自殺相談所

匿名希望

プロファイル№1 鈴原楓

第1話 落ちこぼれの2人

 



 時刻は朝8時。暇つぶしにテレビでも見ようと思ったため、リビングにあるリモコンを手に取った。まあ、こんな時間に流れているのは、報道番組か天気予報ぐらいだろうが、気分転換には良いだろう。


『続いてのニュースです! 政府が導入した安楽死相談所の効果により、五年前と比べてが大きく減少しました! これは先日政府が公開したデータをグラフに────』


 スイッチを押すと、やっていたのはよくある報道番組だった。物騒な文言とは裏腹に、それを読み上げるニュースキャスターの声は明るい。

 まるで、オリンピックで日本人選手がメダルを取った時のような、それが喜ばしいことだと信じて疑わない雰囲気。


「……」


 朝っぱらから不快な気分にさせられた。

 こんなんだからテレビなんか平成生まれのオッサンしか見てないんだよ。腹が立ったので一瞬で手のひらを返すことにする。


「……チッ」


 そんな感情を、右手に持ったコーヒーを一気飲みすることで洗い流し、もうすぐ増えるであろう仕事の為に朝食を済ませる。食べると口の中が砂漠と化すカロリーバーを、牛乳と共に押し流す。

 何かを調理するような意識の高い朝食なんて、やらなくなってもう5年は経つだろう。

しかし、『安楽死相談員』……俺は皮肉を込めて自殺相談員と呼んでいるが、これは朝から頭を働かさないとやっていけない仕事の為、朝食だけは欠かさずに食べるようにしている。


『いやー。喜ばしいニュースですね! 少子高齢化が進んでいる日本で、若者の自殺は大変深刻な問題でしたから』


 その間にも、消し忘れたテレビからは右肩下がりのグラフを見て喜ぶ者たちの声が聞こえてくる。ため息をついて電源ボタンをを押そうとしたが、続けて聞こえてきた言葉に指を止めた。


『それでは、今日は安楽死についての法案を提案した、鈴原直樹厚生労働大臣と、相談員として数多くの人々の命を救った、佐久間あおいさんにお越しいただいております。鈴原さん、佐久間さん、よろしくお願いします』


「あ? ……鈴原?」


 聞き馴染みのある名字と共に映し出されたのは、この仕事のトップを張っているネットで大人気の政治家と、初老の男性……もとい俺の上司だ。こいつは人の心が無いクソ野郎だと覚えててくれ。

 前者に関しては直接の面識はないが……まぁ人物像は何となく知っている。


 とりあえず、仕事前の穏やかな時間に上司の顔なんて見たくないので、急いでテレビを消した。

 画面が暗転する直前に見えた時刻は8時半。そろそろ家を出る時間だ。軽く部屋の掃除をした後重い腰を上げ、車に乗り込みエンジンを付ける。

 職場までは車で約30分。通勤ラッシュの時間帯より少し遅く、なおかつ目的地が都心から外の方向にあるため、特に止まることなくいつも通り道を進み、職場へと到着した。


「……いつ見てもボロいな」


 3台分しかない駐車場に車を止め、ボロボロの雑居ビルの2階部分に鎮座する看板を見上げてぼやく。




『────安楽死相談所 八王子支部』




 飾り気のないシンプルな白と黒で書かれたその看板は、極力目立たないように設置されていた。

 まあ実際、町中にあるしゃれた店のような見た目は勘弁してほしいが、よく見ると所々塗装が剥げてサビているのが見える。

 何回か修理の申請を上に出したのだが、一回も受諾されることはなく半年はこのままだ。


 人通りの多い中、ずっと見上げていると変な心配を掛けそうなので、黒ずんだタイル状の階段を上り、鞄から鍵を取り出し差し込む。

 今時生体認証ではなく物理的な鍵なのは心底終わっているが、流石に泥棒もピッキングなんてしないだろうから……ある意味では強固なセキュリティなのかもしれない。

 というか、あんなの昔の映画でしか見た事無いのだが、実際できるものなのだろうか。


「っと」


 ガタつく扉を開け、右手側にあるスイッチを押して電気を付ける。

 窓が西に面しているせいか、朝方は光が余し差し込まないため、9時過ぎにも関わらず部屋の中は薄暗い。

 そして、不気味なほどに整頓された15坪ほどの大きさのオフィスを抜け、奥の部屋へと向かう。


 奥の部屋……相談室へと入る。ここはオフィスとは違って柔らかい雰囲気だ。白ではなく温かみのあるアイボリーの壁紙に、南向きに備え付けられた窓からは日が差している。本当はオフィスにももう一面欲しい所だが、贅沢は言ってられないだろう。


「今日は土曜日だったな……掃除するか」


 壁に掛けてある電子時計を見てそう呟く。

 土日も仕事か? と思うかもしれないが、原則として安楽死相談員は土日+平日2日の仕事が義務付けられている。大体は最も自殺者が多くなる月曜日と、週4日労働を取り入れている会社が休みになる水曜日を入れることが多く、八王子支部も同様だ。


 そして、相談者の少ないこの支部でも『土曜日は1人来ることが確定している』

 開業時間は午前10時。あと30分ほど時間があるが、どうせ開業と同時に飛び込んでくるだろうからあまり時間はない。

 あいつを相談者と呼んでいいのは疑問が残るが……まあこれも仕事の内だ。部屋の掃除くらいはしてやろう。


 部屋に置かれたオリーブの観葉植物に水をやり、部屋の掃除を済ませる。

 そして、その他もろもろ業務開始の準備を終わらせたと同時に、時計を見る時を見る。

 時刻は9時55分。いつも通りの時間に準備を終わらせ、騒がしくなるであろう5分後に備えようと思ったそのときのことだった────




「────おはようございますっ! 朝陽あさひさん!」


 俺の穏やかな5分間を台無しにするように、1人の若い女が勢いよく扉を開けて入ってきた。

 いかにもお嬢様といったような、上品な白のワンピースを着ているが、そんな風貌からは予想もつかない程騒がしい。俺も最初は騙された。


「……まだ開業してないぞ」


 抗議の意味を込めた言葉と視線を送るが、当人はどこ吹く風といった様子でヘラヘラと笑っている。


「5分くらい良いじゃないですかー。ケチな男はモテませんよ?」


「……はぁ」


 苛立ちを通り越し、思わずため息が出てしまった。相談者に向ける態度としては0点も良い所だ。

 そんな俺に向かって、女・鈴原楓は微笑みを浮かべそう語った。


「今日も色々聞かせてください どうせ暇ですよね?」


「お前が忙しくさせてるんだけどな」


 実際暇だから何も言い返せないが、仕事が無い日が続くが一番ベストだ。こんな、暇を持て余した学生の相手が出来るぐらいの、1日が。




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