第22話 伝説の煌龍③

「先生、お疲れ様です。丸つけたテスト、机の右側にまとめておきますね」


 植草健の世界は常に闇色だった。

 せっかく腹を痛めて産んだ子供が全盲だったと知った母は、健を置いて闇に消えた。

 それから猛勉強を重ねて中学教師となった彼は、同僚からも生徒からも保護者からも、かろうじて表露しない程度の悪意を向けられ続けた。

 そのため彼が心を許せるのは、健気に生きる観葉植物だけだった。

 ……ただ、一人の生徒を除いて。


「ありがとう。君は本当に優しいな」


「当たり前のことをしているだけですよ」


 それは、健が担任するクラスで理科係をしていた少年だった。

 人一倍優しく儚い彼は、周りから常に暴力を振るわれていた。


「本当は、もっと授業に集中するよう呼びかけなきゃいけないんでしょうけど……」


「わかっている。こうして手伝ってくれるだけでも嬉しいよ」


 だからこそ、困っている人を見捨てられない彼は、唯一理科係に立候補した。

 それを見た一人の少女も手を上げたのだが、誰もが忌避していた手伝いを率先して引き受けてくれたことが、健は何よりも嬉しかったのだ。


「それに、こんな俺の勉強まで見てくださるので、ますます手伝わないわけにはいきませんよ」


「君が私の授業を聞いてくれるからね」


「尋くん、わたしの仕事は終わったよ〜」


「ほら、城山さんが迎えに来たぞ。たしか、彼女と同じ高校に行きたいんだっけ?」


「はい。なので、すみませんが」


「ああ。その代わり、またサボテンカレー作ってくれよ?」


「もちろんです。ありがとうございます!」


 健は教師として、彼に直接勉強を教えた。

 亀の歩みだったが、下から数えた方が早い成績は段々と上がっていった。

 いつの間にか、そんな彼の純粋な夢を支えることが生き甲斐となっていた。


(難しいところだが、きっと彼なら受かるだろう。私の見込んだ、自慢の生徒なのだから)


 常闇の世界に光明が指す。

 これから人生は好転するんだ。


 ……そんな期待は、悲鳴とクラクションにかき消された。

 強い衝撃と共に覚えた身体が宙に舞う感覚を最後に、健の意識は永遠の闇へと落ちていった。


〜〜〜〜〜〜


『此処はアルテンシア。貴方は元の世界で死に、転生したのです』


 目を覚ました先で、太陽のように輝く龍が語りかける。


「お前は何者だ。なぜ輪郭を掴める」


『私は太陽の化身。人々は……アウレオラ、と呼んでおります』


「家に帰らせてくれ。サボテンの世話をしなければならないのだ」


『叶いません。貴方の魂は既に、元の世界には帰れない』


「魂など非科学的な。私を納得させたければ学術論文を持ってくるがいい」


『……納得してくれませんか』


 煌龍が両翼でタケルを包み込み、祝福した。


「目が、見える……?」


『取引です。私は貴方に光を与える。代わりに』


 そう、瞳孔の揺れるアウレオラが、光を手に入れた転生者へ頭を下げる。


『私が狂ったとき……どうか、生きられるよう支えてくださりませんか』


〜〜〜〜〜〜


 タケル・ウエクサは神殿の祭壇で、煌龍の怪我を治すべく祈りを捧げていた。

 奥には様々な木々が生え、中にはヒロも見覚えのある、果実に治癒効果のあるヤックの木も見受けられた。


「お久しぶりです。植草先生」


「……本当に、中嶋君なのか?」


「……はい」


 ヒロが頷くと、互いに目を背ける。

 置いていかれたミライ達が追いつくも、2人は全く意に介さず続ける。


「俺、先生のおかげで真央と同じ高校に行けました。でも」


「ならなぜその歳で死んだ!」


 普段みせない口調でタケルが怒りを吐き出す。


「君は目指していた高校に行けた、それを聞けただけでも嬉しいさ!」


「だけど、何ですか」


「それなのにすぐに死ぬなんて、おかしいだろう!」


「……」


 俺だって死にたく無かった、とは言えなかった。

 喉の奥で言葉が突っかかり、震えながら代わりの言葉を吐き出す。


「大地震が起きたんです。俺だけじゃない、真央も、みんな」


「っ!」


「だから俺は真央を探さなければいけないんです。先生、なにか知って」


「ふざけるなよ」


「えっ?」


 負の感情混じりに額を抑えていた手が、髪をたくし上げて瞳にこもった憎悪を表露させる。


「城山のものではない。中嶋君は私のものだ」


 そして呪詛のような狂った愛を吐露し出した。


「ずっと思っていたのだ。なぜ女なのだ、と。なぜ。おかしいだろう、生物学的に考えて」


「ちょっ、なに言ってるんですか。俺は男で」


「君は私が唯一惹かれた! だから女だ!!」


 そう叫ぶと同時に両手を床につけ、緑色の光を放つ。

 すると太く頑丈なツタが根のように這い、ヒロの身体を縛りつける。


「植物の能力!?」


「中嶋君! 私と結婚しろ!! そしてアウレオラの巫女となるのだ!!!」


「転生して気でも触れたんですか先生!?」


「茶番は終わりだ!」


 狂気の形相でヒロに求婚するタケルを見ていられなくなったジークが、雷を纏わせた剣を振るい、赤髪の少年を解放する。


「大丈夫!?」


「な、なんとか……貞操が大丈夫じゃなくなりそうだったけど」


「馬鹿なこと言ってないで。アウレオラも来るよ!」


 朝方、ヒロに付けられた傷を癒すために眠っていた煌龍が目を覚まし、咆哮をあげる。


「あ、あの球!」


「連れ去られた者たちは無事のようだな。奪還するぞ!」


 煌龍が起き上がったため、腹の辺りに覆っていた生贄の球が露わになる。

 それを奪還すべく魔術を放つが、まるで無敵の鎧を彷彿とさせる黄金の鱗が全て弾き飛ばしてしまう。


「ヒロと同じ属性でも弾かれるの?」


「やはり火力が足りないか!!」


 そのためサリエラがダメージを増幅させるべく、陽属性と相反する雷属性の魔術を放とうと、呪文を唱え始める。

 対して煌龍も、口に光を溜めて熱光線を放つ準備を始める。


「水風融合・術式転記・天象理論展開!」


雷霆らいていよ走れ!!』


第五位雷魔術ソロネ・ドネーラ!!」


 サリエラの詠唱が終わると同時に、ミライも翻訳した第五位雷魔術ソロネ・ドネーラを放つ。

 また、煌龍も同時に光線を放ち、互いの魔力が激突する形となる。


「押されてる!?」


「ミライ、支えていろ! 防御に切り替える!!」


 相反する陽属性と雷属性の攻撃がぶつかると、威力が高い方へと軍配が上がる。

 そのため、アウレオラの熱光線が2人の魔術を上回り、そのまま凄まじいエネルギーで押し切り、焼き払う。


「はぁ、あぅ、ぁあああああっ……!」


「あっぶなぁ、あと少しで黒焦げだった!!」


 何とか直前で、サリエラが防御術式を展開して受け流すことに成功したため、目を見開きながら安堵した。

 そのため二人の両側の、噴火にも耐えうる木材で出来た床が完全に焼け焦げていた。


「安心している場合かね?」


「チィッ!!」


 すかさず、タケルが発生させたスタークウォルドの根が襲う。

 対するサリエラも杖に風の魔力を込め、棍のように回して振り払う。


「やめてください先生、あれは俺の仲間なんです!!」


「ならば私の敵だ。違うかね?」


「そういうこと、らしいね!」


 ジークがヒロの後ろから飛び出し、剣に雷の魔力を込めてタケルへと振るう。

 しかしそれを何重にも重ねられた太い根で受け止めると、二度と剣を振れないようさらに根を張り巡らせて固定しようとする。


「剣がなくても、拳がある!」


「ならば受け止め、生命力を吸わせてもらおう」


「……まあ、お前の注意を逸らせただけでも上々ってとこかな」


「っ、中嶋君は!?」


 ヒロはジークが飛び出す瞬間、ある指示を耳打ちされていた。

 煌龍を斬れ。

 それを受け、タケルの注意が逸れた瞬間にスタートを切り、煌龍の前に躍り出る。


「おい!」


 そして立ち止まると同時に叫んだ。


「お前は守るべきプロキア国民をイタズラにさらって、さらに城下町までボロボロにして……罪の意識は無いのか!!」


 その突拍子もない行動に、周囲がしーんと静まり返った。


(それ、今……しかもモンスター相手に聞くこと!?)


「はは、やっぱり中嶋君は変わってないな! 結婚しよう!!」


「しません!! って危ねえ!?」


 注意が逸れたせいで龍の尻尾にしばかれそうになるが、なんとか下に滑り込み回避した。

 その勢いで『戦士装備レッドフォーム』を顕現させ、龍の腹めがけて緋色の剣を振りかぶる。


「はァッ!!」


 そのまま煌龍の腹を横一文字に薙いだ。

 と、思われた。


「手応えがない……!?」


 ヒロがつけた傷は、あまりにも浅かった。

 煌龍の表皮に生えた透明のが、戦士の斬撃を和らげたためだった。


「グァアオオ!!」


 隙を見せたヒロを腕で押し潰そうとするが、咄嗟に盾を構えて防ぐ。


「くっ、朝よりも力が……!」


 しかし煌龍の力は増しており、そのまま押し潰そうと更に力を強めてくる。


「ヒロ、光線が来る!」


「助けたいが、根が邪魔だ!!」


 押さえつけた少年に向けて、龍は熱光線を放とうと光を溜める。

 ミライとサリエラは行く手を阻まれ、またジークもタケルに止められている。


「聞かせろ。なんでお前は人を傷つける! 罪のない人たちをこんなに連れ去るんだ!!」


 ヒロが必死に何故と問う。

 だが、返ってきたのは問答無用と言わんばかりの熱光線だった。


「――そうか」


 蒸発する間際だからか、時間がゆっくりと過ぎてゆく。

 しかし、ヒロの目は死んでおらず。


「お前は、命を軽んじた」


 よりギラギラと燃え激っていた。


「グオオオオオオ!?」


 光線を放つ煌龍の視界に紅色の塊が迫る。

 ヒロは盾を投げ、光線を防ぐと共に攻撃を仕掛けていた。

 だが相手は伝説の煌龍、さらに光線の勢いを強める。


「真正面からブチ抜いてやる」


 押し返されようとしている盾を、逆側から剣で突き飛ばす。

 勢いの増した盾はそのまま煌龍の口へ覆い被さり、逃げ場の無くなった光の魔力が膨張し、そのまま爆発した。


「ギャアオム!?」


「今だ!!」


 その隙に、人質の捕らえられた光球を奪還し、そのままミライ達の方向へとシュートする。

 それを受け、サリエラが魔力の網を張り、そのまま自分たちの背後へとゆっくり転がして避難させた。


「ナイシュー、だな!」


「そっちこそナイスキャッチ!」


 怒り狂った煌龍が暴れ、またタケルの攻撃も苛烈さを増してきたため、一行は一時撤退を選択して入口へと走る。


「中嶋君。逃げられると思ったか?」


 しかし司祭が木材を急変形させて入り口を完全に密閉したため、逃げ場が無くなってしまう。


「いちど作戦会議をしよう。あっちも、回復まで時間がかかるだろうし」


 ジークが指を差した方向には、顔がボロボロになった煌龍と、生傷を負ったタケルが居た。

 しかしタケルが生やした薬草を煌龍の光が急速に育て、それをもとにみるみる体力や魔力を回復させ、また傷も完治させてしまった。


「そんなのアリかよ……」


「でも、煌龍単体なら何とか出来る。ヒロの装備なら攻撃が通るしね」


「だけど植草先生が生やしたコケのせいで、相当厄介になっている。なんか力を強くできる植物も付いてそうだし」


「それにアウレオラのおかげで光合成をして急速にマンゲツソウやヤックなどが育ち、食べられてしまう。おかげで体力も魔力も実質無限みたいなものだ」


「能力の相性が良すぎて、永久機関が完成してる……!」


 どうしよう、と混乱するミライを横目に、ジークは冷静に提案する。


「二人ずつ分かれて相手をしよう。分断して能力のタイミングをズラせば幾分かは楽になるはず。僕がアウレオラを」


「なら俺に煌龍をやらせてほしい」


「やはり奴に対して一線は越えられない、か」


 サリエラは最終試験の後、ヒロの命の線引きについて聞いていた。

 そのため、ヒロが煌龍を相手にするのだろうと薄々感じていた。


「いや、僕が……なら僕もアウレオラを」


「らしくないな。普段なら、前衛と後衛を一人ずつにしたがるだろう?」


「それは……」


「意を汲んでやってくれ。でなければヒロは剣を振れず、我々が全滅しかねない」


「……わかった。モンスターは任せる。その代わり」


 ジークが目配せをすると、ミライがキョトンとした表情を見せる。


「翻訳の子は僕が貰う」


「え。私?」


「一瞬で魔術を唱えられるから、戦略を組みやすい」


「ああ。ヒロは任せておけ!」


 元気よくサリエラが返事し、杖を構え直す。


「こうして二人で戦うのは初めてだな!」

「期待しかないな、最高だ」


 そう自信に満ちた笑みを返し合うと、真剣な面持ちに変えて煌龍へ向き直す。


「さあ、邪龍退治と行こうか!!」


 応、という掛け声が、神殿に響き渡った。

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