おい、なに言ってんのか今はわかるからな」


「ゲ、翻訳指輪つけてるリ」


「手癖悪いリ。やっぱ大嫌いだリ」


 アリ獣人たちは呆れた様子で、転生者であるはずのサラをコケにしていた。

 そうこうしているうちにオアシスにそびえるバサナの都へと到着した。正門に着くと同時に、まだ身体の大半が折れているにも関わらず勢いよく着地し、号令をかけた。


「トシキ・ヒムラ様のお帰りやでー。お前ら、ええもん貰うて来たでー!!」


「わぁ、ドラゴンの肉だー!!」


「爪も牙も鱗も、こんなに……お見事です、トシキ様」


 トカゲやイルカの獣人の子供たちがはしゃぎ回り、カメの老人が感服する姿を見て、関西弁の転生者はダハハと豪快な笑い声をあげた。


「おうおう、もっと褒めてやー。お前らも、ようけ食って大きくなりやー!」


「うんっ、トシキ様みたいに強くなる!!」


「お前さんらもええ仕事しとったで、肉も鱗も多めに持ってけやー!」


「トシキ様のそういうとこ大好きだリ!」


「働いた甲斐があったリ!!」


 こういった気前が良く人情に厚い性格もあって、トシキは女子供から人気があった。

 バサナ共和国では個の強さが重んじられ、またトシキ以上の猛者も多かったが、それでも民衆は彼を英傑と讃えていた。


「んで、クングルーはんは何処におるん?」


「はい、今はシンヴァ王の側に居るかと」


「おう、そんじゃ俺の武勇伝でも聞かせに行きますかね、っと」


 そうプロキア遠征を命じた人物を求めて、宮殿の中へと入っていった。

 中へと入り従者に荷を運ばせ、廊下に入ると同時に周囲を見渡す。

 そしてサラと二人きりになったことを確認し、真剣な面持ちで口を開ける。


「サラはん。折り入って頼みがあるんやわ」

「んだよ人気者」


「俺の報告に合わせてくれへん?」


「はぁ!? おま、手柄独り占めする気か」


「頼む」


 いつも冗談ばかり言う男が真面目に向き合う姿を見せられ、サラも思わず気まずそうに目を逸らす。


「……わーったよ。アタシ今回まったくダメだったしな」


「助かるわー。俺の男前あげるの手伝ってくれて」


「やっぱそうじゃねえか!!」


「おい、そろそろ王の御前であるぞ」


「口を慎み、整列したまえ」


 他愛もない雑談を繰り広げていた二人を、黒犬と白犬の門番が嗜める。

 言われるがまま整列し直し、王室への扉が開かれると、その先には玉座に座る屈強なライオンと、黒いカラスの側近が立っていた。


「よくぞ戻った。我が愛しき同胞よ」


「ただいま帰還しましたー、シンヴァ王ならびにクングルーはん」


「ライオンのおっちゃん! 肉食いてえ肉!!」


「いつもいつも、お前はそれしか頭に無いのかァ!!」


 クングルーと呼ばれたカラスの獣人が、杖をサラに向け無礼を咎める。


「まあ良いでは無いか。して、成果の程を聞かせるがよい」


「おおっと、ほんなら俺の武勇伝でもお聞かせいたしましょか」


「ったくマジでコイツはよ……」


 本当に手柄を横取りされそうになり、サラが舌打ち混じりの独り言を呟く。

 そしてトシキが両手を前に広げ、ゆっくりと口を開く。



「っ!?」


 その流れで手を横に広げてやれやれと言った様子で首を振り、

 サラが思わず虚偽報告の是非を問おうとしたが、報告に合わせろと言われていたため、すぐに平静を取り戻して咳払いで誤魔化した。


「ハァ!? バサナの中でも猛者を集めた軍勢が負けたァ!?」


「……ならば龍の遺体はどう説明する」


「あれは俺が泣いて土下座して、お情けで譲ってもらったもんですわ。もう攻めないんで堪忍してや〜言うてね」


「ふむ。もしや、勇者ジークと遭ったのか」


 シンヴァが身を乗り出すようにして、プロキアの最強戦力についてを問う。

 その名を聞いた瞬間、勇者にトラウマを植え付けられたサラの表情が曇ったのを見て、王は大体を察して腰を掛け直した。


「まあ勇者ジークは勿論のこと、他にも強いのが居てはってね。それらが前線でウヨウヨおるんで、他にもヤバいのが控えてるんやないでしょか」


「して、どれくらいの戦力なら攻められると考える」


「あと俺レベルの転生者を五十人召喚すればええんとちゃいます? ほんでも異世界召換術式って、一ヶ月に一回まででしたっけ?」


「やはりそうであろうな……よく生き残り、報告してくれた」


 まるで少し安堵したかのように、シンヴァがふぅと一息ついた。


「馬鹿な、獣の血を引かぬ人間に我らが負けるなどあり得ないィ! そんな劣等の血を絶やさずして」


「やめんかクングルー! 今回でわかっただろう、侵攻は」


「……へェ。プロキアってのは、そんな強ェ奴がうじゃうじゃ居んの?」


 侵攻を命じたカラスがギャーギャーと騒ぎ、ライオンがそれを咎めようとする。

 だが騒ぎを聞き、トシキの後ろから、茶髪をウルフカットにした、捕食者のオーラを纏う少年が姿を表した。


「シ、シノハラはん……」


「なに。オレが質問してんだけど」


「お、おぉ。せやから攻め込んだらバサナが負けるっちゅう話で」


「へェ、やっぱそうか!!」


 それまで退屈そうな表情をしていたキョウヤに生気が宿り、狂気を孕んだ笑みを浮かべる。


「この国には飽きてたんだよ。オレより弱ェ奴しか居やしねェ。けどプロキアは違うってなァ!!」


(あかん! シノハラはんは、自分より強え奴を負かすのが大好きな戦闘狂。侵攻を辞めさすどころか逆効果やんけ!!)


 目論見の外れたトシキを知ってか知らずか、戦闘狂はライオンの王へと詰め寄る。


「おい、百分の一獣の王サマよぉ。いつになったら、オレにプロキア攻めさせてくれんの?」


「だ、だから攻められるよう慎重に検討を重ねて」


「それ何時までもやらねェってことじゃねェか!!」


 そのままハイキックで玉座ごとシンヴァを吹き飛ばす。

 冷や汗混じりに恐怖を顔に貼り付けていた百獣の王は、されるがままに吹き飛ばされ、力無く倒れた。


「この国では古来より強さが絶対。だからテメェの椅子はお飾りなんだよ」


「やめぬか。戦争は、いけないのだ……!」


「キョウヤ様ァ! ワタクシめはプロキアを攻める算段が付いております!」


 転生者たちにプロキア偵察を命じたクングルーが、好機とばかりに叫ぶ。


「ってことなんだろクングルー。ちっとプロキア滅ぼしてくるわ」


「お、おォ、そりゃ頼もしや! でしたらバサナの精鋭部隊も」


「いらねェ。ハエが群れたところで変わんねェ」


「ハ、ハエェ?」


 自国の軍隊をハエ呼ばわりされた側近は、豆鉄砲を食らったかのような表情を浮かべて黙り込んだ。

 そして、キョウヤが獲物を捉えた肉食獣のようなオーラを放ちながら、ゆっくりと王室から出立する。


「楽しみにしとけや。テメェらは生まれながらに雑魚だったってこと、思い知らせてやんよ」


 プロキア王国に、厄災にも等しい転生者インベーダーが迫っていた。

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