022 スペシャルチャットで荒稼ぎ

 奥多摩第2ギルドの近くにあるスーパーで食材を購入する。

 配信結果の確認よりも近所の主婦たちとの奪い合いが先だ。


 どうにかまともな食材を手に入れたら自宅へ戻る。

 食材を冷蔵庫に入れ、カスミと浴室へ行き、ようやく結果の確認だ。


「今日の視聴者数はまずまずだな」


 湯船に浸かりながらスマホを触る俺。

 カスミはシャワーで髪を洗っている最中だ。


「バリスタの反応はどうでしたかー?」


 洗い終えると、彼女は俺の隣にやってきて腰を下ろした。

 最初こそ恥ずかしがっていたが、今やそんな様子もない。

 数日前の恥じらいが懐かしく感じた。


「こんな感じさ」


 俺はカスミの肩に腕を回し、反対の手でスマホを見せる。


==================

0042 名無し村:そっちのバリスタじゃねぇw

0047 マサキチ:バリスタ違いで草

0062 未登録ユーザ:コーヒーおじさんうける

==================


 俺たちと同じでリスナーもバリスタを誤解していた。

 召喚前から間違いに気づいていた者もいたが、それは少数だ。


「やっぱり皆さん誤解していたんですねー」


「仕方ないよなぁ」


「あ、でも、その後も良い感じに伸びていますね」


「何気に激レアOPみたいだからな、バリスタ」


 バリスタ違いで盛り上がったあとの反応も俺たちと同じだ。

 ドーピングコーヒーも普通にあり、という声が多い。


 ただ、中には「バフは動画映えしない」という意見もあった。

 バフというのは、能力を強化する効果のことを指す。

 ドーピングコーヒーがまさにそれだ。


 たしかに配信動画ではバフの凄さが分かりづらかった。

 俺たちが「すげぇすげぇ」と喚いているだけにしか見えない。


 動画映えを意識する場合、バフや召喚系は微妙だろう。

 それで配信者は召喚系全般を避けるのか、と納得した。


「そういえば、コーヒーの効果って最後まで続いていましたね」


「途中で切れないのはありがたいよな」


 ドーピングコーヒーの効果はダンジョンにいる限り持続する。

 おじさんを再召喚する必要はないわけだ。


「あとはいつもと変わらない感じだな」


「アハハ……ソウ、デスネ……」


 カスミが苦笑いする。

 コメント欄が「おっぱい」で溢れているからだ。


 気になったのはTAROMARUがいないこと。

 今日に限ったことではなく、最近はずっと見かけていない。

 忙しいのか、それとも人気の配信者には興味がないのか。

 どちらなのかは分からないが、少しだけ寂しく感じた。


「広告収入は……悪くないな」


 今回の広告収入は数万円。

 カスミ回の基本的な額と言えるだろう。


 だが、これで終わりではない。

 カスミ回の真骨頂はここからだ。

 広告収入よりも激しいのが――。


「やっぱりカスミがいるとスペチャの伸びが激しいな」


 ――スペチャことスペシャルチャットだ。


 端的に言うと投げ銭のことである。

 リスナーは応援する配信者に対して、スペチャでお金を送れる。

 スペチャのお金は30%を運営に取られ、残り70%が俺たちに入る仕組みだ。

 カスミ回の本命は広告収入よりもスペチャである。


「というか、今回のスペチャ額、ぶっちぎりで過去最高じゃねぇか!」


 今回はスペチャだけで100万近く入ってきた。

 普段はよくても10万かそこらで、過去最高は20万ほどだった。

 チャンネル登録者の数が15万5000人を超えているとはいえ、普段とそう変わりない配信でここまでスペチャが舞い込むのは異例中の異例だ。


「どうしてこんなにも!?」


 驚くカスミ。

 俺にも理由が分からなかった。


「スペチャの行われた時間帯を調べてみよう」


 スペチャがここまで膨らんだ理由は二つ考えられる。

 どこぞの大富豪が大金をぶっ込んだか、もしくは、なにかの理由があって大勢が投げてくれたかのどちらかだ。

 時間帯を調べることで、今回は後者であることが分かった。


「ここだな」


 それはタキシードおじさんが消えたあとのことだ。

 狩りをしながら行っている俺たちの会話に理由が隠されていた。


『だって、今は私が家族を養っていますからね!』


 カスミのこの発言が答えだ。

 家族のために頑張る彼女を見て、全国のおっさんが奮い立った。

 スペチャのチャット文は「このお金はカスミちゃんに」で溢れている。


「皆いい人だぁ!」


 カスミが嬉し泣きをしている。

 彼女の肩に回しているほうの手で頭を撫でてやった。

 それから、ニヤリと笑い、空気をぶち壊すセリフを言い放つ。


「ま、このおっさんたちがいつも『おっぱい! おっぱい!』って喚いているんだけどな」


「そそ、それは、ユウト君が胸に焦点が合うように撮影するからですよ!」


 俺は声を上げて笑った。

 こだわりの広々とした浴室に声が響く。


 ちなみに、浴室及び脱衣所は、二個目のコンテナに作られている。

 浴室の為だけにコンテナを拡張したのだ。


「そのおかげで視聴者は喜び、俺たちもこうして儲かっているんだ。よかったじゃないか」


「そうですけど……」


 カスミは湯船に口をつけてブクブクする。

 それから少しして、バサッと勢いよく立ち上がった。


「あとでスペチャお礼配信するので、機材を貸して下さいね!」


「律儀なやつだな、いいぜ。もちろん、YOTUBEの規約の限界として有名な手ブラスタイルで攻めるんだよな?」


「寝間着ですけど服を着ます! 普通にお礼を言うだけです! ではでは、先に上がって晩ご飯を作ってきますねー!」


 カスミが浴室から出て行く。

 その数分後に俺も風呂から上がった。


 あとは食事と睡眠だけだ。

 カスミの手料理を堪能したら、ベッドで一緒に就寝タイム。


(うーむ、眠れないなぁ)


 こんな時は、スマホでこっそり匿名掲示板にアクセスする。

 デジタル世界の飽くなき闘争――レスバトルに時間を費やす。


 俺のレスバ力は昔から弱い。

 当たり前のように今回も言い負かされてしまった。

 だが、「俺にはカスミがいるから」と思えば心の平穏を保てた。


 とまぁ、家を手に入れて以降の一日はこんな感じだ。

 我ながらリア充しているな、と思った。


 ただ、そろそろバズりたいと思ってやまない今日この頃である。

 スペンバーグとの取り引きから1週間も経っていないのに、俺は飢えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る