第2話 日常成りて非日常 前編

 ガウエルという女性は

なかなかの器用な手先をしているらしく

ほぼ一週間の和菓子修行で全てを習得してしまった。

「これが菓子の修行とは簡単なものだなっ!」

「お前が特殊なだけだろ……」

 自慢げに語る彼女に

ぐうの音がほとんど出ない

複雑な感情だが少しニヤけてしまっている。

「貴殿はなぜ笑っているんだ? 悔しいだろう?」

「いやうれしいんだよなぁ」

 バイトの女性が羨ましそうに眺めていたのは

店長であるフブキがここまで褒めているのを

初めて見たからであった。

「僕も頑張るっす! ライバルぐらいに辿り着くまでっ!」

 燃え上がるバイト君に少し驚いていた

いつも頑張る癖があるのだが

途中になると

自信を無くしていたからである。

 意外にも朝練という形でわざわざバイト君が

開店前にシャッターをコンコンされたことに

驚きを隠せない。

 二人とも気づかぬ新しい発見に

相乗効果を成していた。

「あっ! もうすぐ昼だな?」

「まさか店長の料理を?」

 ガウエルを置いてキラキラと

目を輝かすバイト君

料理の能力において右を許さない店長

神代吹雪の異名は凄まじいものがある。

「さすが手先の奇術師っ! 僕はオムライスが良いですっ!」

「では私もおむらいす? にしよう」

「おうっ! 任せとけ」

 数十分後

二階にある居住スペースで

ウキウキしたバイト君と

何が来るのか楽しみなガウエル

もはや姉妹のような雰囲気になっていた。

 余った銅鍋を改造したフライパン

銅フラ君一号はイタリアンに最適である。

「これがおむらいす? なのか……」

「キレイな黄色に自家製のケチャップを掛けて

真ん中をスプーンで……」

 自然に開く卵の花が香り高いバターの煙で

鼻をくすぐった。

「なんと薫り高い料理なんだ」

 静かに感動していたガウエル

それを今度はフブキのドヤ顔で返す。

「すごいだろ? 美味しいだろぉ?」

「店長っ! 嬉しそうっすね!」

 まるでライバルが如くぶつかり合う

一種の友情を感じつつあるこの二人は

どこまでも競い合う気がした。

「ほんとに羨ましいなぁ」

 バイト君が遠い目をしながら

店長を眺めている。

「僕じゃ届かないのかな? 心の奥も……」

「なんか言ったか? 冷めるぞ? おむらいす? とやらが」

「いやなんでもないですっ! 店長っ! おかわりっす!」

「お前ってほんとにオムライス好きだなっ!」

「はいっ! 店長もですけどっ!」

 間が空いて理解せずに店長がおかわりを作りに戻る。

「ほう? 貴殿は恋に落ちていたのか……」

「ん? なんでそれを?」

 いやいやと手振りをするが

自身の放った言葉を思い返し

顔を真っ赤にした。

「あっ! ああぁぁああぁぁぁ……」

 声にならない響き方を顔を隠しながら

放ち始める。

「まあ鈍感だろうからな」

「大丈夫ですかね? 嫌われないですかね……」

「むしろ嬉しいんじゃないか?」

 その証拠は遅れて現れる

オムライスのケチャップに

【ありがとうな】と書かれていた。

「あっありがとうございます」

 いつもの元気さが消えて

照れながら受け取り一口ごとに嬉しさが増す。

「いいものだな」

 気付けば昼休憩が終わっていた

かきこむ様に胃に流し込んだ店長は

さっと立ち上がり店前に戻っていった。

「さすがっすねぇ」

 また遠い記憶を見つめているバイト君

昔に何かあったように

懐かしい顔をする。

「あの時から変わんないっすね」

「昔からの馴染みなのか?」

「いやっ! 違うっすよ?」

「そうか」

 不思議な顔をしながら

ガウエルも店頭に戻っていった。

「覚えてないのかなぁ……」

 バイト君は天を仰ぎながら

ほくそ笑んでいた。


 夜になると神代和菓子屋は

違う様相を見せる。

「バイト君? どうした?」

「今日は仕込みもしたいっす!」

「ダメだ」

 ガウエルが横から言葉を差す

バイト君はなんでという顔で目をウルウルさせた。

「そんな顔で見るなぁ……」

「ごめんなバイト君」

 真剣な顔でまっすぐ見つめられ

照れすぎているバイト君は

ぐうの音もなく引き下がる。

「わかりましたぁ」

 ドキドキしているのか目を合わしてこない

店長はひよこに対して可愛げのあるやつだと思っていた。

「また朝になったら修行に来いよ? 待ってるからな」

「はっはいっす! 絶対に来ますっ!」

 ガウエルとフブキだけは何か事情を

知っているように目配せをする。

 走りながらも横目で

ガウエルとフブキのそれを見ていた

ひよこは少し心がざわついた。

「なんで二人だけ? 私には言えないこと?」

 いつもは言わないことを

口走っていた自分が恥ずかしくなる。

 少し走った後に

忘れ物に気が付いた。

「あれ? 財布がない……」

 それは最寄りのバス停についたことで

気が付いたことであり

これがひよこの世界を変えてしまうとは

本人が一番考えてない。

 神代和菓子屋に走って戻っていく

しかし途中で見たことのない道になっていた。

「あれ? 間違えた?」

 暗がりに山道でライトすら見当たらなく

こんな道は初めてどころかこの辺りにはありえない。

「なんだろう…… 怖い……」

 恐怖が頭の中を支配し始める頃には

もはや意味がわからない場所を歩いていた。

「頭がふらふらする……」

 そんな状態で謎の声が聞こえだす

理屈も理由もわからない状態で洗脳のような響き方

頭の中ではそれしかならなくなる。

【お前は二人に利用されている】

「誰にっすか?」

【フブキはお前よりガウエルのことを気に入っている】

「そんなこと…… ありえる……」

 どんどん自暴自棄になっていく

ひよこは黒い気配のような霧に包まれていった。

【私は負けない……】

 不気味な笑顔が響き渡った山道は

ほんとの姿を現す。

 それは単なるライトの切れた住宅街だった。

「これで我はあれに勝てるぞっ! ふははぁっ!」

 影が異形の形を成していく

鬼のような角の生えた人の形だが

どっちかと言うと牛が立っているよいな印象である。






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