025 とんでもない騒ぎ
いつ、どこから、誰が攻めてくるのか。
事前にここまで分かっている戦争は滅多にない。
それを活かさないのは馬鹿もいいところだ。
――と、日本人なら当たり前に思うのだが。
「先に準備する……! その手があったのか……!」
町長は顎が外れそうな程に驚いていた。
「ユウト君、だ、大丈夫なんでしょうか?」
流石のカスミも冷ややかな目で町長を見ている。
「何かあったら躊躇わずにPEGだからな、分かってるだろうな」
「は、はい」
今にも泡を吹いて倒れそうな町長の前で話す。
緊急時は町民を見捨てる方向で認識を共有する。
それが済むと町長に尋ねた。
「ゴブリン軍団の強さは分かるか? 町民だけで真っ向勝負を挑んだらどうなる? これは作戦に大きく関わることだから教えてくれ」
「甚大な被害は免れないと思いますが、負けはしないかと。数で言えば、ゴブリン軍が約1000に対してこちらは500そこらと半分しかありませんが、所詮はゴブリンですので、1人で2体を倒すと思えば戦えるはずです」
「思っていたよりも善戦できているじゃないか」
もっと絶望的なのかと思った。
てっきり俺たちがいなければ為す術なく滅ぼされるほどに。
「なら次の質問だが、ゴブリンは書状の条件を守るのか?」
「条件……?」
「明日の正午に東から攻めてくるって条件だ」
「それは間違いなく守ります。戦争とはそういうものですから」
いや、違う。
戦争にそんな綺麗事は存在しない。
騙し討ち上等なのが戦争だ。
「私たちとは戦争に関する認識が大きく異なっていそうですね」
カスミが耳打ちしてくる。
俺は小さな声で「そうだな」と答えた。
「町長、話はよく分かった。では戦争に備えて準備をするとしよう。確実に東から来るとのことだから、東の一帯に落とし穴を仕掛ける。もしも東以外から来た場合、悪いがこの町を見捨てて帰らせてもらう。それでかまわないか?」
「もちろんです! 戦争の前に準備するなど、既存の常識を覆す奇策の中の奇策。これはゴブリン共も想定しておらぬでしょう! 既に勝利したも同然です! 落とし穴を作るくらいなら我々にもできますのでお任せ下さい!」
町長がガハハと笑う。
(本当に大丈夫かよ……)
この世界の人間が地球に行ったら一瞬でネズミ講にかかりそうだ。
◇
その日は町で過ごすことになった。
落とし穴は町民たちに任せて、俺たちは宿屋にやってきた。
町一番の高級宿で、部屋は最高級スイートルームだ。
勇者様なので宿泊費は無料である。食費も無料だ。
「なーカスミ、別々の部屋にしようぜ」
「嫌ですよ!」
カスミは断固として俺と同じ部屋に拘る。
それどころかベッドも一緒じゃないと嫌と言って聞かない。
「今日だけは別の部屋で頼むよ。今日だけは」
「だってそんなことしたら、ユウト君、アレを呼びますよね?」
アレとは娼婦のことだ。
この世界では娼館が当たり前のように存在していた。
その気になれば娼婦を部屋に呼ぶことが可能なのだ。
俺は勇者様なので、最高級の娼婦も無料で利用できる。
ちらりと娼館を覗いた感じだと、文句なしの美人ばかりだった。
「よ、呼ぶわけないだろ、娼婦なんざ興味ねーよ。たまには一人がいいってだけさ。そういう気分なんだよ、マジだよ、マジで」
「嘘だー! 顔に嘘って書いてますよ!」
「チッ」
「それにそういうのよくないですよ! 女の人をお金で買おうなんて、人として誇れる行為とは思えませんね、私は!」
「誇れる人間なら家を追い出されてねぇ」
「それもそうですね! でもダメです!」
「ちぇ」
カスミが許してくれないので、娼婦を呼ぶのは諦めた。
仕方ないからカスミと仲良くベッドでゴロゴロする。
そうしていると、ふと思い出した。
「いけね、配信を切り忘れていた」
「あっ! そういえば配信中だったんですよね!」
カスミも忘れていたようだ。
「ダンジョンで原住民と話すなんてことがないから、なんかギルドに戻った気でいたよ」
「分かります、私もそんな感じでした」
「とりあえず配信を切っておくか」
俺はアクションカメラを手に取り、レンズを自分に向ける。
「グダグダグになったけど今日は以上で! それではまた!」
話し終えるとスマホを取り出し、配信を終了する――はずだった。
「ちょっ、どういうことだよ!」
「どうしたんですか?」
「アカBANだ!」
「えっ? アカBAN?」
「アカウントが一時的にロックされたらしい」
「ええええええええええええええ!?」
ヨウツベを開くと無慈悲なエラーログが浮かぶ。
『このアカウントは、現在、一時的にロックされています』
原因は分からない。
分かっているのは規約違反ではないということ。
もしも規約違反なのであれば、ロックではなく削除されている。
正真正銘、本物のアカBANになっているはずだ。
「ロックされていても動画の視聴は可能みたいですよ」
カスミがスマホを見せてくる。
そこには過去に投稿した俺の配信動画が映っていた。
「今日の配信動画はあるか? アカウントのロックによって配信が自動切断されているが、それでも配信された分までは動画として保管されているだろう」
カスミはスマホをポチポチしてから眉をひそめた。
「見当たりません」
どうやらヨウツベ運営が勝手に削除したようだ。
それか、何かしらの問題で保存されずに終わったのか。
「配信中にトラブルでもあったのかな」
「S級ダンジョンの配信はいけなかったとか?」
「それはない。過去に別のヨーチューバーが配信しているからな。その時はお咎めなかったし、そいつの動画は今でも視聴可能だ」
「じゃあ、どうして……」
「その答えはネットに転がっているかもしれないな。俺たちにはファンがいるわけだから、そいつらのSNSでも見れば何か分かりそうだ」
そう考えた俺はトゥイッターを立ち上げる。
だが、わざわざファンのつぶやきを確認するまでもなかった。
トップページを開いた時点である程度の察しがついたからだ。
「どうやら原住民の存在がまずかったようだ」
トゥイッターのトレンドが俺たちのことで埋まっていた。
日本だけではない。
世界中のトレンドランキングを俺たちが席巻している。
その理由が原住民の存在だ。
ダンジョンに原住民を発見、日本語を話す異世界人、などなど。
トゥイッターのみならず、大手メディアも大々的に取り上げている。
「やっぱり異世界人の存在って衝撃的だったんだ」
俺とカスミはそれほど冒険者のことに詳しくない。
カスミは驚く程の無知だし、俺も動画で得た知識しかなかった。
だから、今回の発見がどれだけ偉大か気づくのに遅れたのだ。
「おいおい、こいつら無断転載するなよ。使用料をよこせ、使用料を!」
多くのメディアが俺の配信を無断で使用している。
ヨウツベの運営が消したであろう今日の配信模様だ。
町民たちのことが何度も繰り返し紹介されている。
俺が[雷霆]を使って人だと確認したことも。
「ユウト君のチャンネル、登録者の数が凄い勢いで伸びていますよ!」
「本当だ。すげぇな」
ながらく10万台に甘んじていたチャンネル登録者数が20万を突破した。
たしか今日の配信を始める前は15万9000人くらいだったはずだ。
つまり、この短時間で4万人の人間がチャンネル登録をしたことになる。
そしてその勢いはいまだに留まることを知らない。
現在進行形でモリモリ増え続けていた。
この調子だと近いうちに30万人を超えそうだ。
「でも、アカウントがロックされていたら意味ないですよね」
「それなんだよ、それ。このままじゃ次の配信をすることもできないし、踏んだり蹴ったりだな」
「トゥイッターとかで事情の説明をしますか?」
「そうしたいが、俺はトゥイッターのアカウントがないんだよな」
「私もですね……」
「今からアカウントを作っても偽者扱いをされるのが目に見えているし、進展があるまで静観しておこう」
「分かりました!」
世界規模でとんでもない騒ぎになっている。
その渦中に自分たちがいるというのに、不思議と何も感じなかった。
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