思春期のメイド
ふんっ、と黄金の毛と称した方が適切だろう髪の毛に手をかけて偉そうに見下してくるのは、質の良いドレスを身にまとった令嬢ではなく、ソッフィオーニと同じ制服を着たメイドだ。
(すごい威張るな、この子)
仕える主に礼をする様子すらない。どこかから紛れ込んだ下手なスパイか、と疑うほどに忠誠が見受けられない。虎の威を借る狐の虎がないバージョンを見ているようだ。
年齢は10代前半といったところか。なにもかもが目に付いて腹が立つ、そんなお年頃なのかもしれない。
さて、彼女が登場してからオルガ嬢は一度も顔を上げていない。存在に気づいていないわけじゃない。ただそっちを向きたくない、といった様子だ。
人間不信──いや、メイド不審の原因がこの少女メイドである可能性が濃い。
平然を顔に纏い、オルガ嬢の前に立つ。
「申し遅れました。私本日よりオルガ様の専属メイドとなりました、ソッフィオーニと申します」
ピッとスカートをつまみ、頭を下げながらメイドは名乗った。
「は?専属メイド……それはビビの役職だわ!勝手に名乗るなんてどういった了見よ!」
は?って思っても口にしないのがメイドとしてふさわしい振る舞いなのでは。
と言いかけた口を閉ざす。言ってしまいたいが、この女子には火に油だろう。
「奥様より任じられた役職にございます。もし不審に思われるのなら雇用契約の証書をお持ちしますよ」
「それはそうと」と
「私の方が先輩なのだから、貴方も私を敬いなさいよね」
と胸を張って言い切った。
年上からしてみれば可愛らしい言動だが、メイドとしてこの態度は頂けない。
「あの、たしか……メイドとしての年季はほとんど同じではありませんでしたか?」
「お馬鹿ね。専属メイドとして先輩ってことよ」
納得できるような、したくないような言い分である。
「それでは、先輩のお名前を伺ってもよろしいですか?」とにこやかに訊く。
「ビビ・バレッタですわ。貴方、私のこと知らなかったのね」
それなら仕方ない、特別に許しましょう。と続きそうな得意顔だ。どうすればこんな自尊心の塊のような態度が出来上がるのか、答えは家名にあるのだろう。
バレッタ家はアランジュ家──オルガお嬢様の家より小さいものの貴族の一族だ。おそらく長女ではないだろうが、随分「貴族」としてもてはやされ、大切に、甘々に育てられたのだろう。
(反吐が出る)
ソッフィオーニは遺憾を瞳の奥に忍ばせ、「それはそうと」と膝についた埃を払う。
「このお部屋のお掃除とお嬢様のお世話は誰がしているのでしょう?」
「それは私が一人でやっているわ。仕事が多くてほんとに大変よ。なんだったら私から奥様に進言するわよ」
「と言いますと?」
「だから、専属メイドの件よ。私一人でやったほうが早いと思うの。貴方が実力不足というわけではないのよ?そうじゃなくて、他に分相応なお仕事を当てられた方がいいと思うの」
ギラギラと光る眼差しに、後ろでお嬢様が肩を竦ませる気配があった。
「そこはご心配なく。支給される給与分は働きますので」
物腰柔らかく、しかしきっぱりと言い切ったソッフィオーニに、ビビは「そ、そう?」と頬を引きつらせる。
「それに二人で仕事をしたら負担も減りますよ」
「それはまぁ……」
もごもごと言い淀むビビに、
「どうぞよろしくお願いしますね、先輩」
ソッフィオーニが笑顔で手を差し出したこの日から、わずか十日で「よろしく」する期間は終了することになるとはつゆ知らず、ビビは満足気に「ええ、ヨロシク」と手を握り返した。
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