第27話 共和国軍の来襲③

「……え。ここは」


 目を覚ましたヒロは、高校時代に入っていた学生寮の中に居た。

 優秀な兄と妹ばかり贔屓していた両親は、不出来な尋の学費は一銭も払わないと宣言していた。

 そのため親元を離れ、真央の両親の紹介で入ったバイトと奨学金で学費を賄いながら寮生活を送っていたのだ。


「確か装備を使いこなせなくて、吹っ飛ばされて頭打って……」


 先ほどまでゲームのような異世界に居たはずで、鏡を見ても赤い髪と瞳のままだった。

 だが高校の制服を着せられていたため、今の状況が分からず混乱していた。


「尋くん尋くんっ」


「え。真央?」


 そんな中、部屋に幼馴染の真央が入ってきた。艶のある長い黒い髪をハーフアップに結んだ、清楚で可憐な雰囲気の少女だ。

 アルテンシアで行方不明になっていたため、思わず尋は肩をがっしりと掴み、問いただす。


「生きてたの、てか今どこに居るの、そしてなんで俺の部屋!?」


「うえぇ、なに言ってるの?!」


「あ、え……?」


「ここは尋くんの部屋で、いまは大掃除の途中でしょ。んで、わたしはお掃除超苦手だから、尋くんにお願いしに来たんだって」


「あー……お願いも何も、もはや毎年のことだからなぁ」


「いつもありがとね〜」


「まあ、俺に出来ることをやってるだけだしね」


 にへへと無邪気に笑みを浮かべる幼馴染に、尋も微笑みを返す。


「んでさ、わたしもちょっと片付けてたらさ、こんなの出てきたんだよ!」


「……いちおう聞いておこうか」


「なんだね尋くん」


「真央の部屋、今どれだけ散らかってる?」


「へぇ!? け、決してホコリと紙の楽園が出来てる、なんてことは無いよ!?」


「あ、うん。大体わかった」


「わかってない! それ絶対わかってない!!」


 彼女は全力で否定していたが、案の定その年の真央の部屋はゴミ屋敷のソレになっていた。

 真央は文武両道才色兼備と言われるが、致命的に家事が出来ない。尋の家事スキルが高い理由のひとつも、彼女の弱点を支えるためだった。


「こ、こほん。それでね、昔描いた絵が出てきてね〜」


「おっ、懐かし。この歳から『ぼくのかんがえたさいきょうのそうび』を考えてたんだ、俺ら」


「言い方!?」


 真央が酷い言いように思わずツッコミを入れる。


「でも憧れるよね〜。こんなのあったら無敵なのにな〜、っていう強い武器とか」


「まあね。だから一緒に考えるのも楽しかったし」


 彼女が広げた画用紙には、それぞれ赤、青、緑、黄、紫色をした五体の英雄の姿が描かれていた。

 そして、その横に黒いクレヨンで特徴が羅列されていた。

 すごくつよい、まほうがつかえる、なんでもなおせる、、ぜったいしなない。

 これが、幼い頃一緒に考えた最強の装備のようだ。


「いつか尋くんが、こんな装備を着て悪い奴をやっつける姿を見たいなって。それが、わたしの夢」


「……そうだね」


『ヒロ! 起きて、ヒロ!!』


 しみじみと夢の話を広げていると、何処からかジークの声が響き渡った。

 目的を思い出した尋の姿が、気絶する前に着ていた狩人の最強装備へと変わってゆく。


「やべ、そろそろ行かなきゃ」


「うん」


 そして別れ際に真央が、ヒロの顔に額を重ねて――



「え――」


 エールを送ると同時に、部屋が光に包まれた。


〜〜〜〜〜〜


「――ロ、起きて。ヒロ!!」


 目を覚ますと、白い毛と心配そうに身体を揺らすジークの姿があった。


「……真央?」


「性別から違うじゃん。ジークだよ」


「それに、あの白い狼も……」


 白い狼はヒロの顔を枕代わりにして、スヤスヤと眠っていた。


「装備、消えてないんだな」


「らしいね」


 味方の無事を確認して一息ついた後、ジークは鋭い眼光をヒロに向ける。


「ねえ、どうしてモンスターと一緒に居るの」


「ああ……助けて貰ったんだ、何度も。いまは、灰の村を守ってもらってたはずなんだけど」


「――灰の、村を?」


 クルトからの手紙で知ったことを話した途端、ジークは歯を鳴らし、表情を曇らせてゆく。


「ふざけるなよ。モンスターは一匹足りとも生かしてはおけないってのに」


「待って、コイツだけは良い奴なんだ! それに――もしかしたら」


「問答無用!!」


「ぅおっとぉ!?」


 怒号と共に、雷のような剣戟がヒロを襲った。

 不意打ちの形であったがギリギリでかわし、ヒロも弓を向ける。

 狼も殺気を感じたため身体を起こし、役目は終わったと言わんばかりに颯爽と逃げ去っていった。


「……逃げ足だけは速いようだね」


「急に何すんだよ! 俺は味方」


「モンスターを庇うなら、ヒロだろうと容赦しない!!」


「いまは共和国のアイツが相手だろ!!」


 ヒロの必死な叫びを受け、プロキアの勇者が我に返る。

 そして渋々といった様子で剣先を下ろし、敵国の転生者へと顔を向ける。


「……そうだね。確かにまずはそっちだ」


「何があったかは聞かないからさ。アイツ追い返してやろうぜ」


「何や。仲間割れしてくれるんとちゃうんか?」


「生憎、いま終わったよ」


「あちゃー。つまらんのう」


 あーあ、と言った様子でわざとらしく手を額に当てた。


「それで、どうやって倒す? 正直、僕は策がまだ思いつかないし、ヒロの装備も」


「いや、使い方はわかった。この装備は、めちゃくちゃ速くなれるみたい」


「なるほど。でも、相手は」


「大丈夫。既に勝機は見えた!」


 ジークが言い切るよりも早くヒロがスタートを切る。

 周囲に突風が巻き起こり、残像を残して視界から消えた。


(速っ!? けどな)


「イノシシみたいに突っ込んできおって、アホがぁ!!」


 目の前でスピードが緩まった隙を見て、トシキが亜空間をぶつけようとした。

 だが触れる直前、ヒロの姿は一瞬で消えた。


(なにが起きたん!? それに、後ろから何かで撃たれよった!)


 ヒロが消えたのと同時に、太ももを撃たれた感触がトシキに走る。

 目をやると、それは魔力を凝縮して練られた光の矢だった。

 狩人はただ弦を引くだけで、光速の矢を放っていたのだ。

 そしてトシキの周りを、高速に動くことで出来た残像で囲い、八方から光の矢を放つ。


「着いて来れるか?」


「ウロチョロ、ウロチョロ。ウザいんじゃあ!!」


 怒りを込めて周囲に亜空間を展開する。

 すぐさま残像は全て消え去ったが。


「流石にその攻撃は魔力の消費が大きいみたいだな。息が上がってるのがその証拠!」


「意趣返しのつもりか、おぉ!?」


「それに、範囲が広がれば広がるほど、老化の速度は遅くなる!!」


 ヒロは荒地に生える雑草の枯れ具合に着目していた。

 トシキから離れれば離れるほど、雑草の枯れるスピードが遅くなっていたのだ。

 そのためバックステップを踏んで距離を取り、亜空間の薄い状態で光の矢を放ち、両足、両手を地面に縫い付けることに成功した。

 そして掌の範囲に触れない角度から顔を出し、弓を突きつける。


「チェックメイトだ。諦めな」


「……強いわ、認めたる。ほんまに装備出したら一瞬で戦況覆りよった」


「もう終わりだ。兵士の皆さんを元に戻して投降しろ」


「アホ。足元見てみぃ」


「なっ!?」


 ヒロは指摘されるまで、地面から薄く亜空間が伸びていることに気が付かなかった。

 段々と脚の筋肉が衰え力が入らなくなり、そのまま倒れかけてしまう。

 

「チェックメイトはお前のほうじゃあ!! これでジワジワ老化してミイラになってまえぇ!!」


「クソッ! もうアイツの頭を撃ち抜くしか」


 腹を括り、敵の頭を撃ち抜こうとしたとき。


「え?」


「は?」


 暴走した魔術四輪が、二人のすぐ側まで迫っていた。


「ブレーキが! ブレーキが効かんのだああああああ!!」


 そのまま運転席に座るサリエラが踏み切り、ガソリンでは出ないようなスピードで転生者たちをね飛ばした。

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