ルーンと神代

あさひ

第1話 それは黎明という文字

 日差しが強くなるのが通例である夏の終わり

ガラス越しから見える斜光が目に刺さった。

「熱いな…… 商品棚の温度が上がってる……」

 冷やすための扇風機と濡れたタオルを用意したが

人員が足りないこのままでは和菓子の鮮度が落ちてしまう。

「バイト君はまだ来ないよな」

 数名雇った従業員も現状を言うと昼からしか雇えない

それくらいの稼ぎしか今のところ出せなかった。

 悩みより行動と動き出したがその直後のこと

大きな音が町から離れた店前に響き渡る。

「なんだ? 不発弾とかか?」

 物騒な想像を簡単に口に出すが

本人とっては冗談のつもりだ。

 周りに不思議な文字が浮かんでいることに気が付いたが

見たこともないどころか絵のような文字である。

「神代と同じ家系ではないよな」

 だが煙の中に人影が映り始めたあたりで

勝手に体が動いていた。

 自動ドアを無理やり開き

駆け寄るが一閃の光が首元を掠める。

「うぉっ! あぶなっ!」

 光の出所はどうやら煙の人影から伸びていた

しかも殺気を流々に

向けてきているのがわかるほどだった。

「公国に仇名すものだな? その気配は魔力か?」

「違うぞ? 近くにある《あの方》が見えねえのか?」

 山にそびえ立つ朱色の門を指さしながら

口調が少し荒くなってきた

こういう時は怒るときであり

性格が少し変わるという合図でもある。

「お前は何者でなんで俺の力がわかった?」

 ふんと吐き捨てると

青く光る文字が特徴的に刻まれた剣で

煙を振り払った。

「まずは私に勝って見せよ! 不可思議な能力者っ!」

 額にビキビキと血管が浮かんでいるのが

目に見えてわかる。

「お前は《あの方》の力を

バカにするどころかオカルトと同じ扱いか?」

「ふん! 知らぬは邪神など……」

 言い終わる前に雷鳴が耳元を掠めた

というより鎧が吹っ飛んだ。

 全身に伝番する光は

もはや下に着ている帷子と

短パンのような真っ黒いタイツだけの格好になる。

「ん? 女なのか?」

 愕然と自身の暴走を握りしめると

シュンッと姿が消えた。

 身構えた騎士のような女性は

すぐに警戒を解く。

「なんだ珍妙なポーズだな……」

 若干引きながらも

敵意のない無様にも滑稽にも取れる座り方に

驚いていた。

「すまんかった! 女に手を出すとは血が上りすぎた!」

「なっ! いきなりどうした!」

 あまりにも稀有なのか

たじろぎながら意図を探る。

「お前ほどなら私など楽に潰せるであろうに…… もしや侮辱か!」

 上に向いた顔を見た瞬間に騎士の

怒り心頭が冷めていた。

「なんで泣いているんだ? 代価か!」

「女に手を出すとは卑劣で下劣な行為だろうが……」

 口は悪いがすごく罪悪感が沸く騎士に

追い打ちを掛ける。

「こんなに可愛らしい娘ならなおさらだ」

「やめんか! 心が痛い! そんな目で見るな!」

 疑問に思ったのか

涙が止まり理解に苦しむ和菓子屋

少し長めの髪から覗く目を細める。

「なんで心が痛いんだ? まさかそこまでの怪我をした……」

「違うわ! 私が悪人みたいだろう!」

 言葉を無視して怪我がないか

体中を見まわしながら近づいていった。

「なんだ? わたしはそんなにキレイな体ではないぞ」

「肌がキレイだぞ? それより怪我はしてないのか……」

 より顔が赤くなりながらも

何か変なことをしないかもう一度にも警戒する。

 しかし怪我がないことを確認すると

後ろに数歩戻ってもう一度

頭を下げた。

「すまん! 俺に出来るがなにかある……」

 言葉を言い切る前に騎士のお腹がグウゥと鳴り響いた

落ちてきた音より遙かに大きい気がする。

「和菓子って知ってるか?」

「ワガシ? 知らんな」

 ちょっと待ってろと手で合図しながら

店の中へと消えていった。

 騎士は初めて気が付く

店前で粗相をしたどころか

相手の邪魔をしていたこと

なによりバイト君が面食らって座り込んでいたこと。

「店長と同じなっなにか? それとも《あやかしいもの》ですか?」

 慣れているのか対応がなぜか懇切丁寧で

むしろお客さんへの対応の方が雑に当たるくらいに親切である。

「ていうか私の羽織をどうぞ!」

 騎士が驚きながら受け取った後

羽織ながらゆっくり座り込んだ。

「この国では捕虜などという考えはないのか?」

「ほりょ? 捕虜ですか! そんな物騒な!」

「ないんだな……」

 言葉を聞くなりじわりと涙が溢れ出す

そして羽織をギュッと抱きしめながら

匂いを嗅ぐ。

「おばあさまの匂いがする……」

「うちのおばあちゃん海外の人なので!」

「カイガイ? 私は公国の騎士だからキシというぞ?」

 そんな会話をしていると

店の奥からたんまりと羊羹やら大福やらを持ってきた。

「なんだ? 黒い金塊に白いスライムか?」

「違いますよぉ」

「これは羊羹と大福って言うこの国の伝統菓子だ」

 ほうと興味が出てきたのか

騎士の女性は大福から口に運ぶ。

 ハムっと噛みながら斜め上方向に目線を向け

餅を伸ばし奇異な顔をしながらもお腹の減り方による

上手さかもともと合うのか目が輝きだした。

「うまいぞ! こんなのが世界にはあったのだな!」

 気品がある食べ方でたんまり積まれた大福を

ゆっくりと頬張りうまそうに平らげる。

「この黒い延べ棒ももしや絶品なのでは……」

 羊羹に手を伸ばし

ニマニマと口に頬張るがもっちりと張り付く感覚に

少し違和感があったのか噛みしめながら微妙な表情になった。

「味は深いが…… 触感が不思議だな」

「やっぱしダメか? バイト君はどう?」

「いや多分ですけど濃すぎますコスト無視が凄まじいですね」

 たあーっと額に手を置いて後悔した

その様子にバイト君は苦笑いしながら肩を撫でる。

「あっそうだ! 名前は何て言うんだ?」

 瞬時に変わる表情に

対応が遅れながらも深々と自己紹介を始めた。

「私はアーサセイン公国の

聖騎士団所属である騎士ガウエルという名を冠するもの」

「俺は神代和菓子屋の店長である神代吹雪かみしろふぶきだ」

「僕はバイトで通ってる三波女陽夜呼みなみひよこって言うっす!」

 自然の流れで自己紹介したものの

あまりに突飛な名乗りに疑問符を浮かべる。

【どこの国?】

「なっ! 知らんのか?」

 こうして始まった生活はやがて

二つの世界を駆け抜ける物語となろうとは誰も思いもしなかった。





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