番外編短編・坊ちゃんの恋
その日、優はちょっとオシャレをして火因町に出掛けていた。
火因町のカフェで栗子のサイン会が開催されているのだという。
「今からドキドキするよ!」
優はちょっと緊張気味だった。
「坊ちゃんは、栗子先生とは一度会っているじゃないですか」
「豊さんの言う通りよ。そもそも栗子先生から直筆の絵ハガキももらっているのに」
そんな優に豊と麗美香が突っ込む。
「そういう問題じゃないよ! 新刊にサインして貰えるから嬉しいんだ!」
そう言い残して浮かれ気味に出かけて行った。屋敷に残された麗美香と豊は、ちょっとため息をつく。
「まあ、坊ちゃんが幸せならそれで良いでしょう」
「そうね。勉強さえちゃんとやってくれれば良いし」
確かの優は最近は勉強をよくやるようになったし、たまの気晴らしも良いだろう。それに笑顔の優を見ているのは、悪い事ではない。サイン会を楽しんできたら良いと思う。
夕方、優が帰ってきた。てっきり笑顔で帰ってくるかと思ったら、なぜか表情は苦悩に満ちていた。
リビングで豊が事情を聞き出し、麗美香が紅茶を持っていく。
「実は恋に落ちちゃったんだよ、豊さん」
優の苦悩の原因は恋愛らしい。
何でもサイン会の会場にいた栗子の元担当編集者・滝沢亜弓に一目惚れしてしまったらしい。美人で優しげな人だったと目を細めて語る。
麗美香は白けるばかりだった。結局美人が良いのか。優の雄っぽい一面を見て、悩んでいる彼に同情する気分になれない。
それにオーブンではそろそろ夕飯のグラタンが出来上がる。麗美香はリビングからキッチンに行き、オーブンの様子を見る。あと数分出来上がるまで時間があるようだった。
「坊ちゃんが恋愛だなんて…」
思わず呟いていた。確かにイケメンだからモテるだろう。そんな事は知っていたのに、心はザワザワとしてくる。
麗美香はスマートフフォンを取り出して、その編集者の名前で調べてみる事にした。
すぐに栗子のブログがネットでヒットする。たった今、新しく記事も上がっていた。サイン会のお礼のコメントやプレゼントの写真とともに、滝沢亜弓と思われる写真も上がっている。確かに女優のような美女だったが『今月結婚する事になった元担当の亜弓さんも来てくれました!』という栗子のコメントも書かれていた。
優は失恋確定のようだ。何故か麗美香は胸を撫で下ろしていたが、これだとあまりにも優が可哀想である。
この事実を伝えるべきか?
麗美香はそれはやめる事にした。いずれこの事実も知る事になるだろう。その間少しだけ儚い夢を見せていても良いのかも知れない。
オーブンからはチーズの焦げる良い匂いがする。そろそろ夕飯の時間だ。
イケメン探偵〜桜のような王子様と模範解答のない謎〜 地野千塩 @yohane1207
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