悪役令嬢のやり口

 朝、目が醒めて、それから鏡を見る。

 それはソフィア・ロングフェローの毎朝の習慣だった。

 鏡の中には10歳くらいの金髪の美少女が立っていて、しかもその美少女は生後一週間、名付けられて4日ほどだというのだからその光景の不可思議さは折り紙付きだった。


「おはようございます」

「うん。おはよう」


 ソフィアがぼおっと鏡を眺めていたらメイド達が入ってくる。彼女達からはほんのわずかに煤のような焦げた匂いが漂っており、その人ならざる匂いからソフィアは彼女達はアスタルトが連れて来た悪魔なのだろうと当たりを付けていた。

 そんな彼女達に世話をされ、朝食を食べ終わって紅茶を飲んで一息をついている頃、執事服に身を包んだ壮年の男性がソフィアの前に立つ。彼は呼び出された悪魔、アスタロト本人が化けた姿だった。ちなみに蛇はもう持っていない。


「おはようございます」

「おはよう」


 朝の挨拶を終えると、ソフィアは部屋を見渡す。部屋は簡素なヴィクトリア様式のような感じで、豪華だが一方で僅かに流行から外れた妙に古臭いものが置いてあるのが見て取れた。

 そして、ソフィアはそんな部屋の端に積み上げられた紙束に視線を向ける。


「決まりましたか」


 アスタロトがソフィアの視線を追ってそう言うと、彼女は紅茶を飲みながら「うん」と頷く。


「とりあえず蒸気機関と製鉄に手を出そうと思う」

「ほう」

「特許やらを見る限り、まあ、技術競争には勝てるだろう。試作品を相応に作らないとダメだろうが」


 ソフィアがそう言えば、アスタロトが紙束を取ってめくり始め、そこに書かれた設計図を読み込んでいく。知識や学問に精通する悪魔から見てもその設計図は見事なものだった。


「ジョージに言って、資金調達をさせますか」

「アヘンと奴隷で?」

「恐らくはそうなるかと」


 ソフィアはカップを置いて、口元に手を当てて椅子に肘をついて考え始める。生後一週間とは思えないほどの貫禄があり、アスタロトは彼女と直接契約をしたことは正解だったと改めて確信していた。 


「いかがいたします?」

「……うん。詐欺でもっと短期的に大量の金を集めよう」


 顔を上げたソフィアは今日の昼ご飯を決めるような気楽さで詐欺を提案した。アスタロトが続きを促すように設計図の束からソフィアに目を向ける。


「まず、君達悪魔で泡沫会社を作ってくれ。さっさと潰すから適当にね。それっぽい看板と箱があればいい。名目上やるのは投資信託。

 そうだな……、ロンディニウムにやって来る人間に対する土地や家の販売とか、新しいターンパイクとか、その辺りで利益を出すと謳おう。

 とにかくやることを列挙して、説明も全部ごちゃまぜにして、実際に行っていることを不透明にして欲しい。

 それで出資金を方々から募って、その出資金をそのまま配当金として返す。ここで重要なのが、返す配当金はかなり大きくすること」


 後の世でいうポンジ・スキームを堂々と提案するソフィアに、執事は頬まで切れ上がる様に口角を上げていく。


「出資者に帰ってきた多額の配当金で話題が大きくなるだろうから、それでかき集める出資金をさらに増やしていく。その都度配当金も返していく。

 出資者は途中から一気に増えるだろうから、その時点で配当金を返さずに、かき集めた金を持ってトンズラ」


 ぱんっと手を叩いて離し、弾けるように泡が消えるジェスチャーをするソフィアに、アスタロトは問題点を指摘する。


「その方法で集めた金はこの家に入れることはできないのでは?」

「ジョージに頼んで出資者側に回ってもらう。最後に配当金がもらえた人間になってもらって……いや待て」


 そこまでソフィアが言ってから、彼女は何かに気が付いたかのように口をつぐむ。


(ジョージ。この家の資産は彼が持っている上に、私の社会的地位も彼に依存している。関係も構築していない。これは問題だな。

 そう言えば、原作ではジョージの父の価値の無い骨董品集めで家が没落した結果、密輸に手を出したんだよな……)

「ジョージを呼べ」


 ゲームでの設定を思い出しながら、彼女はジョージを呼び出すようにアスタロトに促す。

 そして数分後、ジョージがこれから起こる何かに対して密かに興奮した面持ちでソフィアの前に現れる。彼は仕立てのいいシャツに身を包んでいて、生贄を用意してまで悪魔召喚を行った悪人にまはったく見えなかった。

 そんなジョージがソフィアの前に立つと、ソフィアはもったいぶったようにじっくりと間を置いてから口を開く。


「さて、ジョージ。君は何を望むのだったかな?」

「は。私は外交官として各地に――」

「そういう身の上話はいい。おおよそ分かっている」


 ゲーム知識を持っているソフィアはジョージの背景をほとんど知っている。

 侯爵の一人息子で現在の当主。

 父は突出した才能は無かった。それなのに、骨董品集めに終始して家を傾けた。

 ジョージは翻って勤勉で有能であり、外交官として各国を渡りながらその辣腕を振るい、最終的にはウィーン会議にも裏方として携わった。

 一方で傾いた家を建て直すことは難しく、各国を巡りながら奴隷やアヘンの貿易を行うこととなる。

 そして、その商品が禁止になることで立ち直りかけていた家がまた傾き始め、最後は父の骨董品の中から悪魔召喚の儀式を見つけ、それを実行してしまう。


(全部わかっている。分かっているからこそ御しやすい)


 ソフィアは目を細めながら言葉を続ける。


「願望を端的に言いたまえ」

「金が、金が必要なんです」

「どれくらい?」

「多くの」

「具体的に」

「……」


 具体的にと言われたジョージは手を所在なさげに腹や胸に当てながら目を泳がせる。それを見たソフィアはくすくすと笑う。それはまるで悪魔のようだった。


「ジョージ。私は何だ?」

「悪魔、アスタロト様、数理科学の知識を与え、隠されたものを暴き、財宝へと導く存在」

「ああ、そうだ。だから、隠された君の願望を暴こうじゃないか」


 ソフィアはとっくに冷めた紅茶を飲み干しながら考える。


(薄々感じていたが、ジョージはアスタロトに渡した契約書が有効で、アスタロトが私に成り代わっていると思い込んでいるんだな。これを確認できたのは大きい)

「君は金が欲しい。そして、その金で家を建て直したい。その割には家を建て直すだけに必要な金額を把握していない。不思議な話だ、君は有能な外交官だったはずだ」


 隣に立つアスタロト本人も小さくうなずく。ソフィアはカップの持ち手に指を入れ、そのまま手を放してぶらぶらとカップを弄び始める。内心ではアスタロトが紅茶のお代わりを入れてくれないのを後で注意することを考えていた。


「結局のところ君は家を建て直すなどとお題目を掲げているだけで、その気はないんだ」

「い、いえ……伝統的なマームズベリー侯爵としての――」

「いらん。そんな建前は」


 つまらなさそうにカップを弄りながらソフィアは言葉をまたも遮る。


「そもそも、だ。密貿易に手を出さないといけないほどこの家は困窮してはおるまい。まあ、土地を切り売りして必死に維持しているの知っているが、わざわざ密貿易をするほどでもない」


 ソフィアはカップをソーサーにおいて事実を突きつける。


「君はただ大金が欲しいだけだ。なぜ大金が欲しいのか?それは周りの人間よりも優位に立ちたいからだ。ただ、それだけだ」


 その言葉にジョージは反論しようとするが言葉に詰まってしまう。そして、そんな彼の顔を下から覗き込むようにしたソフィアが楽しそうに手を合わせて問いかけ始める。


「さあ、ここからは質問させてもらう。なぜ、他の人間の優位に立ちたい?」

「……多くの、裕福で怠惰な人間を見てきました。それが羨ましかった」

「海外で?」

「海外でも、国内でも」

「嫉妬した?」

「しました。私はこんなにも苦労しているのに……」

「ここは田舎だからね。ロンディニウムに土地を持っている人たちはさぞ裕福だろう」

「……」

「だから、彼らよりも金を持って優位に立ちたかった」

「…………はい」

(よし、認めた!)


 ソフィアは内心でほくそ笑む。そして、圧倒的に自分が優位に立ったことを感じ取ると、ジョージに断れない誘惑を突き付ける。


「なら稼ごうじゃないか。金を、あふれんばかりの金を、君の手で。ほら、対価はもう貰っているからね」


 対価と言いながらソフィアは自分の薄い胸に手を当てる。そして、ジョージは抗えない誘惑に誘われ、ソフィアのことを凝視し始める。


「金を稼ぐのは君。名誉を得るのも君。それをコンサルティングするのは……」


 ソフィアは自分の胸に当てていた手を隣に立つ本物のアスタロトに向け、言葉を続ける。


「私と彼、そして無数の配下たちだ」


 そして、ソフィアはアスタロトに向けた手をそのまま前に持って行き、ジョージに差し出す。


「手を取り給え。契約の時間だ」


 ジョージはおもむろに椅子に座るソフィアの小さい手の前に跪き、彼女の手を取った。


「忠誠を捧げます」


 その一言で、ソフィアはにっこりと笑う。


「契約に忠誠はいらないだろう?必要なのは信頼関係さ」

(これでこの家を手に入れられたな。まずは第一段階クリアと言ったところか)


 ソフィアはあくまで表面上は柔らかく、一方の内面はあくまで冷徹に思考を巡らせる。

 そして、先ほどアスタロトと話していたことをジョージを交えて話すことに決めた。表立って動くのはあくまでジョージで、自分達はその裏方。金と名誉を与え続けていればジョージは便利な駒になる。ソフィアはそれを確信していた。


「さあ、空前絶後の金融詐欺を行おうじゃないか」


 話題を変えるためにソフィアは手を叩いてからジョージに席に着くように促し、ソフィアはジョージにポンジ・スキームの仕組みを懇切丁寧に説明する。そして、アスタロトにも指摘されていた泡沫会社から金を持ってくるマネーロンダリングの方法を提示する。


「まず、投資会社で集めた金を別名義に移す。そして、その何者かにこの家に大量にある骨董品を売る。単純だが、これで良いだろう」

「骨董品には価値はありませんが?」


 ジョージがふと思った疑問を提示する。しかし、ソフィアはむしろ骨董品だから良いのだと首を振る。


「美術品などは購入者が価値を認めたならその値段を大きく吊り上げることが出来る。確かに適正な価格はある。

 が、販売者が渋って購入者がその価格を吊り上げた場合、購入者が複数いた場合、その他の要因でいともたやすく価格を吊り上がるし、資金洗浄をしたいならこれを意図的に行える」

「つまり……、私が亡き父の物だからと渋ったことにして、価格を吊り上げた所でそれを売ることで投資会社から間接的に大金を持ってくることができるのですね?」

「簡単に言えばそう。実際には追跡されにくいように複数回金を移すことになるから、目減りはするだろう」


 ジョージが確認をすれば、ソフィアはその理解の速さに満足そうに頷き、隣のアスタロトを紹介する様に手を向ける。


「実際に事を動かすのは彼。もちろん彼も悪魔だ。適当に自己紹介しなさい」

「お初にお目にかかります。スチュアートです。」


 本物のアスタロトは執事としての偽名を名乗る。それにジョージは貴族らしく鷹揚に頷き、二人は当たり障りのない挨拶を軽く行う。それを横で聞いていたソフィアは二人の会話が終わったタイミングで口を開く。


「ジョージは美術商が取引にやってきた時に対応するだけでいい」

「はい」

「スチュアート、実際に配下を動かすのは君だ。後で詳細を詰めていこう」

「かしこまりました」


 ジョージとアスタロトが了解すれば、ソフィアは満足そうに頷く。


「私たちはいらないものを処分できるし、足りない金を稼ぐことが出来る。最高じゃないか」

「そうですね。今から楽しみです」


 ジョージがニヤニヤと口角を上げてもうすぐ手に入る大金に夢を膨らませていると、そんな彼の様子に気が付いたソフィアは立てた人差し指を振って彼の勘違いを正しにかかる。


「ジョージ、君はもうすぐ大金を手に入れる。だが、それで満足してはいけない。

 金なんて持っているだけではただの紙切れだ。社会を回してさらに増やして、ついでに名誉もいただいていこう」


 ジョージがきょとんとして、そんな彼のことを鼻で笑いながらソフィアは彼に顔を近付ける。


「あぶく銭を手に入れた賢いジョージは、至極、真っ当に、清廉で、潔白な、投資をするんだ」


 そしてジョージの目の前にいる、少女を模した何かは、椅子の背に体を預けながら実に楽しそうに未来を語り始める。


「最初は鉄道、同時に製鉄、その次は電気事業だ」


 未来を見通し、語ってみせる悪魔もいる。

 ジョージは自身の少ない悪魔の知識でそれをふと思い出した。そして、そんな悪魔はきっと目の前にいるもののようなのだろう、とも思った。


「さあ、ジョージ。君は投資によってKingになるんだ」

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