感情とはパワーなのだ!

青い夕焼け

第1話

国王は困っていた。


百年も前、世界を恐怖のどん底に突き落としたとされる魔王。

その封印が三年前に解かれてしまったからだ。


魔王復活により、魔物は活発化。

凶暴性の増した魔物たちによる被害がここ最近後をたたないという報告があがってきている。


「はぁ」


ぺらり。

積み上がった書類に目を通す。


街を守る防壁が魔物によって壊された。

村の家畜を魔物が根こそぎ襲って食べてしまった。

大事な一人娘が攫われた。


大事な国民が、守るべき国民が。

悲痛な叫びを上げている。


「国王様……このままでは」


宰相が不安そうな顔をしている。


しかし国王にはどうすることもできない。

復活した魔王は強く、並み居る冒険者たちでも歯が立たないとの報告がいくつもあがってきている。

どうすればいい。

このまま泣く泣く魔王の好きにさせるのか。

愛する国民達の悲鳴をただ聞いているしかないのか。


その夜国王は礼拝堂を訪れ、祈った。

巨大な女神を象って作られた像へ願いと懇願の気持ちを込めて。


すると月の光が指したのか、あたりが光り始めたではないか。

しかし窓から入る月の光ではこれほどまでに明るく光ることはない。


困惑する国王の頭上に信じられない光景が広がっていた。


『真摯に民を思う人の王よ』


巨大すぎる白銀の翼を携えたこの世のものとは思えないほど美しい存在がそこにはいた。


「女神……?」


その翼を動かすことも、風で浮かび上がっているわけでもなくそのまばゆいほどの存在感を放つ女性。

まさに女神を具現化したとしか思えない姿だ。


女神と思しき女性は国王へ向けて言う。


『魔王が復活したことはわかっています。このままでは魔王を抑えることができず周辺国はすべて滅び、やがてその魔の手はこの国をも飲み込むであろうことも』


女神はその悩ましい表情を見せる。


『しかし安心なさい、この女神がそんなことはさせません』


その言葉の直後、女神がおびただしいほどの光をその身から放った。

放った光は国王の直ぐ側の床へと向かい、そのまばゆい光はまたたく間に複雑な模様を型作った。


「女神様、これは一体……」


『人の感情とはものすごいパワーを秘めております。百年前、今暴れている魔王が世界を叫喚させていた頃。人々を救うべく勇敢な若者が立ち上がりました。彼は救世主と呼ばれ、人々を守るために魔王を倒さんと立ち向かい、そして封印することに成功した勇者でした』


魔王を封じし勇者。

この世界のものならそのすべてが知っている、伝説の存在だ。


『彼は人々の願いを背に、人々の悲しみを拭うため奮起しました。その心に強い誓いを立てていました、必ずこの世界に平和をもたらしてみせると。その強い意思が魔王の強力な攻撃をしのぎ、そしてその強靭な信念が刃となって魔王を斬り伏せ、封印せしめたのです』


そうだ、救世主は人々のためを思って戦ってくれた。


「しかし女神様、今その封印は解かれてしまいました。街一番の冒険者達も魔王には太刀打ちできませんでした……、今の時代には、救世主様はおられないのです!」


あぁ、なんと情けないことか。

この圧倒的な存在感を放つ女神様を前にして、無様に嘆くことしかできないなんて。


しかし今の世に百年前のような救世主は存在しない。


このままゆっくりと魔王の率いる魔物たちによって人類は滅んでしまうのだと、国王は涙ながらに叫んだ。


『人の王よ、嘆くことはありません』


女神がそう言うと先程複雑怪奇な模様の刻まれた床が一層激しく光った。


「うぉっ。こ、これは……っ!」


あまりの眩しさに目をつぶる。

礼拝堂すべてを包み込むな真っ白な光。


「……ひ、人……?」


目を開けるとそこには見慣れぬ衣装に身を包んだ若い男が立っていた。

先程まで複雑怪奇な模様の刻まれていた床は何事もなかったかのように元の床に戻っている。


『平等の勇者。彼ならばきっとかつての救世主のように復活した魔王を打破してくれることでしょう』


「め、女神様っ!」


そういって女神は忽然と姿を消した。


後に残ったのは平等の勇者と呼ばれた彼と国王の二人のみ。


「あなたがこの国の王様ですか」


「そ、そうだ。君は本当に……」


「えぇ、あの女神に頼まれて魔王を倒すためこの世界に降り立ちました」


「なんとっあなたは現代に現れた救世主だっ! 国を挙げてあなたを支えます、ですからどうか魔王を……」


国王は今にも泣き崩れそうになりながら感謝した。


まるで夢のようだが、この人物は女神様がこの国をいや、この世界を救うために遣わせた存在なのだ。


彼がいればきっと世界は救われる。


すぐさま国王は平等の勇者をもてなすべく部下に命じ、勇者の準備を整えるための部屋をあてがった。


それから数日が経った。


「どうだ宰相。勇者の様子は」


「それが、新しい部屋に移ったまま一向に国を出る気配がなく」


「はぁ……」


勇者を部屋へと案内した際、彼は言った。


『ちょっとこの部屋じゃあ豪奢すぎる、こんなに高そうなものばかり並んでいたら心が休まらないよ』


にこりと穏やかそうな微笑みを携えたその振る舞いは実に謙虚であり、この世界を救ってくれる救世主たらしめる余裕を感じた。


この者ならきっと魔王を倒してくれる、さすがは女神の遣わした存在だとそう思った。


しかし違和感を覚えたのはすぐだった。


武器や防具はこちらで用意する、勇者殿はそれらを用い一刻も早く魔王討伐へ向かってほしい旨を伝えると。


渡した剣を柄から刃先まで舐めるように見た後、


『この剣は尖すぎる、これでは敵に振るう前に自分を傷つけてしまう』


そう言って剣を突き返してきた。


ようやく納得のいく剣が見つかったと思えば次はともに旅に出るメンバーはいないのかと尋ねてくる。


国王は国でもよりすぐりの者を選び、勇者に会わせた。


毎日あがってくる被害報告を見る度に胸を痛めながらも、勇者の納得いく者をと。


それだけではない。

誠意を見せるのだと国務の間を縫い、多忙を極める中直接勇者に会いにいった。


「勇者殿この者ならどうだ? 素早い身のこなしに多種多様な武器を扱うシノビという辺境に住む一族だ」


国王に促され、シノビの女は高速で部屋の中を移動する。

天井へ壁へ、まるで疾風の如き敏捷性。


それは武を極めし達人であろうと目で追うことが精一杯であろう速さ。


「……駄目だ。そんなに速い人がメンバーじゃ戦闘の際にどこにいるのかこっちにはわからない。同士討ちするかもしれない相手と一緒に戦うのは無茶だよ」


「な、なら彼だ」


それは人二人分はあろうかという横幅。

鍛え上げられた胸筋、小さな山のように盛り上がる腕から繰り出される一撃はたとえどんな相手であろうと破壊することだろう。


「この強靭な肉体、攻撃役はもちろん勇者殿が危険な目に陥った時には必ずやこの鋼の肉体を持ってして守ってくれるはずだ」


勇者はじっとその岩のような筋肉を持つ男を見て、


「うーん、少し背が高すぎるよ」


「は? 背?」


「うん。実にシュッとしていて足も長い。そんなに背が高い人と一緒に冒険をしていては常に上から見下されるだろう? 日に日に溜まっていくストレスを想像してしまうとその人とは一緒に冒険には出たくない」


「そ、そんなストレスだと。確かに威圧感はあるかも知れないが魔王を倒そうと言うものがそんなーー」


「とにかく、僕はその人とでは冒険には出ない」


国王は唖然とした表情のまま部屋を出た。


まさか、そんな。

国の、世界の一大事というこの状況で到底想像していないようなことを言われるとは思わなかった。


しかし国王はそれでも懸命に勇者の納得行くようなメンバーを集め、紹介し続けた。


国一番と名高い剣士、勇者と同じ背丈。


『そんな強い人をよこして……僕では勇者にはふさわしくない? ひどく劣等感が刺激された、なんてひどいことをするんだ』


ならばと少し腕の劣る者を会わせれば、


『弱すぎる。これでは戦いについていくことができないでしょう』


そうごねて旅に出なかった。


苦労して見つけてきた者をわけのわからない理屈でもって否定され、他の国務に影響が出ないよう睡眠を削り。

それでも国の民を想い、国王は勇者を奮起させねばと動き続けた。


「こ、国王様……」


「ふふ、大丈夫だ宰相。この者なら、この者であれば必ず……」


目の下に深い隈を作りながら国王はおぼつかない足取りで勇者の部屋を訪れる。


「勇者殿! この者であればどうだ!」


「……」


寝床で眠っていたのか、むくりと身体を起こしながら勇者は国王を見た。

そしてその背後に立っている人物を。


「剣を十ほど振るえば疲れる筋力、戦闘に関しても飛び抜けて凄いわけではない。動きは人並みの速さ、体力もなくはない程度、そして背丈も同じだ!」


自分で言っていて気づかないのか、それはただの一般人だと。

連れてこられた男も不可解な表情で国王を見つめるがすでに三日近くまともに寝ていない国王にはそんな視線を慮る余裕がない。


勇者の無茶苦茶な要求をすべて叶えようとした結果。


しかしそれでも国王は勇者に懸ける想いがあった。

女神が遣わせてくれた特別な存在、この世界の救世主をその気にさせようという使命感があった。


寝床に腰掛けていた勇者がゆっくりとした動作で立ち上がり、国王の元へと歩いてくる。


「はは、勇者殿の言い分をすべて叶えるものというのは思いの外いなくてな。なかなか手間取ってしまったがこの男なら勇者殿も文句はないだろう」


「……」


国王の背後にいる一般人を勇者が見つめる。


そして言った。


「駄目だ」


「何っ!?」


すべての条件を備えた完璧な逸材のはずだ、と国王は寝不足で血走った目を見開く。


ふぅ、とため息を吐く勇者。


「その人はかっこよすぎる」


「かっこ、よすぎる?」


「そう。例えばその人を連れて魔王を倒しにいく。無事に魔王を倒せたとして民たちは誰を称えると思う? 間違いなく僕ではなく、面の良いその人だ」


「……」


「僕にはわかる。間違いなくそうなるであろうことがね。はぁ、全くもって平等じゃないよそんなのは到底なっとくできることじゃない」


そこまで言ってから平等の勇者は口を閉ざす国王へ向き直る。


「国王、あなたはいささか熱心すぎる。もっと肩の力を抜かなければ」


ぽん、優しく肩に置かれた手の感触はそれまで心の奥にしまいこんでいた何かを一気に煮えたぎらせた。


「ンダコラァァァァ!!!!」


ガッと勢いよく勇者の胸ぐらを掴み上げた国王はその勢いのまま勇者を床へ叩きつけた。


「ぐゔぇっ」


「グチグチグチグチ良いからさっさと出発しろって言ってんだよボケがぁ!」


ごす、ごす、と鈍い音を立てながら国王が拳を振り下ろす。

ペラペラと滑りの良かった口からは小さなうめき声のみが溢れた。


「あんのぉクソ女神がっ! こんな使えない勇者よこしやがってっ!」


すっかり沈黙した勇者を他所に激昂した国王の勢いは止まらない。


そのまま部屋を飛び出していき、王の間を通り過ぎ、城を飛びだした。


宰相は呆然とその背中をを見送るしかなかった。


そして一月が経ち、国に国王が魔王を討ち取ったという一報が入り込んできた。


その後国王は憑き物が落ちたように晴れやかな、とてもとても穏やかな顔をして国に戻ってきたという。


国王はクソみたいな救世主をよこした女神の像を叩き壊し、礼拝堂をすべて撤去したという

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