024 異世界から来た勇者様

 ゲートの先は草原だった。

 一見すると新人用テンプレワード『初めての冒険者』のようだ。


 だが、よく見ると違っていた。

 遥か前方に町のような集落があり、残り三方には森が見えている。


「町ですよ! 町がありますよ!」


 カスミが鼻息を荒くする。


「たしかに集落が見えるけど、どうせ無人だ。潤滑油野郎みたいに」


「そうなんですか?」


「ゲートの向こうに人がいるなんてことはないなからな。とはいえ、集落があるのはありがたい。余計な荷物を置いて身軽になれるし、何より建物の中を漁ればアイテムが見つかるかもしれない。休憩にも適しているし」


 俺は会話を切り上げ、配信を開始した。

 いつもの調子で挨拶を済ませる。


「S級ダンジョンってことで緊張感がやばいんですけどね、とりあえず前方に見えている町に向かって行こうと思うんでよろしく!」


 俺たちの配信者モードが終わる。

 大きく「ふぅ」と息を吐いたら、あとは素のトーンだ。

 このギャップがウケていることを最近知った。


「コーヒー、どうぞ」


 まずはその場でコーヒーブレイク。

 バリスタのドーピングコーヒーで整える。


「ケルちゃん、おねがい!」


「ワーン」


 次はケルベロスを先行させて魔物の探知。

 のどかなダンジョンだが、S級なので緊張感が凄い。


「ワンワンワーン!」


 ケルベロスが魔物を連れてきた。

 スライムだ。数は二体。


「高位のスライムかもしれん。カスミ、警戒しろよ」


「は、はいぃ!」


 俺たちは慎重に距離を詰めて戦いを開始した。

 ――が、しかし。


「よえー」


 あっさり勝利してしまった。


「なんだか拍子抜けですねぇ」


 安堵の笑みを浮かべるカスミ。


「S級ダンジョンだからって敵が強いとは限らないからな」


 などと言いつつ、俺も拍子抜けだった。


「あっ、またケルちゃんがスライムを釣ってきましたよ!」


「倒すぞ、倒して倒して、倒しまくるぞ」


「はい!」


 スライムは例外なくザコだった。

 その弱さからF級であることは間違いない。


「今のところ、スライムハンター向けって感じだな」


「ですねー」


 そんなこんなで町に到着した。

 案の定、そこは建物だけしかなく――と、思いきや。


「勇者様だ!」


「勇者様が来られたぞー!」


「勇者様ぁー! この町をお救いください!」


 驚いたことに、町民が存在していた。

 流暢な日本語を話しながら駆け寄ってくる。


「ユ、ユウト君、人はいないんじゃ?」


「そのはずだ。ゲートの向こうに冒険者以外の人間がいるなんて話、今まで聞いたことがない。つまり、こいつらは人に化けた魔物に違いない。カスミ、構えろ!」


「はい!」


 武器を構える俺たち。

 すると町民たちは驚いた様子で立ち止まった。


「お、落ち着いてください、勇者様。私たちは人間です」


 中年の男が顔を青くする。


「それは試せば分かること! 観念しろよ魔物共ォ! 唸れ雷霆ィ!」


 俺はその場で剣を振る。

 怒りのトールハンマーが降り注ぐはずだ。

 町民たちが魔物であれば。


 ドドドドドォ。


 頭上の雲が轟く。

 そして――。


「…………」


 何も起きなかった。


「えっ? マジ? 雷霆、マジ?」


 俺はその場で何度か剣を振るう。

 その度に雲が唸るものの、雷は降ってこない。


「ユウト君、これって、もしかして……」


「あ、あぁ」


 信じられない。

 信じられないが、揺るぎない事実だ。


「目の前の人らは……本物の人間だ」


 ◇


「魔物などと疑いまして本当にすみませんでしたー!」


「誠にごめんなさーい!」


 俺たちは町民たちに土下座した。


「あ、頭をお上げください、勇者様」


「そうですよ。勇者様が我々に頭を下げるなどもってのほかです」


 何故か町民たちが土下座してくる。


「この際、普通に日本語を話していることはおいておくとしよう」


 俺は立ち上がり、咳払いをする。

 それから尋ねた。


「勇者とはなんだ? その様子だと、俺たちの存在を知っているようだが?」


「それについてはワシがお答えしましょう」


 町民の群れを掻き分けて、一人の老人がやってきた。


「ワシはこの町の町長を務めている者です。立ち話もなんですので、あちらでお話させてはいただけませんか?」


 町長が近くの建物を指す。

 西部劇で出てきそうな扉の付いた酒場だ。


「それはかまわないけど、何があるか分からないから酒は飲まないぜ」


「私は19なんで飲んじゃ駄目ですしねー」とカスミ。


「かしこまりました」


 町長と共に酒場へ移動する。

 他の町民は適当に散っていった。


 ◇


 酒場では木製の丸い木のテーブルを囲んだ。

 俺とカスミが並んで座り、町長は俺の正面に腰を下ろす。


「さて、話を聞かせてもらおうか」


 注文したミルクがジョッキに入ってやってきた。

 カスミも同じ飲み物だ。

 町長は炭酸水のようなものを飲んでいる。


「この世界は実に9割以上が未開拓のエリアだと言われており、それらは魔物によって支配されているのが現状です。しかし昨今、そういった未開拓のエリアにおいて、魔物を討伐している形跡が多数確認されています」


「それが異世界からやって来た勇者の仕業だと?」


「その通りです。勇者様は異世界に住んでおり、特殊な技術を駆使してこの世界へ瞬間移動してきて、我々の平和を守ってくださっている――この世界ではそのように考えられています」


「なるほど」


 あながち間違ってはいない。

 ゲートの先が異世界――厳密には別の惑星――ということは周知の事実だ。


 ただ、原住民がいる話は聞いたことがなかった。

 それどころか、ゲートの開発や提供を一手に引き受けている米国政府からは、「原住民はいない」という発表が出ていたはずだ。


「先ほどの草原での戦いぶり、実にお見事でした」


 町長が話を進める。


「そのお力で、是非とも明日の襲撃を防いではいただけないでしょうか?」


「明日の襲撃?」


「はい、実は明日、ゴブリンの大軍が東の森から攻めてきます」


「そうなの? なんで分かるんだ?」


「宣戦布告の書状が届いているからです」


 町長が一枚の紙切れを取り出し、「これです」と渡してきた。

 そこには象形文字のようなものが並んでいた。

 当然ながら、俺たちには解読することはできない。


「そこに記載してあるとおり、明日の正午、東の森から攻めてきます」


「なるほどなぁ」


 などと適当に返すが、書状の内容はまるで理解不能だ。

 むしろ、どうして町長は魔物の文字が読めるのだろう。

 言語どころか酒場のメニュー表も立派な日本語だというのに。

 ま、なんでもいいか。

 地球でも日本語以外の言語が存在するし、そういうものなんだろう。


「もちろん我々も見ているだけではありません。若い衆が戦闘に参加します。それでも、我々だけではゴブリンの軍団に蹂躙されかねません。ですからどうか、どうかお助けください、勇者様!」


 俺は即答で断ろうとした。

 聞くからに危険そうなので関わりたくない。

 安全志向の男にヒーローごっこは似合わないのだ。


 ところがカスミは乗り気だった。

 キラキラに輝いた目で俺を見ながら言う。


「ユウト君、町の皆さんを助けてあげましょうよ! 勇者として見過ごせませんよ、こんな大問題!」


「あのなぁ、勇者の中にも落ちこぼれのゴミクズはいるんだ。で、そのゴミクズが俺たちなわけよ。立派じゃねぇんだ」


「だからこそですよ! たまには私たちも立派な振る舞いをしましょうよ! せっかくの1ヶ月記念なんだし!」


「そこまで言うなら仕方ないか……いざとなったらPEGで逃げればいいしな」


 カスミに押し切られる形で渋々と承諾する。


「お助け下さいますか! ありがとうございます!」


「別にかまわないさ。何かあったらこの女に責任を取らせるから」


 カスミの頭をワシャワシャする。

 トンガリハットのトンガリがペシャンコになった。


「ひどっ! でも、なにかあったら責任は私がとります!」


 カスミは誇らしげな表情で胸を叩く。

 豊満な胸は、彼女の手をボヨヨンと弾いた。


「「おっほほーい」」


 俺と町長が同時にカスミの胸を凝視する。

 この町長、なかなか分かっているじゃないか。

 だが、今はカスミの胸で盛り上がる時ではない。


「ところで町長、一つ尋ねたいんだが」


「なんなりと」


 俺はずっと疑問に思っていたことを訊いた。


「敵は明日の正午に東から攻めてくる……そこまで分かっているなら、どうしてそれに備えないんだ? 落とし穴を掘るとか、色々とやりようはあるだろ」


 カスミが「たしかに」と同意する。


 それに対して、町長は――。

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