第十話 魔法の完成の為に

 魔法の完成の為に必要な亀を手に入れる為に、私達はしっかり準備をしてから屋敷を出発した。


 このまま何事もなく亀を手に入れて、魔法が完成すればいいのだけれど……。


「それで、亀について何かわかりましたか?」

「あまり詳細には書かれてなかったけど、とりあえず産卵する場所や、大雑把な生態ならわかったよ。彼らは自分の身を守る時に魔力を吸収する習性があるみたいだから、そこに気をつければ問題無いだろう!」


 アルバート様は明るく笑いながら、亀の事について書かれている本を見せてくれた。


 改めて考えてみると、魔力を吸収するなんて、随分と不思議な亀ね……どういう進化を経て、そういう生態になったのか、ちょっと気になるわ。


「場所ってどこなんですか? 随分と動きやすい服を用意してくれた所を見るに、険しい場所なんですか?」

「ここから数時間程馬車で移動した所にある、広大な森の中に流れる川だそうだ! この時期になると、海の方から川を上って集まるって書いてあったよ!」

「そうなんですね」


 川を上ってくるなんて、鮭みたいな感じなのね。きっと大変な思いをして川を上ってきているんだと思うと、なんか申し訳なく思ってしまう。


「とにかく、着くにはしばらく時間がかかるから、ゆっくりしていよう!」

「そうですね」


 私達は現地に到着するまでの間、持ってきた本をのんびり読んだり、おしゃべりをして過ごした。


 アルバート様とこうして一緒に過ごすのは、婚約をしてからずっとしている事だ。こうしていると、不思議と安心できるのは何故なのだろう?


「アルバート様。少々よろしいでしょうか」

「ん? どうかしたのかい?」

「お見せしたいものがありまして。降りてきていただいても?」

「わかった」


 急に馬車が止まったと思ったら、御者が私達の元へとやってきた。


 何かあったのだろうか? そう思って一緒に降りてみると、私達の前には深い森が広がっていた。


「目的地はこの先なのですが、見ての通り森が広がってまして……木々の間が狭すぎて、馬車で通るのは不可能です」

「うん、確かにそうだな! 魔法でなぎ倒していけば進めなくもないが――」

「さすがにそれは駄目ですよ!?」

「わかってるさ! そんな事をしたら、生態系に影響が出てしまうかもしれないからね。僕とフェリーチェで行ってくるから、あなたにはここを任せてもいいかな」

「そんな、危険では?」

「僕を舐めないでほしいな! それに、あなたがここに残らなければ、誰かが馬車を持っていってしまうかもしれないだろう?」


 こんな山の中に、わざわざ馬車を盗みに来る人はいない――と言い切れないわ。私がそう思うのだから、きっと御者も同じ事を思っただろう。渋々ではあったが、彼は首を縦に振った。


「ありがとう。それじゃフェリーチェ、行こうか!」

「はい、行きましょう」

「お気をつけて……」


 御者に見送られながら、私達は森の奥へと向かって歩き出す。


 正直ちょっと不気味で怖いけど、アルバート様が一緒なら大丈夫と思える。それは、彼が凄い魔法使いだからというわけではなく、人柄と信頼から来るものだろう。


「足元が悪いね。フェリーチェ、僕の手を取って!」

「はい、ありがとうございます」


 ふふっ、アルバート様はとても頼りになるわ。それに、こんな時でも私の事を気遣ってくれるなんて……そう思ったのも束の間、異変は起きた。


「あの、大丈夫ですか……?」

「ぜぇ……はぁ……」


 歩き始めてからそれほど経たないうちに、いつの間にか、私がアルバート様の事を引っ張っていた。先程までの余裕は、完全に無くなっている。


「ま、まさかこんなに体力が落ちていたとは……ひ、引きこもりに森の道は辛い……」

「肩、貸しましょうか?」

「気持ちだけ、いただいておくよ……妻にそんな事はさせられないから、ね……ゲホッ」


 そう言われても、こんなに息を切らせて顔も青ざめてる状態では、全然説得力がない。少し休憩をした方が良さそうだ。


「あの、実は私も少し疲れてしまって。少し休みたいんですけど……」

「……そ、そうなのかい……それじゃ少し休憩をしようか……ゴホッゴホッ……」


 ここまで来ると、体調が悪いんじゃないかと疑ってしまうくらい疲弊したアルバート様は、近くにあった大木の根っこに腰を下ろした。


 よかった、素直に休んでくれたわ。アルバート様の事だから、私の為にって思えば絶対に休んでくれると踏んだのだけれど、正解だった。


「アルバート様、良かったらこれ飲んでください」

「う、うん……」


 持ってきていた水筒を手渡すと、アルバート様は少し困った様に笑いながら、水筒を受け取った。


「情けない姿を見せてごめん。君が休みたいと言ったのも、僕の為だろう?」

「な、何の事でしょうか? 私、全然わかりません」


 ま、マズイわ。完璧な誘導と思っていたのに、見抜かれていたなんて。仕方ないから、とぼけてお茶を濁そう。


「ふふっ……ありがとう、僕の愛しき妻よ」

「何か言いましたか?」

「何でもないよ。ゴクッゴクッ……はぁ、生き返る」


 小声すぎて聞き取れなかったわ……大切な事を言ってたらどうしよう。まあ、言い直さないんだから、大丈夫だとは思うけど……。


「こうして外を歩くのなんて、本当に久しぶりだから、何だか新鮮な気分だよ!」

「それって、研究を始める前の事ですよね?」

「うん。当時も勉強はしていたけど、外にもよく出ていたからね。主に妹の付き添いだったけどね!」

「…………」


 一瞬だけ、妹さんってどんな人だったのかと聞きたくなったけど、何とか踏みとどまった。だって、人には触れてほしくない話はあるでしょう?


「聞かないんだね。妹の事」

「はい。話したらアルバート様が辛いと思って」

「君は優しいね。僕としては、家族の君には話しておきたいんだ!」

「それなら、ぜひ聞かせてください」


 私の答えに満足したのか、アルバート様はゆっくりと妹さんの事を話してくれた。


 生まれてから溺愛しすぎてお兄ちゃんっ子になってしまった事や、外で遊ぶのが大好きな、やんちゃな子だった事、アルバート様にもっと明るくなれと、日頃から言われていた事、他にも色々。


 話している時のアルバート様は、とても楽しそうで、とても愛があったのが見て取れて……とても、辛かった。そして、少しでも早く妹さんと再会してほしいと、強く思った。


「本当に仲が良かったんですね。私には……ずっとそういう人がいなかったですから」

「それは、随分と見る目がない人ばかりに会ってしまったんだね」

「どうでしょうか? 前世も今も、ずっと暗かったですし……」

「……前世?」


 …………あっ。

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