第42話 散りゆく運命編(5)

「また変な陰謀論を叫んでいるんでしょ。下らないからやめて!」


 60歳ぐらいの女性は見た目は優しそうなのに、口調はけっこうキツい。麗美香は思わずこの女性に良い印象を持ってしまう。麗美香も見た目は芋臭い陰キャなのに、気が強いとよく言われていた。


「いいじゃないないか、栗子おばさん」

「栗子おばさん?」


 さっきまで落ち込んでいた優は、なぜか目をキラリとさせている。


「もしかして栗子先生ですか? 火因町に住んでいるって聞いてたんですけど!」


 しかも優はかなりグイグイと栗子と呼ばれた女性に話しかけている。どこかで聞いた事のある名前だ。麗美香はちょっと考えてすぐに思い出す。優の好きなミステリ作家だ。確か亜傘栗子という名前で、「保護猫カフェ探偵!」の作者だ。


「そうよ。私は作家の亜傘栗子よ」

「マジですか! 僕はあなたのファンなんです! ファンレターも送っています!」

「あらあら嬉しい! なんて名前? 立花優くんって言うの? 確かそんなお名前のお手紙もらった事あるわ!」


 しかし二人は喜びで軽く抱き合っている。妙な光景ではあったが、二人ともノリは良さそうである。


「船木さんと栗子さんはお知り合いですか?」

「いいえ。こんな陰謀論者知りませんよ」

「俺もこんなシープルおばさんは知らんな」


 どうやら船木と栗子は仲が悪そうではある。まあ、栗子のルックスのお陰でさほど険悪ムードにはなっていないが。


 麗美香達は軽く栗子に自己紹介をし、事情を説明する。


「栗子先生は、雪村さんについて何か知らない?」


 優が栗子に質問する。


「やめとけ。この問題に関わらない方がいいぞ」


 栗子が答える前に船木が口を挟む。栗子はそんな船木を無視して、好奇心いっぱいに笑う。中身は少し子供っぽい人のように麗美香は感じた。


「まあ、優くんは探偵みたいね」

「栗子先生の作品みたいな探偵になりたいです!」

「あらあら嬉しいわ! 夢は大きくよ! 実は私も雪村さんは自殺じゃないと思うのよね」

「なぜですか、栗子先生」


 豊が冷静に聞く。この中では豊が一番まともな大人に見えてしまった。


「だって自殺したとされているクローゼットは、彼の身長より小さいのよ? とても首吊り自殺は出来ないでしょう。確かコージーミステリでも自殺とされていたけど他殺だったという話は…」

「その作品知っています!」


 しばらく優と栗子はミステリの話で盛り上がっていた。船木はこんな二人に呆れて「じゃあな!シープルども」と捨て台詞まで吐いて去って行ってしまった。まあ、船木からはこれ以上情報は引き出せないだろうと麗美香は思う。というか止められてしまう可能性が高い。


「という事でミステリで自殺は他殺というのは定番よ。きっと雪村さんは、他殺だと思う」

「そうですね! 絶対他殺!」


 ミステリ作家の栗子とミステリヲタクの優はそう結論づけていたが、麗美香はどうも納得はいかない。船木のような陰謀論もあり得そうだが、それも鵜呑みにはできない。やっぱり報道されていることが事実だとは思うが、それでもスッキリとしない感覚が麗美香を襲う。


 真実はどこだろうか。答えの無い謎に、ずっと答えが決まっている勉強をしていた麗美香は、モゾモゾと居心地が悪い気持ちになってしまう。乗りかかった船だ。この謎の答えをやっぱり見つけたいち麗美香は思ってしまった。


「そういえば、確か私の親戚で雪村の事務所に勤めていた人を知っているのよ」

「本当ですか?」


 栗子から手がかりを得て、優は嬉しそうな声を上げる。


「ええ。死んだ夫の妹の娘さんだったかしら。ちょっと連絡してみるわ。この町に住んでるし、呼び出すわね!」


 どうも栗子は行動的という決断も早い人物のようだ。あっという間にその親戚の女性という人を呼び出していた。1時間後、この町にあるカフェで会える事になってしまった。


「栗子先生、ありがとう!」

「いえ、いいのよ」


 再び栗子と優は抱き合って喜んでいる。よっぽどこの二人は相性が良いそうだ。


「栗子先生も一緒に調査しようよ」

「ごめんなさいね。それは無理なのよ。実は明後日締め切りで」

「え? 新作?」


 優は嬉しそうな声をあげる。


「ええ、出るのは秋になると思うけど、楽しみにしていてね」

「やったー!」

「ファンにそう言ってもらえると嬉しいわ」


 栗子はそう言って、自宅の方に帰って行ってしまった。


「すごいエネルギッシュな人でしたね…」

「そうね、豊さん」


 栗子が去っていくと、あたりはとても静かに感じるほどだった。


「まあ、坊ちゃんが楽しそうにしているのはいいでしょう」

「そうね」


 豊が言うとおり、今の優はすっかりと元気になっていた。昨日や船木に演説を聞いていた時の事が嘘のようであった。


 この答えの無い謎は解けるだろうか?麗美香はその事には全く自信はなかったが、優の花のさいたような笑顔を見ながら、別に答えがなくても良いような気がしていた。

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