貴族の三男坊たち
さて専属騎士の座を降ろされると任命式のパーティーで脅されたラヴィールだったが、当日も翌日も、刺客を向けられたりといったことはなかった。
しかしラヴィールが狙われていると宣告された以上、警戒しないわけにはいかない。
「──というわけで、しばらくオルガ嬢の護衛よりも訓練に出席するように」
剣を交えてはや三時間、呼吸が乱れた素振りも見せずにフュリスが言う。一方のラヴィールは息が上がり、剣を構えるのもやっとだ。
それもそのはず、稽古相手はフュリスだけではなく、同じ団の団員が死に物狂いで襲いかかってくるという#虐__いじ__#めとしか思えないものが訓練と称され行われていた。
「なんで一対一じゃないんですか!」
汗をダラダラに流し、多方向から切り込まれる剣先をいなしながら叫ぶ。
彼の疑問も最もだった。騎士は本来崇高な職業で、礼儀を重んじ、相手を尊重することを美徳とし、汚い行いを嫌煙する。一人を大勢で袋叩きにするような行為など以ての外。そんな価値観をもつ連中の集まりのはずだった。
だがラヴィールを取り囲む騎士たちからは、崇高な理念どころか「この糞ガキをボコボコにする良いチャンスだ」と浅ましい欲求が滲み出ている。
「あのなぁ、相手が騎士とは限らないだろ。お前を狙うのが暗殺者だった場合、わざわざ一対一で戦ってくれるってのか?」
フュリスの言葉にぐうの音も出ない。これは決闘ではなく護身のための訓練。そう言われるとたしかに必要だと思える。思えるが、
「それにしたって
訓練ではなくもはや武器有りの喧嘩だ。
「そりゃあお前、生意気な小僧を叩きのめす絶好のチャンスだからな。希望者を募るまでもなく皆志願してきたぞ」
多方向から打ち込まれるラヴィールをニヤニヤと見守るフュリスに同調するように、「最年少入隊だかなんだか知らんがチヤホヤされやがって!許せん!」だの、「日頃俺らの陰口聞きながら馬鹿にしたように嘲笑してから通り過ぎやがって!ムカつく!」だの、果ては「髪の色暗いくせに端正な顔しやがって!」と侮辱なのかわからない叫びとともに打ち込まれ続けた。
「……うーん、やっぱりお前すごいな」
夕刻、ボロボロになった隊員たちを前にフュリスは苦笑した。全部受けきったわけでも、怪我を負わなかったわけでもない。だがラヴィールの傷は敵役の団員とほぼ同じ負傷具合だった。どころか、急所はほとんど負傷していない。
初日でこの出来は、化け物じみた学習能力と剣術のセンスがあるという言葉では片付けてはならないなにかを感じさせる。
「別に、初めてじゃないだけです」
荒い息をしながら地面に転がっているラヴィールが言う。フュリスは「そうか」と目を伏せながら受けた。
「今度こそギッタンギッタンにしてやっからな!」
という同じく地に伏している団員の宣戦布告に、
「一人を標的にそんなことして嬉しいなんて、ほんと雑魚」とラヴィールは嘲笑を返した。
「雑魚だとぉ!?」
起き上がる団員たちをラヴィールは「雑魚だろ」と睨みつける。
「平民の年下に負かされるくらいなんだから」
「……っおい!」
団員の一人が般若の形相でラヴィールに歩み寄った。襟元を掴む寸前、「ハイハイ」とフュリスが間に入った。
「騎士なんだから、もっと寛容になろうね?お互いに」
逆らえない上司に団員は「すみません」と悔しげに謝罪を口にするも、ラヴィールは「チッ」と高らかに舌打ちした。
「こら」
ゴンッとラヴィールの頭に鉄拳を落としたフュリスは、床に這いつくばった団員たちに「今日はもう解散」と声をかけた。
団員たちが寮に戻り始めたタイミングで「ラぁビぃ」と盛大にため息をつく。
「ダリはもっかい手合わせするっていう、アイツなりの歩み寄りだったんだぞ。それを」
「アイツはオレの出自が気に入らないってんでよく突っかかってくる奴です。口を開けば平民だの実力もないくせにだの……勝ってから言えっての」
とラヴィールは険しい顔で吐き捨てる。
「いや、うん。ダリが悪いな、それは」
でもな、とフュリスは言い難そうに頭を搔く。
「騎士ってのは、だいたい貴族の三男坊とかが就く役職なんだ。跡取りとその補佐に回れない、言ってしまえば家であぶれてしまった男の役職……今じゃ団員として活躍すれば女性からモテるってんで騎士を目指す奴もいるが、所詮は戦争の駒だ。当然、好きでこの職に就きたくない奴だっている」
「そんな恵まれた奴のちゃちな不満がオレに響くとでも?」と凄むラヴィールだが、
「ちゃちかどうかはお前が決めることじゃない」
フュリスの真剣な眼差しにラヴィールは眉をひそめる。
「誰だってそれなりに悩みがある。その大小を計るのは馬鹿げてるし、決めつけていいはずがないし、そもそも意味が無い。人の悩みがどれだけのものかなんて、自分以外の誰かにわかるはずもないしな」
ぽん、と部下の肩を叩き、
「上に立ちたいなら、相手を理解しようとする努力を怠っては駄目だろう。ましてお前が相手にしようとしているのは、お前をよく思わない観念をもっている人たちが大半だ。そんな奴らを全員武力で捩じ伏せたところで、いつか絶対に綻びは出てくる。それはお前がよくわかってるだろ?」
何度か背を叩いた後、上官はラヴィールを残して基地に戻っていく。ラヴィールは俯き、悔しげに肩を震わせながら「くそっ」と呻くように呟いた。
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