ワンダーランドブラザーズ

やらぎはら響

第1話

 軽快な音楽。

 小さな子供を連れた家族。

 メリーゴーランドが回って、ジェットコースターが走る。

 漂っている匂いは香ばしいポップコーン。

 町のすぐ近くにある小さな遊園地は、規模のわりに意外と人に溢れている。

 その中を上機嫌で歩きながら、レオナルドはなんか食べようかなあと口にした。

 十六歳ほどの、鞭のようにしなやかな長身がすいすいと軽い足取りで進んでいく。

 細いポニーテールがしっぽのようにゆらゆら揺れて、少年の青と琥珀のオッドアイも相まって猫のような雰囲気だ。

 大量についた耳のピアスがジャラジャラと光りを弾いている。

「おい兄貴、いい加減帰らないか?」

弟のヒエラルの声に振り向けば、居心地悪そうに眉根を寄せている。

「なんで?今来たばっかりじゃん」

「お前、週一でここに来てるのに飽きないのか?」

苦虫を噛み潰したような顔でうめく二卵性の弟であるヒエラルに、キョトンとしたあと全然とレオナルドは首を振った。

 黒髪の後ろを刈り上げ、レオナルドと同じように耳にピアスを大量につけているヒエラルの瞳は、兄と同じオッドアイだ。

 といっても、レオナルドは右が青で左が琥珀。

 ヒエラルは右が琥珀で左が青と逆だった。

「遊園地っていいじゃん。にぎやかで華やかで、俺超好き」

「だったら一人で来てくれ」

「たまには兄弟水入らずでいいだろ」

うんざりとした物言いのヒエラルに、レオナルドはにひりと笑う。

この兄は遊園地が大好きでこの小さなテーマパークに通っている。

普段は一人で行くのだが、ときおりこうして無理矢理付き合わされるのだ。

レオナルドは乗り物に乗るでもなく、いつも無計画にふらふらと園内を散歩して満足したら帰る。

今日もレオナルドが満足するまで付き合わされるのだろうと思うと、ヒエラルは嘆息した。

ふいにピタリと立ち止まったレオナルドが、一点をじっと見つめている。

何か面白いものでもあったのかと視線の先を見ると、そこにはピエロの大きな人形の足元に、風船を持って頭に茶色い紙袋を被った子供が座っていた。

体格からして四歳くらいだろうか。

「迷子か?」

「かもね」

首を傾げたヒエラルに頷きながら、レオナルドは子供の方へと向かった。

子供の目の前まで来ても、反応はない。

当たり前だ、紙袋で見えていないのだから。

レオナルドは何の遠慮もなく紙袋に手をやり持ち上げた。

すると、きょとんとした顔で少年がレオナルドを見上げてくる。

耳が隠れるくらいの赤毛、ハシバミ色の瞳。

つんと上向いた唇が愛嬌のある、しかしどこにでもいるような少年だった。

「ははっ口元がかーわいい」

紙袋をヒエラルにおしつけて少年の前にレオナルドはしゃがんだ。

パチクリと目を丸くする少年に、受け取った紙袋を丸めながらヒエラルもレオナルドの隣にしゃがむ。

「迷子か?名前は?親は?」

質問するヒエラルに、レオナルドがつんつんと少年の頬をつつく。

そこはやたらとすべすべで触り心地がいい。

「連れて帰ろうよ」

「そんなわけにいくか」

突飛な事を言う兄をたしなめるレオナルドだ。

「あの……かみぶくろとってくれたひとがおやだよって、おとうさんいってた」

その言葉で、二人は瞬時にこの子供が置き去りにされたことを悟った。

ヒエラルがどうしたものかと顎に手を当てたが、レオナルドはにこりと少年に笑いかけた。

「じゃあいーじゃん。連れて帰ろう」

「お前なあ」

飽きれたようなヒエラルだが、レオナルドは喜々として少年に向き直った。

「お前名前は?」

「ジュドー」

「ジュドーね、俺と一緒に行こう」

人好きのする笑みを浮かべたレオナルドに、ジュドーはじっとその顔を見たあとこてんと首を傾げた。

「おとうさん?」

「やめて!お兄ちゃんって言って」

ジュドーの言葉にいやいやと首を振るレオナルドだ。

その様子を見て、ヒエラルは仕方ないなと肩をすくめる。

この兄は気に入れば、異常な執着を見せる。

この子供は、すでにレオナルドのなかで自分のものとカテゴリーされただろう。

まあいいかと思いながら、ヒエラルはぽんとジュドーの頭に手をやった。

「今日からお前は俺たちの弟だ、ジュドー」

「おとうと……」

「俺がレオナルドだよ」

へらへらと笑いながら自分を指さしたレオナルドを見て、ちょっと考えたあとこくりとジュドーは頷いた。

「俺がヒエラルだ」

今度はヒエラルを見て頷く。

そして照れたように口をにぱりとして笑った。

「かーわいいなー」

くしゃくしゃと頭を撫でてやると、猫のように目を細めるジュドーにすでにレオナルドはお気に入りのカテゴリーに入っただろうなとヒエラルは思う。

と、ジュドーの小さな手に握られてふよふよ浮いていた赤い風船が緩んだ指のあいだからするりと抜けて、空へと飛んでいく。

「あ……」

残念そうに小さくなっていく風船を見上げるジュドーに、レオナルドはすいと自分の手を差し出した。

「いーじゃん、こっちのがいいものだよ」

笑うレオナルドの手のひらをじっと見たあと、ジュドーはおずおずとその手に手を重ねた。

重ねた瞬間、ぐいと引っ張られて立ち上がる。

「じゃあ帰るか」

レオナルドとは反対の手をヒエラルが握ると、ジュドーは二人を交互に見たあと照れたように笑ったのだった。

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