021 バリスタの真髄

 昼メシを済ませて狩場にやってきた。


 今回のダンジョンはF級の洞窟だ。

 最奥部までの一本道で、F級なのでボスはいない。

 魔物は洞窟を進んだ先にうじゃうじゃいるが、決まってザコだ。


 このダンジョンは過去に挑戦したことがある。

 武器の試し打ちは、勝手知ったるダンジョンで行うこと。

 これは冒険者の鉄則だ。


 深呼吸したら配信を開始する。


「はい、どうもー! ユウトです!」


「カスミです!」


「本日もよろしくお願いします! えー、今日はオークションでカスミが買った武器、[バリスタ召喚]というオプションの付いたD級のアローワンドを試したいと思います。そんなわけでですね、今回は前に使った洞窟ダンジョンにやってまいりました!」


 アクションカメラを自分に向けて話す。

 最初の頃に比べて、俺たちの声は張りがいい。

 板に付いてきていた。


 とはいえ、他の配信者みたいに気張ることはない。

 最初の説明が終わったら、あとはいつもの調子だ。

 胸にアクションカメラを装着した瞬間からテンションが戻る。


「カスミ、バリスタの召喚を」


 既にケルベロスの召喚を終えているカスミに指示を出す。


「分かりました! いきますよー!」


 カスミは杖を持ち替え、目の前に古代兵器のバリスタを召喚する。

 ――はずだった。


「「な、なんじゃこりゃああああああああああ」」


 召喚されたのは巨大弩砲ではなく、黒のタキシードおじさんだったのだ。


「な、なんだこのおっさんは……」


「さぁ……?」


 首を傾げる俺たち。

 それを無視して、おじさんが何やら召喚した。


 中に黒い液体の入った小さなカップだ。

 その液体は熱々で、芳醇な香りを漂わせている。

 どう見てもコーヒーだ。


「そっちのバリスタかーい!」


 反射的につっこんだ。


「えっ、ユウト君、これって、その?」


 俺は「そういうことだよ」と苦笑いで言った。


「オプションのバリスタってのは古代兵器のバリスタじゃなくて、コーヒー版ソムリエと言われているバリスタのことだったんだよ」


「そ、そんなぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 カスミが絶叫する。

 それに対して、おじさんは。


「コーヒー、どうぞ」


 笑顔でコーヒーカップを差し出した。

 流石はバリスタだ。


「いただきましゅ……」


 カスミは涙目でコーヒーを啜る。

 どうみてもエスプレッソのそれは、案の定、苦かったようだ。

 舌をベーッと出して顔を歪ませている。


「350万も出して苦いコーヒーを飲まされるなんて、うぅぅ」


「まさかこんなネタオプションもあったとはな」


 おじさんは気にすることなく笑顔でカップを渡してくる。

 俺は受け取り、迷うことなく一気飲み。


「なんだ、思っていたよりも美味いじゃないか」


「私、ブラックは苦手なんですよぅ」


 味は普通に良かった。

 上手なバリスタの淹れたエスプレッソだ。

 無駄に苦いのではなく、口当たりも柔らかくて優しい。


「それでは頑張ってくださいませ」


 俺たちがコーヒーを飲み終えると、おじさんは消えた。

 ついでにコーヒーカップも消える。


「コーヒーを振る舞ったら自動で消えるってことは戦闘にも使えないし、本当にただのクソOPじゃねぇ――――って、こ、これは!」


 話している途中に異変が生じた。

 それはカスミも同じらしくて、彼女も驚いている。


「ユウト君、なんだか私、力が……」


「やはりカスミもか!」


 全身から力が湧いてくるのだ。

 体が軽くなり、頭がすっきり冴え渡る。

 動体視力や反射神経の向上が体感で分かった。


「これってコーヒーのおかげですか?」


「そうに違いない」


 あのコーヒー、ただの飲み物ではなかったのだ。

 飲むことによって全体的にパフォーマンスを強化している。

 今なら50メートルを4秒台で駆け抜けられる気がした。


「これって普通にいい感じなんじゃないですか?」


「そうだな。思っていたバリスタとは違ったがこれもアリだ」


 まさかのドーピングコーヒーに感激する。

 流石は[雷霆]と同等の評価を受けるオプションだ。


「よし、敵を倒しにいこう!」


「おー!」


 俺たちは駆けだした。

 案の定、尋常ならざる速度がでている。

 スタミナも強化されているらしく、走っても疲れない。

 チートを使用したかのような気分だ。


「ゴブゥ!」


 前方にゴブリンを発見。

 数は1体。


「あのゴブリンは俺がもらうぞ」


「はい! 縛ります!」


「不要だ! ――オラァァ!」


 俺は一瞬で距離を詰め、ゴブリンを斬りつけた。

 ゴブリンは為す術なく即死。

 一撃で済んだ為、雷霆は発動しなかった。


「ユウト君の斬撃速度、今までと明らかに違いますよ!」


「だよな! 自分でも分かったよ! やべぇわ、これ!」


 ドーピングコーヒー様々である。


「「「ゴブゥウウウウウウウウウウ!」」」


 話していると奥から三体のゴブリンが走ってきた。


「カスミ、カバーしろ!」


「はい!」


 カスミがホールドワンドで1体を拘束。

 その間に、俺は別の1体を斬りつける。


「ゴブゥウウウウウ!」


 死角を突いて残りの1体が俺に迫る。

 そいつを後方から飛んできた光の矢が射抜いた。

 カスミの新武器アローワンドの効果だ。


「流石はD級武器、すげぇ威力だな」


 射抜かれたゴブリンは粉々になった。

 カスミは「えへへ」と喜びつつ、杖を眺めている。

 CTが終わって杖が光を取り戻すと、彼女は言った。


「CTが終わりました! 15秒みたいです!」


「15秒なら使い勝手も悪くねぇな」


「他にもう1つ攻撃手段があったら気にせず連発できそうですね」


「だな。慣れたらワンドの三刀流に挑戦してみるか」


 バリスタに加えて、アローワンドもいい感じだ。

 これまで妨害一辺倒だったカスミに火力が加わったのは大きい。


「この調子でガンガン倒してお金を稼ぎますよ! お金、お金、お金!」


 カスミが鼻をフガフガさせている。


「カスミってそこまで金にがめついキャラだったっけ?」


「だって、今は私が家族を養っていますからね!」


「そういえばそうだったな」


 カスミの両親は無職だ。

 父親は不景気の煽りを受けてリストラ、母親は元から専業主婦である。

 時期が悪くて、パートやアルバイト、派遣すらまともに募集していない。

 かといって、冒険者になるような年齢でもなかった。


「この前の取り引きで得たお金は奨学金や実家のローンを返済するのに殆ど使っちゃいましたからね。たんまり稼がせてもらいますよ!」


「大したものだ」


 その後も俺たちは雑談しつつ狩りを続けた。

 そうして最奥部の魔物まで駆逐し終えると、ギルドに戻って換金する。

 約5時間の狩りで得られた魔石の売り上げは8万円ほどだった。


「それでは、またね!」


 換金が終わったので配信終了だ。

 そしてこのあと、俺たちは異例の事態に驚くこととなる。

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