第12話 ホラー作家・蛇切縄子のメール
東京にまで殺戮の範囲を広めた悪霊はこうして滅んだ。
私───蛇切縄子はしばらく入院だ。浮けた傷がかなり重かった。この文章は病室で書いている。あの黒と穢れに満ちた神社とは正反対、白と清浄と合理に支配された大学病院。……とも言いきれない程度には負の念も渦巻いているが。まあ、あの神社に比べればアルコール液の中にいるぐらいには清浄と言える。怪異から離れた安全圏とみて間違いない。
本当ならここでゆっくり休みながら傷を癒したいところだが。しかしそうも贅沢はしていられない。
媛首神社の悪霊は強大だった。早めに一つの記録として残しておかないと、あやふやな記憶を改変して復活してくる可能性もある。あの場に集まった霊能者たちが何重にも封印したとはいえ、油断できない。
執筆を通してエンタメに昇華させ、数多の読者らに消費させ、怪異を金銭や快感へと変換する。それが私本来の祓いだ。
今回のように人造悪霊を繰り出すのは例外であり、最初で最後の祓いである。私の持つ、いや持っていた、怪異を生む力の源は媛首神社であり、その源を破壊した以上、あの力は二度と使えない。
しずもまた、あの祓いの後消滅した。
私の幼なじみを元にした人造の怪異。私の罪悪感から生まれた異形の怪物。
あれはしずの偽物で、私の復讐の道具だった。
申し訳なさなどなく。後悔もない。
私はあらゆる力を失ったが、直にまた動くことになるだろう。
単なる姫の怨念があそこまでの怪異と化すとは思えない。
境内での決戦で『白い幽霊』が出現しなかったのも気になる。
もしかして、かの『山伏様』は、媛首神社の怪異とは別の存在なのではないだろうか。
不安はつきない。調査のため、傷を癒したら直ぐに動くことになる。
まあその前に、閉め切り間近の原稿をひとつ仕上げる必要がある。
垣内編集にもかなりの迷惑をかけてしまったことだし。
変更する。この文書は『くねくね』氏、君に送る。
計算違いだ。冗談だろう? あり得ない。
この空間に奴が来るなど。あり得るとしても早すぎる!
山伏がこの病院に入るのが見えた。入り口でこの病室をじっと見つめていた!
偽物じゃない。他人の空似でもない。私は忘れない。あの顔を。
憎らしいほど美しい、吸い込まれるようなあの双眸を!!
もう時間がない。私は今、逃げながらこの文書を打ち込んでいる。
ああ、クソ。
今から必要なことだけ入力する。
原稿を添付する。早坂寺の住職まで持っていってくれ。あの寺にもプリンターはある。そこで印刷した後データを消して、寺で原稿を供養してくれ。メールを開いた媒体も、しばらく使うな。スマホもパソコンも油断ならない時代だ。辿られかねん。
それでも意味がなかったら、奴の影響を少しでも感じたら、直ぐに君の師匠に連絡しろ。
祈りはしない。ここから先、私は君のことを考えない。思念を辿られてはかなわん。
縁もここで切る。さよなら。
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