取り返しのつかないこと、ハンプティ・ダンプティ

梅星 如雨露


 死に至る病とは、信仰する神の堕落、凋落によって罹患する。その哲学を、キルケゴールが伝えたかったはずの九割も理解していない実散みちるではあったが、確かに彼女はそれを発症させた。原因はなにか? 絶対性を崩壊させる裏切りであったのか、薄氷を歩むが如く脆い信念の上で愚者の自覚なく踊っていただけだったのか、今となっては解らないし、どうでもよかった。

 死とは裏切りの連鎖の上に立ち、また、取り返しのつかない究極の破滅だろう。一度、取りこぼしてしまった信仰を再構築することを苦手とする人間に待つ結末というのはありふれた死であり、人知れず敗退していくそのものの背に注がれる視線は存在しない。

 前田かなこは死んだ。

 龍禅中りゅうぜん あたるは死んだ。

 高橋実散たかはし みちるは死んだ。 

 実散にとっての死因は、志した夢に託した期待値があまりに大きかった、からでもあり、心から慕う友であり恋人のかなこを嫌悪した瞬間の情動に因った、からでもあり、龍禅中が実散にとってザーヒルとして顕れた、からだったのかもしれない。

 卵の中身を確認するにはその手で割るか、自然に任せて孵化するのを待つほかない。謎の卵はいつどれほどの時間を要することで孵化するか定かでないとして、では、非常に危なっかしい精神状態で静観するには、その殻の持つ強度は脆弱であることは容易に想像される。落下し、砕け散った殻を一欠片ずつ精緻につなぎ合わせることに意味はない。一度壊れたものは元通り再生しない。そこから零れ落ちた分裂する細胞群は十分に成熟することなく地面を濡らし、爆ぜ散ったエントロピーの複雑性から産まれてくるはずだった怪物は明るみになることなく地面の湿った土の底に沈む。

 一種の神秘性のベールに包まれた世界の観測を可能にするには、ちょっとしたコツのようなものがいる。それを魔眼と称してもいい。ありきたりな先入観を持たない、より純粋な想像力と形容したとて語りすぎてはいない。むしろ説明すること自体ナンセンスな代物。

 とどのつまり、この先展開する事件がどこの時間軸で発生した出来事なのか、果たしてそれは現実的に在り得た事実なのか……。それらを問うことに意味はなく、ただ在るがままを受け入れることが現実だということを直観していただけたら幸甚である。

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